第3わん コジロー、ナルシーと出会う

(あの女、絶対ゆるさん!)


 真っ白な空間にひとり、というか犬一匹。

 ほとんど一方的に、チャラミーという自称神様の勝手な都合だけで事が運ばれた結果がこれだ。

 抵抗空しく『サドわん』とかいう犬に転生させられた俺。

 というか『サドわん』って何?

 佐渡犬の別の呼び方だろうか……でも、そんな犬種あったか?

 う、考えようとすると、思考が重くなって頭の中がグチャグチャになる……。


「きゅーん、きゅーん(ていうか、俺どうなっちゃうの)?」


 あ、声が出る。

 あの女、チャラミーがこの場から消えたことで、動ける(声が出せる)ようになったようだ。

 だが、人の言葉が話せなくなっていた。

 当然だ、犬になったのだから……。

 そして、意識が犬に飲み込まれそうになるのを、なんとか気合でこらえていた。

 でも、このままだと、遅かれ早かれ俺は犬堕ちしてしまうだろう。


「きゅーん(なんとかしないと)……」


 何とか立ち上がり歩き出そうとする。

 こんな白一色の世界、どこに行くのかという話だが、とにかくこの場から動きたかった。

 だが、一歩踏み出した前足は、歩を進めることもなく宙をかいた。


「無理してはだめだよ、ベイビー」


 背後から声がする。

 前足が宙をかいたのは、その声の主が俺を持ち上げたからだった。

 両手で包み込まれるように両脇を抱えられ、くるっと回れ右させられて、その人物と向き合う体勢となる。

 フォーマルスーツ姿の美形の青年? が目の前にいた。


「まだキミの身体は生まれたての子犬なんだ。それに人の思考は犬には荷が重いからね」


 アルト調、それよりちょっとだけ低い感じだけど、とても優しい声だった。

 そして聖母のような微笑みを浮かべる目の前の人物に思わずドキリとさせられる。

 姿は男性のようであるけれど、もしかして女性?

 ほら、女性が男装するあれだよあれ、何っていったけ……?


(うぐっ、また頭の中が、思考がグチャグチャになる……)


 何かを深く考えようとすると、特に人であった時の記憶を探ろうとすると、より脳に負荷がかかるみたいだ。

 思わず頭を抱え込んでしまった。


「こらっ! 駄目だと言っただろう。でも、そんなキミにはこれをあげよう」


 一度、地面に降ろされると首輪のようなものを着けられた……わん。

 元人間として言わせてもらうと、これってかなり屈辱的わん。

 お前は犬だということを言われてるみたいで、嫌でも実感させられるアイテムなのだわん。

 ん、何か変な感じがする……わん?

 って、語尾が強制的にわんにされてるわん!


「おっと、自己紹介がまだだったね。ボクはナルシェリス・グローリーだ。親しみを込めてと呼んでくれたまえ」


 うーむ、微妙だわん。

 グローリーは姓だからともかく、ナルシェリスという名前は男とも女ともとれるわん。

 そんなことを考えていると、再び抱き上げられたわん。

 元人間(成人男子)としては、こう簡単に抱き上げられると何とも言えない気分になるのだわん。

 しかも、顔が近いわん。

 綺麗な顔で迫られると、ドキドキが止まらなくなっちゃうわん。

 

(……はっ! 騙されちゃいけないわん!)


 多分、こいつはチャラミーの関係者だわん。

 まだ面倒事が残ってるとか、あとは丸投げでいっか、なんて言ってたんだわん。

 でも、もしかしたらピンチの僕を助けにくれた救世主かもしれないわん。

 ワンチャンあるかもしれないわん……だって、犬なんだものわん。

 そんなことを考えていると、ナルシーはさらに顔を近づけてきて、こちらを追い打ちしてきたわん。


「ボクの方は自己紹介したんだ。今度はキミの番だよ」

「そっ、それは失礼したわん。僕はササキコジロウ、コジローって呼んで構わないのだわん。でも、僕は犬だから人の言葉は話せないのだ……わん?」


 どういうことだわん?

 さっきまでは、きゅーん、としか鳴くことが出来なかったのに……わん?


「その首輪、正確にはそれに着けられている『知の宝玉』の力だよ。それによってキミは人の言葉が話せるようになったんだ」


 よく見ると、黒い革で出来た首輪の真ん中あたりに、ビー玉のようなものがはめ込まれているわん。

 宝玉というには、ちょっと錆びたような赤茶けた色をしていて、そんなすごいものには見えなかったけどわん……。


「それに、脳への負担も軽くなったろう?」

「……はっ! そういえば、思考がクリアになった気がするわん。でも、語尾がわんなのはいただけないわん。それに、一人称が僕になってるわん」

「多分だけどね。宝玉が力を失っているから、いろいろな不具合が生じているのだと思うよ。この宝玉、今は錆びついたような色をしているけど、本来は真紅に輝く神々しい色をしていたのさ」


 ナルシーは僕をそっと地面に置くと、もうひとつ同じ首輪を取り出したわん。


「こっちは宝玉なしのシンプルなものだけど……さすがにのキミに持たせるには文字通り荷が重いかな」


 ナルシーは僕と首輪を見比べると、これは後でいいかな、と言ってそれを仕舞ったわん。

 今首に着けられている物の他に、どうしてもう一個渡すのか意味が分からないわん。

 だけど、例え渡されて持って歩くだけにしても、確かに犬の身体には不便だわん。

 チワワの体長は、成犬でも20センチくらいと聞いているわん。

 しかも、まだ生まれた(転生した)ばかりの僕にとっては……って、わん?


「ナルシー、今と言ったかわん? チャラミーが言ってたけど、僕は『サドわん』とやらに転生したのじゃないのかわん?」

「そうだったね。それも含めて今から説明するよ。まだ言ってなかったけど、ボクはマイゴッド……キミが言っていたチャラミー・ハスッパーの秘書室長なんだ」


 ああ、やっぱりあの女の関係者だったわん。

 僕を助けに来てくれた救世主じゃなくて、残念だわん……。


「それでね、『魔法少女サディスティック・わんだふぉー』(通称『サドわん』)の使い魔となったコジロー、キミのサポートを任されることになったから、ヨロシク頼むね」


 そう言って、ナルシーはウインクをしたのだったわん。

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サド犬転生・魔法少女の使い魔となったわん! にしき斎 @nishikisai

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