天敵と書いてなんと呼ぶ?

藤泉都理

天敵と書いてなんと呼ぶ?




 屈辱だ。

 吸血鬼である柚月ゆづきは今現在の己の姿に歯嚙みをした。

 小顔に首長に頭身バランスがピカイチの八頭身という美しい男性の人型の姿が、今や、口にするのも悍ましい姿と成り果ててしまったのだ。

 しかも、その姿に成り果てるばかりか。


「おや、もしやあなたは私と同じ人狼なのではないですか? ははははは。ポメラニアンを装うとは。いやはやまったく。そのような愛らしい姿をしていても私の目は誤魔化せませんよ」


 屈辱だ。

 柚月は歯を剥き出しにした。

 ポメガバースなる魔女の呪いを受けてポメラニアン化してしまった現状も。

 男性にポメラニアン化した己を軽々と持ち上げられている現状も。

 そのポマードで前髪を上げては髪の毛全体を綺麗に整えている、紳士然とした男性が見知っている顔であるばかりか、天敵である人狼の千隼ちはやである事も。






 ポメガバース。

 ポメガは疲れがピークに達したり体調が悪かったりストレスが溜まるとポメラニアン化する。

 ポメ化したポメガは周りがチヤホヤすると人間に戻る(戻らない時もある)。

 周りの人がいくらチヤホヤしても人間に戻らない時は、パートナーがチヤホヤすると即戻る。

 ポメガはパートナーの香りが大好きだから、たくさんパートナーの香りで包んであげるととてもリラックスして人間に戻る。


 「オメガバース」の世界観を踏まえて作られた「バース系創作」のひとつである。






(何が私と同じ人狼だあほうが。俺はおまえといつも闘っている天敵の吸血鬼だ)


 情けない笑みを浮かばせている顔も、易々と持ち上げている手も腕も咬み砕いてやりたい。

 何度も何度も何度も。

 柚月は咬みつこうとしたが。

 がっしりがちがちに。

 千隼に胴体を両手で掴まれては抑えつけられていて叶わず。

 常ならば互角に闘い合っているというのに、手も足も出ない現状がもう情けなくて情けなくて情けなくて。

 柚月は不覚にも涙が零れ落ちそうになりながら、心底思った。

 気付かれなくてよかった。

 千隼にこのポメラニアンが己だと気付かれなくてよかった。


(千隼がバカでよかった。ほんっとうによかった。こんな姿になったと知られたら、これからはもう相手にされない………ん?)


 柚月は首を傾げた。


(いやいやいや。相手にされない方がいいだろう。毎度毎度、仕事だろうが私事だろうがかち合っては邪魔をされて闘いに発展して面倒だっただろうが。うん。魔女如きの呪いを受けるとは情けないと見下されようが、軽蔑されようが、どうでも、)


「おやおや。どうしました? お耳がぺしゃんこになってしまって。お腹が減ったのでしょうか? 寒いのでしょうか? そうですよね。こんなにもふもふしていても、寒いですよね。雪もちらついてきましたし。私の家に一緒に帰りましょうか?」


 千隼は深紅のダッフルコートの中にポメラニアン化した柚月を入れると、落とさないように胸の辺りを片腕で押さえた。

 温かい、いや、寧ろ暑い、落ち着かない。

 もぞもぞもぞもぞ。

 柚月は左右に身体を揺り動かし続けた。


「おやおや。私の魅力的な香りをこおんなに身近で嗅いでしまって、落ち着かなくなってしまったのでしょうか? ふふふ。酩酊してしまう前に、早く私の家に行きましょうね?」


(誰が酩酊するか)


 ちらりちらちらふんわりと。

 ふわふわの漆黒の毛にも漆黒の鼻にも粉雪が優しく舞い降りては、瞬く間に溶け、少しずつ、少しずつ、身体を濡らしていく。


(………よし。千隼の家に着いて自由の身になったら、暴れに暴れまくって、家の中を滅茶苦茶にしてから飛び出して仲間の処に助けを求めよう)


 体力温存すべく、むやみやたらに動かしていた身体を直立させた柚月は、体力温存だと心中で呟いたのち、目を瞑ったのであった。





















「ああ。ようやく目を覚ましましたね」


 にっこり。

 千隼の情けない笑みが、吐息がかかるほど間近に迫っていた現状に、声ならぬ悲鳴を上げた柚月は、思いっきり、千隼の高い鼻に噛みついたのであった。

 ポメラニアン化している姿ではなく、どうしてか人型に戻っていたお気に入りの姿で。


「おやおや。咬みつかれてしまいましたね。仕方ありません。責任を取って、私を相棒にしてくださいね。柚月」

「っだ!? ちっ!? あっ!?」

「え? 何ですか?」


 銀色に照り輝く肌触りの良いシーツを必死にかき集め、起き上がっては露わになってしまっていた裸体を隠した柚月は、深呼吸をして心身を落ち着かせた。


「吸血していないと相棒にはなれないし。そもそも。人狼と吸血鬼が相棒になれるわけがないだろうが!?」

「おや。何故ですか?」

「何故って。俺たちは天敵だろうが!?」

「天敵では相棒になってはいけないのですか?」

「そりゃあそうだろう!!」

「………そうですか。わかりましたから、そんなに警戒しないでください。いつもの凛としたあなたも。ええ、それは好ましいですが。今の怯えたあなたも。ふふ」


 ブッチン。

 スイッチが叩きつけられた音がした。

 常の己に戻る事ができるスイッチだ。


「おい。千隼。調子に乗るのもいい加減にしろよ」

「いえいえ。調子に乗るのも致し方ないでしょう。なんせ、いつもより神々しい姿のあなたを前にしているのですから。ふふ。その布団のシーツ差し上げますよ」

「っ打っ倒す」

「お互いに気絶して、仲間が迎えに来る前に一言」


 にっこりと。

 純粋無垢な笑みを浮かべた千隼は言葉を紡いだ。

 ポメラニアンになったらいつでも私の元に来てくださいね。


「ああ。いえ。ポメラニアン化していなくても。いつでも待っていますから」

「誰が行くかああああああ!!!」











(2024.1.4)



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