第3話 デスゲーム仲間
「わたしたちが家に入ったことで追加されたスイッチがあるんじゃないかな……?」
「ふうん。……随分とまあ、遠回りな言い方だよね。なに? デスゲームに慣れたあたしを試しているのかな?」
「そ、そんなことないよ!? ただ、たぶんこの空気にあてられちゃって……変な言い回しになっちゃっただけ、かな」
眉をひそめて顔を近づけてくる柏木さん。
彼女の疑う視線はじっとわたしを見つめたまま。……先にわたしが逸らしてしまった。
今、疑われていたら絶対にしたらダメなことなのに。
柏木さんからの無言の圧が数秒続いて、ふう、と息が吐かれた。
「……悔しい」
「え?」
「怯田に気づかされたことがね。素人意見がヒントになるとは言ったけど、本当にヒントになったら悔しいのよ。ヒントというか、もう答えみたいなものでしょ。分かりづらく言ったところで怯田の予想は、スイッチは【あたしたち】なんじゃないかってことでしょ。あんたなわけないから――スイッチはあたしってことになる」
家中、隈なく探しても見つけられなかったスイッチ。
家になければ外にあるはずだけど、デス【ゲーム】なら、ステージ外に答えがあるわけない。それは反則だ。
玄関の扉は内鍵がかかって閉じ込められてしまっている。……なら、スイッチはきっと家の中にあるはずだって分かった。
内鍵を外す方法――を探す可能性もあったのだけど、柏木さんのことだから想定して、同時に探していたはず。それでも見つからなかったのなら、じゃあやっぱり家の中にはないスイッチを探すべきなのだ。
家の中にはなく、
だけどわたしたちが参加することでスイッチが家の中に入るなら。
スイッチは、柏木さん――本人もしくは、持ち物だ。
「え、柏木さん……? なにしてるの!?」
「学生カバンの中身じゃない。カバンを置いて帰ってくる可能性もあるわけだし、不確定な要素を重要なアイテムにするわけがない。だったら身に着けてるものになる。制服、ジャージ……それすらも脱いで家に帰ってくる可能性もある。たとえば、あたしがびしょ濡れになって下着から全部を着替えていたなら、さすがにお父さんもゲームを中止するでしょ」
でもしなかった、と柏木さん。
彼女は制服、スカートを脱いで、一糸まとわぬ寸前――下着姿になった。
花柄の可愛いらしい下着だった。き、綺麗だし、程よく筋肉もついてるし、どこに出しても恥ずかしくない、可愛くて綺麗でかっこいい女の子だった……。デスゲームのおかげで整った体になったとするなら、デスゲームはどんなダイエットや筋トレにも勝る手段なのかも入れない。
命の保証はできないけれど。
「これかな……あぁ、あったあった、スイッチ」
「え? ほんとに?」
「ブラのワイヤーに小さなスイッチがついてたわ。……信じられなくない? 娘のブラを盗んでスイッチを仕込むとかさ、これだから男親は嫌いなのよ」
ザザ、とノイズ混じりに、壁の中から聞こえてくる機械音があった。
スピーカー?
加工されたものではなく、聞こえてきたのは男の人の声だ。
『ち、違うぞさつき! 仕掛けたのは母さんだ!』
「どっちでもいいの。人のブラジャーに仕込むなって言ってんのよ。もしかしてネタ切れなの? 家の中だけじゃ飽き足らずに……」
『ふふん、しかしさつきよ、気づかなかっただろう? 変化球ネタではあったが、さつきを一瞬でも騙せたのなら仕掛けた甲斐があったもんだ』
「あっそ」
柏木さんがスイッチを押す。
すると、リビングの大きなテレビが点いて、ファンファーレと共に【ゲームクリア】の文字が出てきた。さらには、ぱんぱんぱんっ!! と連続でクラッカーが鳴って、すぐ傍の壁がくるんと回って姿を見せたのは…………お姉さん……?
忍者みたいな登場の仕方だ。
彼女は柏木さんにそっくりだけど……もしかしてお母さんかな……?
「おめでとう、今日もクリアよ、さつきちゃん」
「はいはい。毎日毎日、よく飽きないよね。仕掛けも雑になってきたんじゃない? 一回、期間を置いてさ――あ、待ってやっぱダメだ。時間をかけて準備させると家から飛び出して大事にするでしょ。町を巻き込んだ一大イベントにしないでよ? さすがに死者が出る」
「え? デスゲームなんだし、そりゃ出るでしょ」
「借金地獄の大人が大金欲しさに参加した地下ゲームじゃないんだから、死んだら事件になんのよ。犯罪者の娘とか嫌なの!」
「犯罪者? 違うわ、ゲームマスターの娘でしょ。かっこいいでしょーが」
「かっこいいわけあるか!」
美人ふたりが並んで言い合いをしていた。柏木さんのお母さんにしては、おっとりとしていて喋る速度も遅く、毒気を抜かれる感じだった。
「――ところで、お友達?」
「まあ、うん。……お母さん、ちゃんと謝って。怯田が一度、じゃないけど、死にかけたのは本当なんだから。特に最初の毒、後遺症とか残らないようにしてあげてよ? 数日後にぽっくり死んじゃった、なんてことになったらあたし、泣くからね?」
わたしのために泣いてくれる、と言ってくれた柏木さんに嬉しくなって、こっちこそ泣いてしまいそうだった。
そっか、忘れていたけど毒はちゃんと吸っていたわけで、後遺症が出る可能性だってあったのだ。彼女の言う通り、数日後、世間的には原因不明で亡くなることもあったわけで…………
デスゲーム、こわい……。
たとえデスゲームをクリアして助かっても、後遺症で死ぬかもしれないなら、デスゲームは実質、一生続いていくのかもしれない。
そういう意味でも、あるかもしれないデスゲームに備えて準備をしておくのは、間違った努力でもないのかも。
「怯田さん?」
「は、はいっ」
柏木さん(母)がわたしを見つめ、そっと、伸ばした手がわたしの頬に触れる。
くすぐったいような、でも可愛がってくれているような……って、こういう油断から隙を突かれ、刺されてしまうのだ。
もう分かってる。わたしも、今回のゲームを通して鍛えられたのだろう。
初めての体験には警戒をしろ、だ。
「……いいわねえ、鍛えたら強プレイヤーになりそうね……」
「あのね、お母さん、デスゲームなんてないから」
「どうかしら。なければあなたは生まれていないわけだから――あなたが生まれている以上、デスゲームはあるはずよ」
「昔の話でしょ? 今の時代なら規制されてる…………だよね?」
「世間に隠しておこなっているデスゲームが規制されるわけないじゃない。巧妙に隠されてるし、生還者が訴えたところで事実はないものとされる。デスゲームってそういうものよ?」
確かに、露見していたら大問題になっているはずだし……、生死をエンタメにしているのだから、コンプライアンスどころじゃない。
論理的にアウトなことだ。人間のクローンとか人身売買とか、そういう問題に含まれる。
あってはならないこと、だけど。
デスゲーム経験者からすれば、絶対にないとは言い切れないわけだから、娘を守るために日々デスゲーム慣れさせて鍛えるというのは、理に適ってはいる、のかな……?
死んでから後悔しては遅いから。
最低限のノウハウは教えている……親として。
生還者として。
うぅん。そう考えると親御さんが間違っているとも言えないかな。付き合わされる柏木さんは迷惑なんだろうけど。
「怯田さん、お茶でも飲んでいく? 紅茶はお好き? それともコーヒーかしら」
「お母さん、あたしは炭酸で」
「もう、この子はいつまでも子供舌で……可愛い子ねえ」
注意するかと思いきや、柏木さんを随分と甘やかしている。厳しいように見えて、デスゲーム慣れさせているあたりからしても娘には甘いみたいだ……見るからにデレデレだし。
「怯田さん?」
「あ、はい……じゃあ、紅茶で」
紅茶の良い匂いが漂ってきて――――
部屋の真ん中、ダイニングテーブルに、わたしのために淹れてくれた紅茶が置かれた。
「いただきます」と言ってからマグカップを持って、口をつける前に鼻を近づける。匂いを嗅ぐと、やや、つんとした匂いがあって……?
顔を上げると、柏木さん(母)が満足そうに頷いた。
「うん、毒が入ってるよ」
「…………」
「よく気づけたわね、偉い偉い」
「あの……」
まあ、デスゲーム関係なく、毒があるかもしれない、と疑うのは実生活の上でも役立つ時はあるかもしれないけど、でも……。
癖がつくとどこでも疑ってしまうことになる。外食ができなくなる気がする……。
その内、母の味まで疑うようになってしまうかも……。
「あーあ、怯田も病気になったみたいね」
「びょう、き……?」
「デスゲーム病。職業病でもいいけどさ、なんでもかんでも疑っちゃう。そういう考えを否定はしないけど、やり過ぎると友達を失うから気を付けた方がいいよ」
「なら、大丈夫かも……」
「?」
いじめられていたわたしにとっては好都合だ。わたしには最初から、友達なんていなかった。
周りからすればクラスメイトその19、くらいの存在でしかない。
だから、遠慮なく、疑うことができる。
「事情を知ってる柏木さんなら、わたしのことを避けたりしないでしょ?」
「あんたのことも疑うに決まってるでしょ」
「え、」
「あんたの言動、信用するわけないってことよ。友達? 仲間? そんな風に近づいてこられて懐に入れるわけがない。当然よ」
「そっかぁ……」
わたしは嬉しかった。
だって、疑うことを覚えたわたしにそんなことを言うってことはさ、そういうことでしょ?
「……なに?」
「わたしも、柏木さんを疑ってる」
「あっそ。でも、本心だし」
「うん」
だからこそ、わたしはその言葉を、疑うの。
「――本当に?」
・・・おわり
デスゲーム生まれの柏木さん 渡貫とゐち @josho
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