第2話 柏木家デスゲーム
――柏木さんの家へ招かれてすぐのこと。
靴を脱いで「おじゃましまーす……」と口に出した時だった。
がくがく、と膝が震えて、力が抜けた。
全身が麻痺したみたいに動けなくなって……意識が冷たくなっていく。
柏木さんの背中に伸ばした手は指先ですら掠らなかった。
ごつん、と額を床に打ったけど痛みも感じなくて――――
「怯田っ、これ、顔にはめて」
柏木さんに押し付けられたのはマスクだった……ガスマスク……?
新鮮な空気が流れ込んでくる。ただの空気じゃなくて、吸った毒(?)を消してくれる薬品が入っていたのかもしれない。
すぅ、と、麻痺が引いていく。
冷たくなっていた体が段々と体温を取り戻して……「か、はぁっ!?!?」
「マスク、付けたままにしておいて。……あーもうあの人ら、毎度毎度、手の込んだ仕掛けをして……。友達を連れてくるって言わなかったあたしも悪いけどさ。どうしてよーいどんの掛け声すら言えないのかな」
柏木さんもガスマスクをはめていた。
……柏木さんの家は普通の一軒家だった。玄関も、おかしなところはなくて……おかしいのは空気だけ。吸ったら倒れる、麻痺毒を含んだ空気が充満してるってどういうこと?
「柏木さん……」
「怯田は動かないで。下手に動くと別の仕掛けが動いて、また死ぬよ?」
また? もしかして、ガスマスクがなければわたし、死んでたの?
一時的な麻痺じゃなくてそのまま死んでいたってこと……? えぇ!?
「……どこ、ここ……」
「ん? あたしの家」
「そんわけないっ、だってっ」
麻痺毒が抜けきっていない中で立ち上がってしまい、バランスを崩す。
もたれかかった棚の上、写真立てが倒れると、がしゃこん、と不穏な音が聞こえ――「うっ」
ガスマスクになにかが当たった。強い衝撃に思わず倒れる。
つい、ガスマスクを手離してしまい、慌てて拾おうとすれば……
ガスマスクに突き刺さっているのは、矢、だった。
ガッツリ刺さってる。
ガスマスクが分厚いおかげで助かったけど、もしもガスマスクをはめていなければ、頭を貫かれていたはずだ。
さっきの音は壁に穴が開いた音だったようで……
そこから放たれた矢が、わたしを襲ったらしい。
「ひぃっ!?」
「だから言ったのに……怯田、ここはれっきとしたあたしの家だよ。ただ、親の趣味でデスゲーム仕様になっているだけ」
「し、仕様……?」
「うん。……ちゃんとデスゲームになってるけどね。罠を回避しないと死ぬし、謎を解かなければ出られない。ほら、玄関から外には出られないようになってるでしょ? うちの親が遠隔で内鍵をかけたのよ。もちろんあたしらの手で開けられるわけがないけど」
死ぬ……?
謎を解かないと……?
我が家で?
なんでそんなことをするの?
「あ、もう煙は消えたみたい。ガスマスク、取りなよ。あと矢は触らない方がいいよ、産毛みたいな毒針があるから」
ガスマスクを放り投げる。
玄関は開かない、と、柏木さんは言ったけど、でも……突発的な体調不良があるかもしれない。柏木さんが開かないもの、と思い込んでいるだけで、実は扉が開いたりして――
「怯田」
「なにっ」
「触らない方がいいよ、電流が流れてるから」
ドアノブを掴む寸前で手が止まる。……電流?
「あ、はは……そんなわけ……」
「じゃあ触ってみれば?」
「………」
そう言われて触れるわけがなかった。
麻痺毒、額に矢、ときて、ドアノブに電流が嘘だ、とは言い切れなかった。逆にドアノブに電流が流れているべきだ、と思ってしまう。安全地帯に見えるところに罠があるはず。
わたしは名残惜しく引き返し、柏木さんの背中にぴったりとくっつく。
「うぅ……なんなん、これ……」
「ごめん。うちの親の趣味だからさ……巻き込んじゃったね……。でも大丈夫。責任持って、あたしが怯田を連れてクリアするからさ」
「クリア……?」
「うん。デスゲームなんだから、クリアするためのルールがあるはずなんだよ。理不尽にあたしたちを殺すわけがない。それはルール違反だからね」
ルール違反の前に娘だよね?
デスゲームに巻き込むなんて……じゃなくて、柏木さんに挑んでる、のかな……。
柏木さんに向けたデスゲーム……?
なんでそんなことをするのか理解できない。歪んだ親の愛、かな。
リビングに入ると、幸せな家族が想像できるような一般的な部屋だった。
ダイニングキッチンがあって、ソファ、クッション、大きなテレビ……白いカーペットとオシャレな家具が揃っていた。
すると、誰も触っていないのにテレビが点いた。ざざー、というノイズ音。画面が砂嵐のまま、音声変換ソフトによる加工済みの声が聞こえてくる。
『スイッチを探しなさい』
……スイッチ? ボタンのことかな。
『押せば、ゲームクリアだ』
簡素なメッセージのみだった。
スイッチ……、押せば、と言っていたのだからやっぱりボタンだよね。
でも、家の中にあるボタンなんてたくさんある。片っ端から押していけってことかな。
柏木さんに聞いてみると、
「それでもいいけど、押すと罠が発動する可能性が高いと思う。人の動きを感知して罠を発動させる機械ってお金がかかるからあまり仕掛けられない、って前に言ってたから……たぶん、片っ端からボタンを押させるための誘導なんだと思うね。だから……ボタンを押すことは間違いないけど、見えたボタンを押していくのは危険だと思う。絞らないと危険かなー」
と。柏木さんはそりゃそうなのだろうけど、慣れている。きっと何度も、こういうデスゲームを仕掛けられて、クリアしてきたのだろう。
落ち着いている。立ち回り方も無駄がなかった。
わたしがいなければもうクリアしていたのだろうなあ、と思った。わたし、足手まといだし。でも、わたしでなくともこんな状況、足手まといになるのでは?
「す、スイッチ、探す?」
「探すよ。あ、でも怯田はなにもしなくていいから。色々と探られて罠が起動したら最悪だし。次も守れるとも限らない。最後まで面倒を見るつもりだけど、それは怯田が余計なことをしない限り、ね。あたしの把握できないところで危険な目に遭っていたら助けられないから。いい?」
「うん……もちろん……!」
柏木さんの背中にぴったりとくっつくように。
家中を探索し、スイッチを見つけては、吟味して押していく。
罠も発動したけど、柏木さんは器用に回避していって……その時に役に立つのが太もものホルスターだ。工具、ナイフを使って罠を回避、迎撃していく。
同じ道具が家の中にもあるはずだけど、その棚にも罠があったら回避できないかもしれない。だから柏木さんはあらかじめ持っていなければいけなかったのだ。
帰宅したら家の中がデスゲームになっていた……その場合、道具を用意している暇がない。備えあれば憂いなし、だ。
柏木さんが物騒な道具を持っている理由には納得だ。
ただ、デスゲームを娘に仕掛ける理由は分からないけど……、趣味だとしても、理解できない。だって本当に死んでしまうかもしれないんだよ?
いくら柏木さんが鍛えられたプレイヤーだとしても……。
柏木さんの両親には、未だに共感できなかった。
「うちの両親、デスゲームで知り合って結婚したんだって。だから生まれたあたしに、いつデスゲームに巻き込まれてもいいように、って、鍛えてくれてるの。正直、毎度のことながらやり過ぎだし、経験者だから解像度が高いしで、かなりスパルタだけど……おかげでデスゲームには慣れてきたんだよね」
「で、デスゲームに……本当に参加したこと、あるの……?」
「ないよ。巻き込まれたことなんて一度もない。試しに脱出ゲームに遊びにいったことあるけど、あれじゃあ物足りなくなってるんだよね。死なないゲームに緊張感ってものがなくてさー」
麻痺してるよ、柏木さん。
親御さんの教育がちゃんと行き届いていた。デスゲームに巻き込まれたら生き残れると思うけど、巻き込まれる、という状況がそもそもない。0、とは言わないけど……ないでしょ。
親御さんは巻き込まれたらしいけど、それも怪しいものだ……とは、今更否定できなかった。たぶん巻き込まれたのだろう、罠がリアルだし。
けど、昔と今は違う。今、デスゲームに巻き込んだらコンプライアンス的にアウトなのでは? コンプライアンス関係なくアウトではあるけど。
時代は関係ないだろう。
「両親はデスゲームが好きなの。だから家に作っちゃったってことだと思うよ。この家も、デスゲームの優勝賞金で買ったみたいだし」
……ああ、だからあちこち改造されているのか。
あと、何度もリフォームされた痕があった。デスゲーム愛が強い親御さんなんだね……。
「お父さんはミスター・デスゲームって自称してるね」
「そうなんだ……」
愛は伝わってくるけど、娘を巻き込んでやることじゃないと思う。
デスゲームに参加した時のことを考えて……。親の優しさとは言え、これなら自然災害シミュレーションをしてあげた方が有意義なんじゃないかな。
よその家の教育方針に口出しできる立場ではないけど、けどさ、これは子供ながらに言いたくなる。違うよ、と。学校から帰ってきた娘をデスゲームに巻き込むのは違う。
本当に死ぬかもしれないならシミュレーションにもならないし!
「んー? ないんだよね……」
「どうしたの?」
「スイッチがない。途中から絞っても外れるから、片っ端から押して確かめてるんだけど……正解がないんだよ。……間違えた?」
さっきから全ての罠を捌いていた柏木さん。
罠の量が多いと思えばそういう……、自分から罠を起動させていたらしい。度胸がある。ちゃんと対処ができるところも、経験者の技だった。すごいなあ……、憧れたりはしないけど。
デスゲームで生き残れる技を持っていても、使える場所が限られるから――巻き込まれた時は頼りになる技術ではあるけどね。
「スイッチってさ……ゲーム機のこと、じゃないよね?」
「それも含めて見えたスイッチなら押してるよ。でも反応がなくてさ……スイッチ、それ自体が隠語だったとか。押すからカチカチってオンオフ切り替えるスイッチと思い込んでいたけど、実は別のものだったりする……?」
悩む柏木さんの横で、わたしはなにもできなかった。
柏木さんが分からないことを、わたしが分かるはずもない。
だからうんうん悩む柏木さんの邪魔にならないように気配を消して……
「あ」
「どうしたの?」
「…………素人意見でもいいかな」
「なんでも言って。そういう意見がヒントになったりするから」
「じゃあ――――その、スイッチってさ、ゲーム開始以前にあったもの、じゃなかったりするのかな?」
・・・つづく
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