デスゲーム生まれの柏木さん
渡貫とゐち
第1話 柏木さつきと怯田おこわ
「いじめとかさぁ、だっさいんだけど」
と、横槍を入れてくれたのは同じクラスの
わたしと正反対な勝気な女の子だった。
運動部に入ってる様子はないけど、スタイルの良い筋肉質な体が夏服の上からよく分かった。
彼女は腰に手を当て、わたしの前に立ってくれる。
「……邪魔すんなし、柏木」
相手は、誰もが驚くと思うけど、男の子に人気があるおとなしそうなクラスの女の子。わたしと似た子だと思っていたけどまったく違う、別の世界の子だった。
似た子、と言ったけど、彼女の方が可愛い。おとなしい、というだけでわたしと似ていると言ってしまったことを後悔した。
彼女とわたしを一緒にしては、彼女に失礼だった。
「他人をいじめて楽しいの? 噛みつくなら上にしなよ。下の人間を多人数で攻撃してさ、そんなの、あんたが勝って当たり前じゃん」
「関係ないでしょ。ムカつくのよ、そいつ……
その通りだった。わたしは砂をかけられる側で、彼女は……喝采を浴びる側の子だ。
横じゃなくて、上と下で、住む世界が違うのだ。
わたしが話しかけていい人じゃなかった。
わたしが、手を伸ばすだなんて、おこがましい相手だったんだ。
「これは親切心でもあるのよ。そいつがこのまま勘違いして私に話しかけていれば、私の信者がそいつを――」
「あーもういい、分かったから。いいのいいの、理由なんてさ、どうせろくでもないことだろうなーって思ってたし、案の定そうだったわけで。結局、聞くだけ損だったわー、あー、……だる。ようはムカつくから攻撃した典型的ないじめっ子の発想でしょ。はいはい、納得でーす。じゃあ、あたしが怯田側についてもいいよね? だってあたし、あんたらのことムカつくし」
相手の顔つきが変わった。まずい、よね……このままだと柏木さんもターゲットになってしまう。わたしを庇ってくれたばっかりに……。
だから止めようとしたけど、その時、ふわり、と風が吹いてめくれた柏木さんのスカートの中を見て、声が詰まった。
足の付け根に近い位置の太ももに巻かれたのは、薄いホルスターだった。そこに……多種多様な工具が差さっていて……
もちろん、ナイフもある。
えっと……斬れないやつだよね?
でも、ナイフなのに斬れないとは、これはどういう……? とんち?
「へえ、私たちと敵対するんだ?」
「そっちに引く気がないならね」
「ないよ。怯田を見逃してもいいけど、柏木、次はあなたになるだけ――あははっ、そいつを庇ったばかりにあなたはどん底に落ちるの。ねえ、気分はどーお?」
「どうもなにも、別になにも変わらないけど。不思議な話ね、自分がいじめる側に立っている時、同時にいじめられることもあるって分からないのかな?」
取り巻きの女の子たちがわたしたちを囲むように位置を変えて。
指の間に挟んでいるのは家庭科で使う刺繍用の針だった。見えにくいし傷もつきにくいし、でもちゃんと痛いし、刺さる前に痛いことが想像できる。向けられただけでゾッとする武器だ。
いじめっ子たちが数本の針を指に挟んで向けてくる。
見ただけで怖かったけど、柏木さんは目を細めただけで、針に恐怖を感じていなかった。
「見えてないの?」
「見えてるよ。確かに見えにくいけど、これ見よがしに見せていれば見えるっての。そういうのは見せずに仕込むべきなのに、見せびらかしてどうするの?」
柏木さんは呆れたように。
彼女は手をスカートの上へ。太もものホルスターには、針を脅威に思わないことに納得する武器がある。ナイフさえ仕込んでいる柏木さんだから、そりゃ針に怖がることはないよね……。
気づいちゃったわたしが言うべきなのかな……。三人のいじめっ子たち、このまま柏木さんに挑めば、返り討ちにされると思う。黙って見ていればそれでスカッとするけど、……でも、スカッとするだけだ。それって、それでいいのかな……?
「…………」
柏木さんにそこまでさせるわけにはいかないと思った。
人の手を借りてスカッとしても、わたしの本意じゃない。
これはわたしの問題だ、わたしの手で、解決する。
「ダメっ、柏木さん!」
「はっ、え、ちょっと!?」
柏木さんの腰に抱き着くフリをして、ホルスターからナイフを抜き取り、いじめっ子の前に立つ。針と向き合う、抜き身のナイフが手にあった。
太く長い銀色が、彼女の目に入ったようで――
「はぇ?」
癒し系アイドルの面影がなくなっていた彼女の表情が凍り付いたと思えば、一気に歪んで泣き出しそうになる。
はっきりと見える刃の恐怖に怖くなってくれたのかもしれない。
だって、わたし、握ってるけど見れないもん。本物の刃って怖いんだからっ。
「い、いじめられた、子は、なにするか、わかんないんだよ……。こうやって、ナイフを、突き刺す、ことだって、あるってこと……なんだよ……っ」
震える手と口は止まらない。
止まらないなら、このままいく。
「これ以上、続く、なら……わたしが終わらせる、の。全員、刺して、わたしも死んでやる……ッ」
「え、あたしも刺されるの?」
柏木さんは黙ってて。
するわけないでしょ。あ、でも、残った人が犯人ってことに――ううん、ちゃんと捜査をすれば、柏木さんは関係ないことが分かる。
だから大丈夫、三人のいじめっ子を刺してわたしが死んでも、柏木さんは関係ない。
柏木さんが後悔するようなことにはならない!
「ま、待ってよ怯田さん……? 冗談よ、ジョークっ、ジョークよね!?」
「あなたがジョークでも、わたしは本気だった……本気で受け止めて本気で苦しんだ。だから仕返しだって本気だよ。刺すの。やるの。嫌なら止めればいいでしょ、その針で、わたしをっ、できるでしょそれくらい!!」
からん、と針が落ちた音が微かに聞こえて、わたしの足が動いていた。
ナイフを握ったまま彼女に突撃する。刃が彼女のお腹に――――「えい」
あ。と思った時に初めて気づいた。足を払われた。
勢いがついたまま、わたしは盛大に前へこけて――あぶ!?
落としたナイフが地面を滑る。
それを拾ったいじめっ子が、悪魔のような笑みを見せて、
「きゃは。形勢逆転ね、怯田ぁ」
「じゃあ正当防衛っしょ」
え。
後ろから声が聞こえ、柏木さんのすらっと伸びた足を目で追えば、ぴんと伸びたつま先が彼女の鼻頭に突き刺さっていて……、その後はスロー映像に見えた。
むぅ、おぉぉぉん、と、野太く聞こえる悲鳴を最後まで聞く前に、見ていた景色の速度が元に戻って、彼女が床を転がった。
鋭い蹴りで、彼女は鼻血を出し、顔がちょっと歪んで? いながら……気絶していた。
体格の差(スタイルの差?)がある柏木さんに敵うはずもなかったのだ。
取り巻きのふたりは既に逃げていて、この場には主犯格だけが倒れている。
…………助かった、けど、……これはどうするの?
「柏木さん……?」
「ナイフを持ち出したから正当防衛で蹴った、ってことにしてくれる? 口裏合わせればいいでしょ」
「うん……いいけど……その……」
「あと、勝手にあたしのナイフを抜き取って使わないで。危ないでしょ」
「……ごめんなさい……」
「まあ、仕方ない状況だったけどね。あんたならああするしかなかった、ってのは納得だよ。もっと上手く立ち回れるならいじめられてないわけだし……いいんじゃない? 勇気出してこれなら、よくできた方じゃん」
柏木さんがわたしの頭を優しく撫でてくれる。
と思えば、あ、優しくない……段々強くなって、犬を愛でるような感じだった。
「柏木さん、痛い……っ」
「ごめんごめん。さて、とりあえず先生呼んでこようか」
「……うん」
「それと、」
差し出された手を掴むと、ぐっと引っ張られ、中性的なイケメン顔が目の前にあった。
身長差があるから、彼女に抱えられるとわたし、足が浮くんですけど……っ。
「スカートの下のことは他言無用で」
「う、うん……」
「それから――あたしの家に招待してあげる。というか事情を説明しておいた方がいいもんね。疑問が探求心の源なら、先に疑問を潰しておく。それが一番、漏洩にならないから――」
一瞬の舌なめずりに、ごくり、と、わたしは生唾を飲み込んだ。
その音が、校舎裏、静寂の昼休みによく響いた。
柏木さん……? ……彼女は一体、何者なんだろう……?
・・・つづく
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