ソメイヨシノが枯れた理由

花音

第1話

まだ着物が珍しくなかった時代。高層ビルもなく木々が木の葉を揺らし鳥のさえずりが聴こえるある春の日。

「俺が、終わらせてやるからな。」

壮年の男だった。一人誰にも聞こえないよう呟くと、一抱えもある植木を持ち仰々しいスーツ姿の男達が待つ広場へとゆっくり歩いていった。葬列のような足取りだった。


20☓☓年4月某日、世間は休日で天気もよくメディアが「お花見日和」とおすすめスポットを伝える。言葉通り本州では桜の下でレジャーシートを敷きお弁当を広げる家族連れなどの姿が見られた。

「はなびらきれー!とるー!!」

とはしゃぐ子ども。

「本当に満開で綺麗、でももう散り始めなんて今年は短くない?」

「いつも桜が咲いたと思ったらあっという間に猛暑になるし、こんなもんだろ。」

と会話する夫婦。

「やっぱ花見と言えばビールだろ!」

「お前は年中飲んでるだろ。」

そんな掛け合いを楽しそうにしている大学生ぐらいのグループ。


世界中の全てのソメイヨシノが立ち枯れたのは、それから約1ヶ月後のことだった。


「お花見日和」から桜ははらはらと花弁を散らし続け、二日後には枝だけの寂しい姿になった。例年は葉桜への移り変わりも楽しめたものだが、ただ静かに花弁を散らし続ける姿に専門家は早い段階から疑問を呈し、沖縄•九州から東北や北海道までソメイヨシノを含む桜を調査したが、満開に咲き誇ると静かに息を引き取るように花弁を散らし続け、枝だけになる頃には枯れている事が判明した。原因はまだ特定できていない。

このニュースが流れるや否や、大手メディアは「感染症か」「天変地異の先触れだ」「桜の呪いか」などと囃し立て、SNS上では「誰かのの陰謀では」「まさか新手のテロ?」など様々な憶測が飛び交った。


3月下旬。春眠暁を覚えずとはよく行ったもので、三度寝をしてから遅い朝食を食べ、舟を漕ぎながら電車に乗りラボに着いた僕が見たのは、鳴り響く電話に止まないメール、倉庫から引っ張り出してきた書類と死にそうな顔で見つめ合っている同僚や先輩達の姿だった。

「嫌な予感はしてましたよ……。」

「あぁ、おかえり。見ての通りさ。九州のソメイヨシノが立ち枯れているらしい、原因は調査中だが未だ不明だ。それにその件についての問い合わせが各方面から相次いでいてな……。」

「SNSで騒がれてましたけど、あれデマじゃなかったんですか?」

「残念なことにね。桜は日本の国花であり国民から愛されている、ある種の日本の文化の一つだ。それ故に現状ではやたらに市民を不安にさせないよう報道規制をかけているらしい。それはそれとして、騒がれている件について今から説明するよ。」

そう言って先輩が説明してくれたところによると、九州・四国のソメイヨシノが立ち枯れてしまったようだ。

九州には2800本のソメイヨシノがあり、日本有数の規模を誇る。この規模の立ち枯れは過去に例がなく、現地でも戸惑いが広がっているらしい。

更に南の温暖な外国でも同様のことが起こっている可能性もあるが、桜に対する国民性の違いなどから騒ぎやニュースにはなっていないと思われる。

「事情は分かりました、それで僕の担当は?」

「見ての通り研究所内はてんやわんやの大騒ぎでね、只でさえ少人数で予算も少ない研究所だし、ここでの事務処理だけでも大変なんだ。それなのに誰か現地調査に寄越してくれと県知事からも要望が来た。」

「それで僕に行ってくれと、そういう事ですか。」

「流石、話が早いね。花見前線の時ぐらいしか声もかからない、普段は光の当たらない研究所に派遣要請なんて県知事も奇特なことだ。そのくらいの関心をいつも寄せてくれれば予算の獲得もしやすいのに。ま、ウチとしても研究データが得られるのは有り難いからいいけどね。旅行は好きだろう?よくお土産をくれるしね。」

そう先輩は悪戯が成功した子どものように笑うと、資料一式を僕に差し出した。「君なら適任だと思う。頼めるかな?」

面倒なことに巻き込まれたと内心では思いながらも、僕は「はい。」と答えた。

「それじゃあ、さっそく準備します。」

「よろしく頼むよ。」

そうして、僕こと山岸 祐介は九州へと向かったのである。

空港に着くと、そこには予想以上の人混みがあった。「何が起きたのか」を調べようとする者、興味本位で観光しようとする者など様々だ。そんな人々を横目に手配されたタクシーに乗り込むと、目的地を告げる。運転手は少し驚いたようだったが、すぐに車を走らせてくれた。

途中、コンビニでおにぎりとお茶を買い昼食にした。バタバタしていて昼食をとり損ねてしまい、タクシーの運転手におにぎりとお茶の飲食の可否を訪ねたところ、時計をちらりと見て「兄ちゃんも大変だなぁ」と笑いながら了承してくれた。食べながらスマホでSNSを見ると、やはり「桜枯れてる」「桜って花びら散ったら枯れるっけ?」「なんか不吉」という書き込みが散見された。

更にインターネットの海に潜っていくとあるSNSの記事が目に入った。

「桜の立ち枯れの原因、ついに判明!?」

この記事によると、ソメイヨシノの遺伝子を調べるとある事が分かったという。

「ソメイヨシノはクローンでありDNAとしては全て同じ個体となる、現在立ち枯れたソメイヨシノはそのDNAに細工がされていた可能性がある」

そう書かれていた。

どうやらソメイヨシノのDNAを解析したところ、何かDNAを改変したような跡が見つかったと書かれていた。しかし噂話のようなものを集めているまとめサイトのようで

「いささか信憑性に欠けるな……。」

そう独りごちながら何か腑に落ちないものを感じたとき、タクシーの運転手に話しかけられた。

「お客さん、着きましたよ。」

気付けば車は目的地に到着しており、里山の長閑な風景が広がっていた。

「ありがとうございます。」

料金を支払い車を降りる。

「しかし兄ちゃん、こんな辺鄙なところに用事かい?この辺は駅からも遠いしバスの本数も少ない。帰るときはバスの時間に気を付けるか、早めにタクシーを呼んだ方がいいよ。」

親切な運転手はそう声をかけてからドアを締めた。

手元にはそれなりの金額になった領収書。研究所から経費で落とせるから自分の懐は痛まないが、自費だとしたら絶対に乗らない距離だ。

ここまでやってきたのだ。しっかり調べて話を聞かないことには帰れない、そう思い歩き出した。

「それにしても、この辺りは空気が美味しいな。」

そう言いつつ、スマホの地図アプリを見ながら歩く。

目的の家はここから歩いて10分程の距離にあった。

「すみません。」

玄関のインターホンを押してから声を掛ける。

「はい、どちら様でしょうか?」

中から出てきたのは若い女性だった。

「突然の訪問失礼します。私は山岸といいまして、さくら研究所から派遣されてきたものです。」

「あぁ、あなたが。今開けますね。」

彼女は僕を家の中に案内すると、応接間に通された。

「わざわざ来てくださって本当に申し訳ありません。私、博士の姪で植月 美咲と申します。今日はよろしくお願いしますね。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

お互いに挨拶を交わした後、彼女から話を聞くことになった。

「まずは状況についてお話ししますね。先日、九州・四国のソメイヨシノが一斉に立ち枯れるという事件がありました。恐らく本州や北海道もこれに続くでしょう。原因は調査中ですが、未だ不明とのことです。そしてその原因を探るため、現地にて聞き取り調査とソメイヨシノ以外の桜の調査を行ってきて欲しいというのが今回、山岸さんにお願いしたい内容です。」

「なるほど、確かに原因不明では困りますからね。」

「えぇ、なので調査をスムーズに進めるためにも事前情報の収集と共有を行いたいと思っています。」

「それはありがたいです。」「それで、事前にお渡ししておいた資料に目を通していただけましたか?ざっくりとまとめると、今回の調査で確認して欲しい事項は3つ。1つ目は『なぜ九州のソメイヨシノだけが立ち枯れたのか』2つ目は『ソメイヨシノ以外に異常がないかどうか』、最後に『今後、新しくソメイヨシノを作る上での注意点はあるのか』になります。」

「はい、拝見しました。」

「それならよかった。今日はもう日も傾いていますし、明日から調査をお願いします。この辺りには宿もありませんし、うちの客間をお貸ししますので、今日は長旅の疲れを癒してください。」

「ありがとうございます。お世話になります。」

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