ジャンプの後は蕎麦だよね
春野訪花
ジャンプの後は蕎麦だよね
明けましておめでとうの瞬間にジャンプしてみよう。
そんなことを言い出したのは、果たしてどちらだったか。たぶん向こうだ。
決行場所は、何の変哲もない近所の公園だった。あんまり広くないし、住宅街のど真ん中にあるのでなけなしに植えられた木の隙間から近くの家の明かりが見える。下手すればジャンプの瞬間を目撃されるわけだが、まあそれもそれ。我らはそんなことを気にするタマではない。でなけりゃ、年越しの瞬間飛ぼうなんてアホっぽいことをやらない。
スマホの画面と睨めっこする。デフォルトでは秒数までは表示されないので、秒針の表示がある時計のアイコンを見つめた。
「大体一秒前に跳べばいい感じ?」
向かい合う彼女に言われる。
「たぶん」
なにぶん、ジャンプで年越しは初挑戦だ。
「じゃあ、三秒前からカウントして、さん、にー、いちで跳ぼう」
「分かった」
真剣に頷く。
なぜにこんな真剣になっているのか分からないくらい、真剣だった。それは向こうも同じ。昔見た、テスト範囲を間違えていることに直前で気づいて教科書を見つめていた顔に似ていた。
そろそろ、来る。
「「さん」」
同時に秒読みをする。
「「にー」」
マフラーしてくれば良かった、と急に思う。
「「いち……!」」
パッと目が合う。
空中で、視線を合わせたまま、私たちは年を越した。
たっ、と着地したと同時に近くの家から「明けましておめでとう〜!」の声とクラッカーの音がしてきた。思わずびっくりして、二人してそっちを見てしまった。
静けさが戻って、なんてことないただの夜闇に包まれる。
「ふ、ふふ……」
思わず笑ってしまう。向こうも笑ってる。
「あけおめ、さつき」
「あけおめ、ちな」
言い合って、また少し込み上げてくる笑いに身を任せて。ほぼ同時にぶる、と体を震わせる。
「「さむっ」」
顔を見合わせて、帰り始める。真似すんなよ〜、と肘でこ小突き合いながら。帰ったら、蕎麦でも作ろう。
ジャンプの後は蕎麦だよね 春野訪花 @harunohouka
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