4 キャロル
「あの二人は上手く行きそうだな」
テーブル席で向かい合い、笑顔で語らうソフィアとローレンを、離れたベンチから見守りながらルイスが言った。
「……ローレン殿下はソフィアに好意を寄せていたの?」
隣に座るルイスを横目で見ながらキャロルは尋ねた。
「ああ」
「ルイスはいつから知っていたの」
「去年かな、本人から聞かされたのは」
「そんなに前から? 教えてくれれば良かったのに」
「言えるわけがないだろう。王子が婚約者のいる女性に懸想しているなんて」
呆れたようにルイスは答えた。
「それは……そうだけど」
「しかし、上手く行きそうで良かったよ。ローレンの奴『この気持ちは一生秘めていく』とか言いながら、実際やっていたことはやばかったからな」
「やばいって?」
「ローレンが図書館の館長に就任したのは、ソフィア嬢を結婚後も図書館に引き留めるためだったんだ」
ルイスはキャロルを見た。
「え、どういうこと?」
「立場を利用して退職を阻止し、彼女との繋がりが切れないようにするためだよ」
「退職を阻止……」
ソフィアが図書館に就職した時のように、伯爵家が王族の要請を断ることは難しい。
そのために、ソフィアが結婚する前に人事権を持つ館長になるのだと、ローレンはルイスに語ったのだ。
「宰相から依頼があった資料収集担当にソフィア嬢を当てたのも、実績を作ることで彼女が図書館に必要な人物だと外部にも認知させるのが目的だったそうだ」
「……そう……」
「想定以上の成果を出したソフィア嬢は、確かに司書として優秀だけど。でもその裏にはローレンの個人的な思惑があったんだ」
ルイスはローレンたちの方へと視線を戻した。
「俺が知っているのはその二つだけど、自分の目が届く所にソフィア嬢を置いておくために他にも色々と画策していたんじゃないかな」
「――もしかして、殿下って重い人?」
キャロルが父親の宰相から聞く話や、世間の噂からは穏やかで優しい好青年だと認識していたけれど。
「ああ、意外と執着心が強い。だから今日の婚約発表パーティのことを早めに教えてくれて良かったよ」
そう言ってルイスは息を吐いた。
「もしもソフィア嬢が別の男と再婚約なんてことになったら、何をしでかすか分からないからな」
ローレンは穏やかな性格だと、幼い頃からつきあいのあるルイスも思っていた。
だが、諦めていると言いつつも時折見せる彼のソフィアに対する執着には恐れを覚えることもある。
当人は「初恋をこじらせているんだ」と笑っていたけれど。
「そう……ソフィアを大事にしてくれるなら、多少重くてもいいけど」
「それは大丈夫だ」
「ならば良かったわ。変なところに嫁がされなくて済むから」
キャロルは安堵のため息をついた。
「――友人のことより自分のことを心配した方がいいんじゃないのか? また縁談を断ったと聞いたが」
ルイスはキャロルを見た。
「紹介されるのは父の仕事関係ばかりだもの。私は政治家の妻にはなりたくないわ」
今度は煩しさのため息をついてキャロルは答えた。
「宰相の一人娘だから、政治関係者を相手にと望むのは仕方ないだろうな」
政治家一族として名高いオサリヴァン侯爵家の一人娘であるキャロルは、婿を得て家を継がなければならない。
その相手として政治に関わる仕事、できれば未来の宰相を望まれるのは当然とも言える。
「政治家にならなかった当主だって何人もいるわ。私は普通の貴族として生きていきたいの」
貴族の女性は仕事を持たないのが「普通」だが、大臣や外交官の妻は別だ。
常に夫を補佐し、社交の場では時に他国の賓客を接待し情報収集もするため、国際情勢や政治の知識などが必要となってくる。
男性同様か、それ以上の学びが必要なのだ。
「でもキャロル、前は政治家の妻になろうと努力していただろ」
貴族令嬢としてのマナーだけでなく、政治について真面目に学んでいたのをルイスは知っている。
ソフィアと知り合ったのも、他国の歴史を調べに図書館を訪れたのがきっかけだ。
「頑張ったけど、私には向いていないと分かったの」
キャロルは視線を落とした。
「私はソフィアみたいに頭も記憶力も良くないし」
マナーや社交の場での立ち振る舞いは身体で覚えられる。
けれど歴史や国内情勢に関わる数字といったものを覚えるのはとても苦手だ。
ソフィアが水害対策の資料収集を担当した時に、父親の命でキャロルも手伝ったがほとんど役に立てなかった。
「ソフィアだったら政治家の妻になっても……ああでも彼女は社交が苦手だから、難しいわね」
「人によって向き不向きは違うからな」
「ええ、本当に。父も諦めてくれないかしら」
「――政治家じゃないなら、どんな相手がいいんだ?」
キャロルの横顔を見つめながらルイスは尋ねた。
「そうね。父が納得するくらいの家柄は必要ね。あとは領主としての仕事がきちんとこなせる人……それでまだ相手がいない人なんているのかしら……」
「俺はどうだ?」
そんな人いるだろうかと疑問に思っているキャロルの耳に、ルイスの声が聞こえた。
「え?」
「条件は合っているだろ?」
「……ええ……そういえば……」
ルイスの家、アディンセル公爵家は過去何人もの王妃を輩出し、また王家の血も入る高貴な家だ。
家柄は申し分ない。
それに次男のルイスは病弱だった長男に万が一のことが起きた時を考え、長男と同じ後継教育を受けてきている。
確かに条件にはぴったりだ。
「兄に息子が生まれたから、俺もお役御免になって結婚相手を探さないとならないんだ。オサリヴァン家に婿入りできるならちょうどいい」
「……ルイスと私が結婚するの?」
ルイスとは幼い頃から顔を合わせてきた。
病弱な兄が男の子と遊ぶのは難しいからと、キャロルが遊び相手として公爵家に通っていた。
幼い頃は兄妹のような関係だった。
そのルイスと結婚するなんて、想像したこともない。
「じゃあ、とりあえず婚約するのはどうだ? 俺も催促されなくなるし、キャロルもこれ以上見合いしなくて済むだろう?」
「……そうね……それならいいかも」
こくりとキャロルは頷いた。
「帰ったら父たちに相談して……」
こちらにローレンが一人で歩いて来るのに気付き、ルイスは首を傾げた。
「どうした? 話は終わったのか」
「ああ……ソフィアに頼みがあるという者が来たんだ」
ローレンが振り返った先には、ソフィアと何か話をしている若い男女の姿があった。
「頼み?」
「なんでも店を出すのに相談役になって欲しいとか。ソフィアも乗り気で話が盛り上がっているから私は抜けてきたんだ」
「――あれはアガサ・エイムズ伯爵令嬢ね」
視線を送るとキャロルは言った。
「知っているのか」
「エイムズ商会はオコナー商会のライバルよ。その令嬢が来ていたの?」
キャロルは眉をひそめて立ち上がった。
「様子を見てくるわ」
「え? あ、おい」
ルイスが引き止める間もなくキャロルはすたすたと歩いていった。
「……全く、心配性だな」
「彼女はどうしたんだ」
「ソフィア嬢に接触しようとしている相手の意図を探りたいんだろう。ローレンのことも、ソフィア嬢を大切にするか気にしていたから」
「そうか。いい友人を持っているんだな」
微笑むとローレンはルイスの隣に腰を下ろした。
「――ずいぶんといい笑顔だな」
「そうか? まあ、やっと気持ちを伝えられたからな」
そう答えて、ローレンはルイスを見た。
「そっちはどうだった?」
「婚約することへの同意は得られたと思う」
「思う?」
「俺と結婚なんて、想定もしていなかったんだろう」
キャロルの表情を思い出しながらルイスは答えた。
「今は気持ちを伝えるよりも、婚約することで互いに利があると思われればいい」
「それでいいのか」
「ああ」
頷くと、ルイスはローレンを横目で見た。
「婚約すれば、他の男に取られる不安はなくなるからな」
「……そうだな。それは、私も同じだ」
ローレンも頷いた。
「しかし、キャロル嬢にここまで婚約者がいなかったのは幸運だったな」
「ああ」
ローレンがソフィアに秘めた想いを抱いていたように、ルイスもキャロルのことを幼い頃から想っていた。
けれどキャロルは一人娘、婿を取らなければならない。
ルイスは次男だが病弱な長男の代わりに家を継ぐ可能性があった。
だからその想いを告げることはできなかったけれど。
「お互い運が良かったな」
「ああ」
顔を見合わせると、二人は笑みを交わした。
「それでは、よろしくお願いします!」
アガサは立ち上がると、ソフィアに向かってぺこりと頭を下げた。
「ええ、よろしくね」
「帰るわよクリス」
「あ、ああ。ありがとうございます」
アガサに腕を引かれて、クリスも立ち上がる。
去っていった二人と交代するようにキャロルがやってきた。
「何を話していたの?」
「平民向けの宝飾店を作るんですって。今までにない商品で色々調べないとならないから私に手伝って欲しいそうなの」
「そう。平民向けなんて大丈夫なの?」
「どうかしら。でも女性が活躍できるお店にしたいそうだから、協力したいわ」
答えてソフィアは首を傾げた。
「どうしたの? 顔が赤いけれど」
「――ルイスに言われたの」
すとん、とキャロルは椅子に座った。
「婚約しようって」
「まあ。良かったじゃない!」
ソフィアは目を輝かせた。
「好きな人と結婚できるのね」
「ちょっと、声が大きいから!」
顔を真っ赤にしてキャロルは悲鳴を上げた。
「聞かれたらどうするの⁉︎」
「……聞かれたらダメなの?」
「ダメよ。だって言っていないもの……ずっとルイスが好きだったなんて」
熱を帯びた顔を鎮めるように、キャロルは頬を手で押さえた。
好きだったけれど、互いの立場上結婚はできないとずっと思っていた相手から、まさか結婚を打診されるなんて。
思いもよらないことで信じられなかった。
「え? でも婚約するのでしょう?」
「お互い利益があるから結婚しようって。うちもルイスなら問題ないし、向こうも婿入り先を探していたからちょうどいいの。……私に好意がある訳ではないわ」
「そうなの? でも、好意がないならキャロルに直接言うかしら……」
貴族の結婚は、基本親同士が決めるため本人の意思がないことが多い。
当人へ直接求婚するのは、相手と結婚したいほどの好意があるからだ。
「昔から知っているから好意はあると思うけど……私と同じ好意じゃないわ」
キャロルは小さく首を横に振った。
「私に婚約者がいなくて都合が良かったからよ」
「そうかしら……」
ソフィアはルイスのことをよく知らないが、キャロルからよく聞く話や先刻ローレンから聞いた限りでは、優しくて気配りができる青年のように思う。
そんなルイスが、都合が良いという理由だけでキャロルに求婚するだろうか。
(……よく知らない人の心を勝手に推測してもダメよね)
「都合が良かったのかもしれないけれど。でも結婚相手に好かれるのは嬉しいことよ。だからルイス様に、キャロルの気持ちを伝えたらいいと思うわ」
「でも……」
「私もね、びっくりしたけれど、ローレン様に好きと言ってもらえて嬉しかったもの」
微笑んだソフィアの顔は、本当に嬉しそうに見えた。
「ルイス様も喜んでくれるわ」
「……そうかしら」
「ええ、きっと。だからちゃんと気持ちを伝えて、幸せになりましょう」
ソフィアはキャロルの手を握った。
「――そうね、幸せに。ソフィアもね」
「ええ、私たち皆、幸せになるの」
(マーガレットも……ついでに、オリバー様も)
可愛くて素直なマーガレットにも、良い相手が見つかるだろう。
オリバーも、オコナー伯爵がきっと相応しい相手を探してくる。
(色々あったけれど……今日は良い一日になったと思うわ)
こちらへ歩いてくるローレンとルイスの姿を見て、ソフィアはそう思った。
おわり
地味でつまらない女だからと婚約破棄されましたが 冬野月子 @fuyuno-tsukiko
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