Case 1.藤崎さん(後編)

 古谷さんの後にくっついて、僕は職員室の隣の物置の前に来た。古谷さんが戸を開けようとしたが鍵がかかっていた。そりゃそうだよな。用が無ければ閉まっているだろう。

 

「丸根君が三日前。ここで藤崎さんとプリンを食べたのも今くらいの時間帯かな?」

 古谷さんが周りを見渡しながら僕に問う。

「うん。実際には片付けが終わってからだからもう一時間位後かな」

「そうか……だとすると、そんな時間帯にこんなところを通りかかる人ってそうそういないんじゃない? 職員室のすぐ目の前だし…‥何か用事でもなければさ」

 確かに、用も無いのに職員室に近づきたい生徒はそんなにはいないだろう。古谷さんは一体何が言いたいんだろうか……あっ、そうか!

「あの……もしかして古谷さんは、目撃者が誰かを考えてるの?」

「そう言う事よ。それでなくてもここは放課後に通りかかる生徒も少ないし、廊下の反対側も部屋になっていて建物の外からは見えない。ましてや君の証言によると、部屋の戸を閉めた状態で隠れてプリンを食べていた……それを誰が見咎みとがめてRINEに上げたのか。」


「あっ、そうか。でも渡辺先生なら、プリンが二個あった事や、物置を片付けた後、藤崎さんが生徒会の書類を運びこむ事を知っていた? それともどこかに隠しカメラとか?」

「先生がそんな生徒をイジる様な事しないでしょ。それになんで学校の物置に隠しカメラがあるのよ。女子更衣室とかならあるかも……だけど」

「そうだよね。となると……」


「そう。あとは当事者位だね」

「ええ!? でも僕じゃないよ!!」

「えー。こずるい男子ならやりかねないわよ。自分で火種大きくしちゃって既成事実を固めるとか……あーあー。そんな顔しないで。丸根君がそう言う奴じゃない事は分かってるから」


「でも、そうなると……」

「そうなるわね。でもなんでまたクラスのマドンナがそんなまどろっこしい事をしたのかしら。君の事が好きなのならそう伝えれば、君は多分断らないだろうし」

「いや断るとか以前に、それ、前提がおかしいでしょ。僕が藤崎さんに気に入られる道理がないよ」

「もう丸根君。もう少し自信もったら? 男は根拠のない自信も重要だと思うよ。でもまあ確かに、君がモテるのは考えにくい……」


 そこまで話をして、古谷さんは眼を閉じてしばし黙りこくった。そして……

「よし丸根君。ちょっと揺さぶってみようよ。なんか面白い小説ネタが出て来そうな気がする」そう言う古谷さんの小さな瞳がキラリと光った。


 ◇◇◇


「それで丸根君。話ってなんですか? はっきり言って今、あなたと二人きりで会いたくないのだけど……」

「ああ、すいません。そうですよね。あのRINEの件で迷惑をかけている事は謝ります。ただ、僕にもどうしようもなくて……力足らずですいません」


 夕方、僕は藤崎さんを体育館の裏にこっそり呼び出した。普通に声をかけると山口さんら取り巻きまでついて来てしまうので、例のRINEの件でこっそり打合せがしたいと言って一人で来てもらった。そして僕は、心臓が破裂しそうなのを必死にこらえながら、古谷さんが書いたシナリオ通りに藤崎さんに語りかけた。


「それで……僕と藤崎さんが根拠なくクラスの男子にからかわれてしまっている件なのですが、いっそ表向きだけでも付き合っていただけませんか?」

「ええっ!? 一体何を突然。もしかして丸根君。私の事が本当に好きなの? それで自分でRINEにあんな事を書いて、私の気を引こうと……」

「違います!! いや、好きか嫌いかで言われると、藤崎さんを嫌いな男子はそうはいないと思います。ですがこのまま否定だけしていても、うちのクラスの連中はますます調子に乗りそうですし、ここはいっそ逆療法という訳で、二人が仲良しなのを見せつけてやればむしろ冷やかしは無くなっていくのではと考えました!」

「そんな……そんなの嫌です!! なんで私が、形だけとは言え、あなたの様な陰キャと!!」

 うわっ。いきなり陰キャ呼ばわりだ。ちょっとショックだけど事実かな。でも……これではっきりしたぞ。藤崎さんは僕に気が有る訳ではない様だ。


「じゃあ……なんでRINEに載せたんですか?」


「えっ? 何言ってんの? なんで私がわざわざそんな事する必要があるのよ!!」

「でも……あの状況では、あそこでプリンを食べた事を知っているのは僕と藤崎さんだけです。先生が隠れて食えと言ったんで部屋の戸は閉めてましたし、窓側はスチールラックで埋まっていて外からは見えませんでした。だから証拠はないけど消去法です」

「何よ……部屋を出たところを誰かに見られてたかも知れないじゃない!!」

「ですがプリンの空容器は部屋を出る前に僕が袋にまとめて持っていましたから、二人で会っていたと書かれる事はあっても、二人でプリンを食べていたと書かれる事はないはずなんですよ!!」

 

「あっ……」

 藤崎さんはそう声をあげてから、下を向いたまま一言も発しなくなった。


「あの……別に藤崎さんを責めてる訳じゃないんです。僕は今回のクラスの騒ぎで、藤崎さんが嫌な思いをしてるんじゃないかという事だけが心配でしょうがなかったんだ。でも、僕のこの予想が当たっているとしたら……僕はその事で悩まなくてもいいですよね?」

 僕のその言葉に、藤崎さんは小さく頷いた。


「それじゃ、この話はここで終わりです。僕も明日から、中山達に冷やかされても我関せずで、七十五日を過ごします……いっしょにプリン食べられて楽しかったです」

 そこまで話して僕は後ろを向き、藤崎さんの顔を見ずにその場を離れた。

 そして校庭の表に至り、完全に藤崎さんから見えなくなったと思われるところで、ふわぁっとタメ息をついてその場に座りこんだら、そこに古谷さんが小走りに近づいてきた。


「おー、ご苦労さん。陰キャにしては頑張ったかな?」

「全くです……藤崎さんは、口でははっきり言いませんでしたが認めてくれました……」

「うん。隠れて見てた! ああいう時、ちっこいと便利だね」

「はいぃ!? ……でも、小説のネタにはしないで下さいよね」

「それはなんとも……大丈夫。実名は使わないから!」

「まったくもう……でも藤崎さん。なんであんな事したんでしょうね」


「うーん。それ、直接本人に問いたださなかったのは偉かったよ丸根君。多分、彼女の性癖かな?」

「性癖?」

「そう……多分彼女。SとかMとか、いろいろ抱えてるよね。まあ人間なんてみんなそうだと思うけど。あなたの困る顔が見たいってのとか、自分も巻き込まれヒロインになりたいとか? まあ、あくまでも個人の感想だけどね。どっちにしろあんまり追い込まなかったのは正解だよ。卒業まで同じクラスな訳だし、私達の年代じゃ、あまり触ってほしくないところだよね」


「そんな……でもそうだね」

 そりゃ僕だってそう言う、人に突っ込まれたくない部分は確かにある。

「そうそう。私が思うに、こういう人の心模様って何が正しいとかはあまり重要じゃなくてさ。というより真実なんてなくて、どう解釈するかだけみたいなものかも知れないし……だから小説のネタになる」

「あっ。勝手に解釈するんだ」

「その通り!! だから丸根君。また何かに巻き込まれたら、些細な事でもいいから私にネタ頂戴ね」


 古谷さんとこんなに話したのは初めてだが、こんな感じの人だとはついぞ思っていなかった。でも今回は、彼女の助言がきっかけで、心の中が整理出来た様に思う。これから受験本番に突入していくと、みんなもっと心が揺れ出すのかな。まあ他人事じゃないか。そんな事を考えながら、陽の暮れかかった空の下、僕は家路についた。


(終)

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同級生の女の子の気持ちなんて僕に分かる訳ないじゃないですか SoftCareer @SoftCareer

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