同級生の女の子の気持ちなんて僕に分かる訳ないじゃないですか

SoftCareer

Case 1.藤崎さん(前編)

「ちょっと丸根。あんた一体どういうつもりなの? このままじゃ恵美がかわいそうじゃない」

 

 朝、教室に入ったらいきなりクラスの女子数人に囲まれ、その中の一人、山口由香に頭から怒鳴られた。


「えっ? ああ、あの事だよね。でもそれ、僕が悪いの?」

「何言ってんのよ。あんたもその気がないならはっきり否定すればいいじゃない。それをうじうじとはっきりせずにろくに説明もせずに放って置いてるから、男子たちが図に乗っていいようにイジられてんじゃないの?」

「そんな……でもそれ。ぼくが違うって否定すればする程、皆面白がってからかうんだよ」

「あーあ。ほんとにこのクラスの男どもはガキなんだから。ああ、あんたもガキだからね丸根。とにかくあんたが何とかしなさい。でないとクラスの他の女子も敵にまわすわよ!」


 そこまで言って山口さん達は、自分達の役目を全うした様な顔をして僕から離れ、藤崎さんのまわりにたむろし始めた。どうせ「私がちゃんと言っておいたから」とか報告されているのだろう。


 僕は丸根治まるねおさむ。中学三年生になって半月経った。そして藤崎恵美は中三になってからのクラスメートなのだが、目鼻立ちのはっきりした、ちょっと日本人離れした顔つきの美少女でスタイルもよく、すでにクラス中の男子が彼女を気にしていると言っても過言ではない。そしてさっき僕に説教を垂れた山口由香は、藤崎さんとは同じ小学校からの友人なのだ。

 

 それで僕が藤崎さんに何をしたのかって? いや何もしていない。同じクラスになってから、話したのは一度きりだし……いや、だがその一度が事の発端だったのだが。


 ◇◇◇


 三日前。


「おーい、丸根。ちょっと頼まれてくれないか」

 放課後、担任の渡辺先生が、家に帰ろうとしている僕を呼び止めた。

「はい。なにか手伝いですか?」

「ああ。お前帰宅部だろ? ちょっと物置の片づけ手伝ってくれないか?」

「はあ……」


 まあ、担任の頼みじゃ仕方ない。僕はあまり考えず先生に言われた職員室の隣の物置になっている部屋に入ったのだが、スチール棚に段ボールが雑然とならんだ埃っぽい部屋だった。そしてすでに一人、誰かいるぞ。

「なんだ治じゃないか。お前も渡辺に捕まったのか?」と声がした方を見たら、小学四年から中学二年まで同じクラスで、今は隣のクラスの高木直也がいた。高木は陰キャな僕とは異なり、サッカー部所属の明るく気さくな性格で男女問わず人気者なのだが、僕はこいつとなぜか昔から気が合うのだ。


「あれ、君も強制労働?」

 僕がふざけた様に声をかけると、高木がはにかんで笑った。

「はは。国語の宿題忘れてペナルティーさ」

「あちゃー。そりゃ災難だね。それで、どこを片付ければいいの?」

「ああ、ここの一角の段ボールを校舎裏の倉庫に運んで、この場所を空けてほしいんだとさ。台車借りて来てるからさっさと運んじまおうぜ」


 そして二人で、二十箱ほどの段ボールを台車で倉庫まで運び終えた。

「そんじゃ治。俺、部活行くから、渡辺先生への報告頼んでいいか? 大分遅くなっちまったぜ」

「うん。試合近いんだよね。台車も片付けておくよ」

「サンキュ!」そう言って、高木はグランド方向へ走っていった。


「先生。片付け終わりました。台車元の所に戻しておきますね」

「ああ、ありがとうな。あれ、高木は?」

「さっさと部活に行きましたよ」

「なんだ。せっかくご褒美やろうと思ってたのに……ほら、これ」

 そう言って先生がプリンを僕に二つ渡してくれた。

「自分で食べようと思ってしまってあったんだが、賞味期限が今日までだったんだ。人に見られない様、隣の物置に隠れてさっさと食っちまえ。高木の分もお前が食っていいよ」

「はは。それじゃ遠慮なく」

 

 四月も後半にさしかかり、クラスでもゴールデンウイークの予定などが話題にのぼるが、如何せん中学三年生。受験の事を考えるとそんなに浮かれてもいられないのかな。でもまだ、一学期始まったばかりだし……物置の隅でプリンをつつきながらそんな事を考えていたら、いきなり物置の戸が開いた。


「失礼しま……あっ、ごめんなさい。お食事中でしたか」

 僕は、プラのスプーンを口に加えたまま、その声の主の顔を見た。

 あっ、この人。クラスメートの藤崎さんだ。藤崎さんは、段ボールを一杯乗せた台車をここに押して来た様に見える。


「あっ、いや。別に食事ってわけじゃ……」いきなり人が入ってきてドギマギしている僕に 藤崎さんが語りかけた。

「あの……丸根君ですよね? クラスメートの。こんなところに隠れて間食ですか」

「いや、その。これは渡辺先生からの労働報酬で……あっ、プリンもう一つありますので、いかがですか?」

「えっ!?」藤崎さんは、突然の僕の申し出にかなり驚いた様ではあったが、ちょっと思案してから「それじゃ戴きますね」とうれしそうに答えてくれた。


 藤崎さんは二年の時から生徒会副会長をしていて、昨年度分の書類をこの部屋に片付けに来たのだそうだ。渡辺先生はその書類置き場を確保する為に、僕と高木を使った様だ。


「ゴールデンウィークが明けたら生徒会選挙ですからね。私達三年生はもうすぐ引退なので、片付けを始めているんです」

「そうですか……」クラスメートと会話する事自体がレアな僕には、正直、藤崎さんと何を話せばいいのか皆目見当がつかない。差しさわりのない会話の後、「それじゃご馳走様でした」と言って、藤崎さんは物置を出て行った。


 それだけ。本当にそれだけだったんだよ。


 しかし翌日。なぜか。僕と藤崎さんが物置に隠れて、こっそりプリンを食べていたとクラスの匿名チャットRINEに書き込まれ、丸根が藤崎にラブラブだと、クラス中の男子から嫉妬半分、からかい半分でさんざんイジられる結果となったのだ。


 ◇◇◇


「なんか大変そうだな。俺に出来る事なら力貸すぞ」

 昼休み。校庭の隅で高木がそう言って僕を励ましてくれた。

「いや、みんな軽い気持ちでからかってるだけだと思うし……人のうわさも七十五日だっけ。おとなしくしてればそのうち収まると思うよ」

「そっか。でも、誰が見てたんだろうな。クラスRINEにのせるとか結構悪質じゃないか。先生に相談すっか?」

「いや、あんまり大事にすると藤崎さんにも迷惑かかりそうだし……今のところ、クラスの男子連中は僕にしか絡んで来てないから、僕が我慢してればいいと思う」


 昼休みが終わって高木と別れ、教室に戻ると、いきなり洗礼をうける。


「ヒューヒュー。ほら藤崎のダンナのお帰りだぜー」身体と声がデカイ位しか取り柄のない、中山が叫んでいる。もちろん、僕に聞えよがしに言っているのだが、当然、教室の前の方に座っている藤崎さんの耳にも届いているはずだ。彼女がどんな気持でいるのか想像すると、山口さんではないが、ちょっと心が苦しくなる。

「中山! いいかげんにしろよ。僕に突っかかるだけならまだいいけど、藤崎さんにまで聞こえる様に大声出すのはやめろ!!」

「はーん。おーいみんな聞いたか? 『僕はいいんですけど』だとさ。自分で認めてんじゃん!!」

「違うっ!!」僕は思わず中山につかみかかりそうになったが、丁度そのタイミングで、渡辺先生が教室に入ってきた。

「おら、お前ら。もう昼休み終わりだ。席につけー」


 午後の授業が始まったが、僕にはその内容が全然頭に入ってこなかった。くやしさとふがいなさが心の中で渦巻いていて、悲しくなった。そう。僕は何を言われても気にしなければいいけど、藤崎さんはさぞや不快な思いをしているに違いない。一度、言葉を交わしてたまたま先生に貰ったプリンを一緒に食べただけで、こんな冴えない奴とくっついている様に言われて……彼女にとっては本当に不本意な事だろう。

 

 午後の授業が終わってホームルームの後、藤崎さんは山口さん達と連れ立ってさっさと帰ってしまった。やっぱり僕といっしょにいるのが苦痛なんだろうな。僕もさっさと帰ろう。そう思って立ち上がると、また中山が近づいてくる。


「よお丸根。奥さんさっさと帰っちまったけど、夫婦喧嘩でもしたのかよ」

「この野郎……いい加減にしろ!!」

「おっ。怒った怒った。でもお前、僕はいいんじゃなかったっけ?」

 その時、僕の中で何かが切れた。そして言葉より先に手が出たのだが、その手は中山に難なく掴まれてしまった。

「なんだお前。いきなり手をあげやがって……そんじゃ、正当防衛なー」

 そう言って、中山は僕の顔面にグーでパンチを入れた。

「まったく陰キャのお前が俺に敵うわけねえだろ。まあ、手加減してやったけど、鼻血くらいは我慢しとけや。おい帰ろうぜ」そう言って中山は取り巻き数人と教室を出て行った。


 はは。そうだよな。僕が他の男子と素手でやりあったって敵う訳ないじゃん。僕は何を熱くなってんだよ。でも痛いな……くやしいな……。

 僕はそのまま教室の床に転がって天井を眺めながら、目から水を流していた。


「おー。なんかひどい顔になってるねー。いじめられた?」

 いきなり廊下の方で声がしたので、起き上がってハンカチで鼻血を拭いてから振り返ると、そこに女の子が立っていた。


「古谷……さん」

 そう。そこには一年と二年で同じクラスだった古谷葵が立っていた。この子も小柄でおとなしく、僕同様普段はクラスでも目立たない感じで、あまり話した事はない。


「ああ。先に手を出しちゃったのは僕だから……それにあまり大事おおごとにはしたくないから、内緒にしておいてくれると助かる」

「そう。でも丸根君おとなしいから……なんでも自分の中にしまいこんじゃうと辛いよね」

 そう言いながら古谷さんは、廊下の蛇口で自分のハンカチを濡らしてきて、僕の顔を拭いてくれた。はは。古谷さんとこんなに顔が近づいたの初めてだな。


「ありがとう。もう大丈夫。古谷さんは部活か何か?」

「ううん。私は帰宅部。でも、なんか血の匂いがしたんで様子を見に来たの」

「血の匂い? 古谷さん、もしかして吸血鬼とか?」

「何言ってんのよ。こんな貧相な吸血鬼いないでしょ? 私は、こうした事件の匂いが好きな文学少女よ。丸根君、よかったら事情を教えてくれない? 私の投稿小説のネタになるかも知れないし……」


 へえ。古谷さんって、こんなにしゃべる人だったんだ。二年間も一緒のクラスにいて全然知らなかったな。でも投稿小説って……自分の事を書かれるのはあんまり歓迎しないけど、まあ鼻血も拭いてくれたし、少し位付き合ってあげてもいいか。そう思った僕は、現在自分に起きている状況を、クラスRINEを見せながら古谷さんに説明した。


「ふーん。よく聞く他愛もない話だとは思うけど……ちょっと引っかかるわね」

「引っかかるって、何が?」

「あー、君は感じないんだ。ふむふむ……それじゃ、鼻血も止まったみたいだし、これからその犯行現場にいってみようか」

「犯行現場って……別に犯罪を犯した訳じゃないし」

「まあそう言わずにさ」


(後半に続く)


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