第2話:なんで???

### 行けない???


「ナローゲーム!」


 叫び声が壁に反響し、ゆっくりと消えていく。だが、それだけだった。周りの景色も何一つ変わらず、部屋の時計の針はいつも通りに進んでいる。


「……は?」


 エイジはしばらく天井を見上げた後、頭を掻きむしる。


「なんでだよ!前はこれで行けたのに!」


 自分自身に言い聞かせるように、もう一度深呼吸をして呪文を叫ぶ。


「ナローゲーム!」


 静寂。


「ナローゲーム!」


 何度も何度も声を張り上げるが、状況は変わらない。エイジは床に座り込み、頭を抱えた。


「なんでだ……条件が変わったのか?」


 エイジはスマホを手に取り、ネットで「異世界に行く方法」などと検索してみた。


「まさか、俺が『ナ◯ー系』小説みたいな展開に憧れてたから、一度だけ叶えてくれたとか?」


 検索結果には「異世界転移の方法は創作物であり、現実には存在しません」という至極当然の回答が並んでいた。


「知ってるよ!そんなことは!」


 エイジはスマホを放り投げ、再び呟く。シュウが呆れたように肩をすくめる。


「なんでだよ……何が足りないんだ?」


 エイジが言った一言で、シュウは閃いた。


「条件が変わっているよ。場所とか。」


「場所?」


「そうだよ!前回はマックで叫んだだろ?ここじゃなくて、きっとマックがキーワードだよ。ほら、世界のマックだろ!異世界のマックでもあるんだよ!」


「うまいこと言うね。シュウは。」


---


 二人はエイジの家の最寄りにあるマクドナルドの二階席を陣取った。


「池袋じゃなくていいのか?」


「とりあえずだよ。ダメなら池袋いこうぜ。」


 そして、再び二人は声を揃える。


「ナローゲーム!」


 静寂。


「このパターン、さみしくねぇ?」


 シュウが心底情けなく言った。エイジも無言の同意。


「やっぱり、池袋かな?」


 エイジは最後のポテトを食べながら、やる気を振り絞った。


---

### マックでも?


「ここだよな、あのときの席。」


 シュウが指差したのは、窓際のカウンターの席だった。エイジも頷きながら席に着く。


「間違いない。ここで俺たちは叫んだんだ。」


「でもさ、成増のマックと違って、人が多いから恥ずいんだよな。」


「あぁぁ。」


 しばし無言で見つめ合った後、二人は覚悟を決めた。


「よし、やってみよう。」


 エイジが声をかけると、シュウも深呼吸をして気を引き締める。周囲の目を気にするようにちらりと見回しながら、二人は息を合わせて叫んだ。


「ナローゲーム!」


 店内のざわめきが一瞬止まったような気がした。だが、それは二人の錯覚だったらしい。突然、奇声を上げた若者の声に周辺が驚いただけだった。次の瞬間、店内は元の喧騒に戻った。違うことといえば、奥の女子高生が、シュウたちを見ながら笑っていることだ。。


「う。……何も起きねぇ。」


 シュウがぼそりと呟いた。エイジも肩を落としながら同意する。


「何が違うんだろうな。」


「でも、前回と同じ場所だし、同じような時間だし。適当に叫んだだけじゃん。ラノベ読んでから。」


 二人はしばらく沈黙し、時々、小声で「ナローゲーム」と声を合わせ、再び悩み始める。コーラ一杯だけでそんなことを繰り返すのも少し後ろめたい気持ちになっている。店員。正しくはクルーですね。と目が合うとその恥ずかしさはこの上ない。


「すみません、長居しちゃって。」


 とエイジが小声で言って、二人は池袋マックを退散した。


### どうして?


 シュウとエイジは、散らかったエイジの部屋に座り込んでいた。


「何度やっても異世界に戻れないな。」


 半ば諦め口調のエイジだ。既に何十回と試した呪文は、何度やっても効果がない。声の大きさを変えても、タイミングを変えても、結果は同じだった。


「何か、抜けてるんだよな。」


「あの、叫び声が?」


「いや、異世界に行くための条件だよ。」


 エイジが呆れながら答える。天井を見上げて考え込むその姿は、普段の呑気な態度とは打って変わって真剣そのものだった。エイジが何度も繰り返して言っている。


「ラノベを読む。ナローゲームって叫ぶ。」


「うん。だけどさ、あの時は確か……。」


 ふと、シュウの表情が明るくなる。


「待てよ。ひょっとして、あれだ。読むだけじゃダメなんじゃないか?」


「読むだけ?どういうことだよ。」


「このラノベ、誰かに勧める必要があるんじゃないか?確かに、あのときオレ、お前に勧められて読んだだろ。それも条件だったんじゃね?」


 シュウの言葉にエイジが目を見開く。しばらくの沈黙の後、エイジは勢いよく立ち上がった。


「それだ!そうに違いない!誰かに勧めて、その後に叫ぶんだよ!」


「誰かに勧めるっていうのは抜けていたな。じゃあ、誰に勧めるかだな。」


「タクミに頼むのはどうだ?」


 シュウが提案する。タクミは、あまり面識がないクラスメイトだが、いつもラノベを読んでいる、二人から見れば、今もっとも異世界に近い知人だ。


「確かに、タクミなら乗ってくれるかもしれないな。」


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NarrowGame かずぅ @kazoo1227

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