方舟をおりる

釣ール

誰もショックをいやしてくれない だから人間関係と名がつく方舟を俺たちは降りる

 優雅ゆうがは不景気でもわりきってそれなりの会社で正社員になった。


 やりたいこともない人間にとってちょっとだけむくわれた気がする正社員は必要悪としてわりきっている。


 幸せやらなんやら。

 誰も助けてくれない現実を経験しているのに仕方なくつきあわされる破綻はたんした世界。


 大好きだった人も亡くなってよりどころがなくなった。


 生きたくて生きているわけじゃない。

 インターネットを見ても外を歩いても現実ほど最悪な世界は存在しなかった。


 優雅ゆうが……ここからは俺が話す。


 俺が見たかぎりのフィクションはリアリティがあって暗い話か教養だのなんだの適当できれいすぎる余計な明るさばかりで何も響くものがなかった。


 だから疲れた。

 そして一番最悪な相手へ現状を打ち明けることにした。


 蜥融かれいどはインターネットで知り合った友達。

 それも何年か立っている。

 口が悪くてコミュニケーションがどうだとか勝手に社会に決めつけられて今は何しているのか毎日あっているのに分からない。


 プライベートを聞く必要がないから。

 そんな蜥融かれいどに俺は初めて相談してみた。


『ばかばかしい情報しかないうえにそこまで金をはらう価値がない世界から降りるにはどうしたらいいか?』って。


 サンダルをはいて庭の植物に水をやったあと、蜥融かれいどは俺に伝えた。


「間違ってるかもしれないけど幸せだって言ってる人間がマウントとって優越感ゆうえつかんにひたってたり、仕事でいそがしいっていって『俺(私)は特定の信頼している人しか時間をさけないですごめんなさい』も言わずに『いそがしい』って捨ててくるやつだったら相当怪しくないか? その幸せって」


 蜥融かれいどの言う通りかもしれない。


「だから俺に相談されても上手く答えられなくて悪い。でもあえて言う。哲学やら芸術じゃ本人が納得なっとくして自分で決めたわけじゃないなら幸せかどうかなんて語ったってむなしいだけ」


 思ったよりも誰かに打ち明けて相談するって失敗の連続なんだな。


 だから蜥融かれいどにはついでに悩みを話すことにした。


 ドラマみたいに話して解決なんて気持ちが悪い。

 その先の人生を考えられないって怖すぎる。


「お前はどうなりたいんだよ?」


 そりゃあ質問されるか。


「いらないよろいを捨てるために俺はたたかう」


 蜥融かれいどは俺の元へ近づき本音ほんねを打ち明けてくれた。


「俺もりたいんだよ。人間関係から」


「ほぼ無理かもしれないのに?」


「だからこそ戦う意味ができたろ? りた先を考えて生きていくために」


 正解なんてない。

 でも捨てることで進むこともある。

 ときには止まるかもしれない。


 そこに善悪ぜんあく優劣ゆうれつもない。

 ただ甘い考え方かもしれない。


「俺たちもとりあえず自分の力で降りるまで協力するだけだ。それなら余計な友情もなにもかも必要がない」


「でも利用はしていない」


「どうとでもとらえていい。一人だけじゃできないから協力をする。それだけ考えれば充分じゅうぶん


 ありもしない理想や幸せを手に入れても変な思想や何かにはまってぬけられず、ただ他の人間を巻き込んで馬鹿にする人生のまま腹に一物いちもつかかえた仲間だと思っていた人間にかこまれて死んでいく。


 なんのホラーだよ。

 そういうのフィクション作ってる奴らも考えろよ。


 そっちの方が見える幽霊ゆうれいより怖いって。


 俺たちの選択と今後がどうなるのかはわからない。

 そのためには動いて調べて身につけるしかないのかもしれない。


 人間関係からは降りる。

 でも戦いからは勝ってもりない!


「捨てるためにはやりたかねえこともさけられないのかもな」


「さけた成功体験は浅すぎる」


愚痴ぐちる必要もなかったか。じゃあ、行こうぜ」


 少し考えると変な青臭さがある。

 痛いくらい。


 でも楽な道じゃないからこれくらいの目標は語らせてくれ。

 俺たちだけの話し合いだから。


 降りるために戦う人生。

 産まれたくて産まれたわけじゃないエゴの地獄。


 それでも俺たちはこの船を降りる。

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方舟をおりる 釣ール @pixixy1O

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