「たつとへび。」番外編「はじめまして兎先輩」
※二〇二五年一月十一日の限定ノートに掲載したものです。1年ほど経過したのでこちらで公開させていただきます。
これは十二支の〝辰〟担当になった「たっつん」が、初めて兎先輩に出会った日の物語。
*
俺は鯉淵タツミ。十二支の〝辰〟を担当することになり、元日から人間界に来ている。
「業務内容や人間界での過ごし方は前年度の担当者に聞いてねー」
って神様に言われたわけだが、鵜呑みにして教えてもらった住所へのこのこ来て良かったのかどうか、今、どうしようもなく葛藤中だ。
前年度の干支は〝卯〟。つまり、その都内一等地に建つタワーマンションの一室では、兎一族の誰かが待っているはずだった。
俺は勝手に、男女問わず可愛らしい感じの、人当たりのいい優しい雰囲気の人物を想像していた。
お笑い草だ。先入観ってのは、マジで百害あって一利なしだな。
「てめえが新しい〝辰〟か」
ドスの利いた声でそう訊かれて、こっちの方が仔ウサギみてぇに震え上がった。
目の前にいるのはヒョウ柄の毛皮のコートに身を包み、一月の室内にも関わらず鋭角のサングラスをかけた、金髪オールバックの男だ。
明らかにその筋のお人である。
三人分はスペースのありそうな革張りのソファに足を組んで座り、床に正座して目を泳がせる俺を見下ろしている。
「こ、鯉淵タツミでにゅ!」
緊張しすぎて噛んだ。情けねぇけど見栄張ってる場合じゃねえ。
どうか嬲る価値もない最底辺の弱者だと嘲弄して、無事におうちへ帰してほしい。
「オレに会いに来たからには、それなりのお勉強をしてあるんだろーな」
俺はヒュッと喉を鳴らして脳を高速回転させた。お勉強? お勉強ってなんだ!?
「に、人間界のことなら、少しは……」
他に思いつくことがなく、俺は事前に調べた知識をまくし立てる。
「人間界は地球という太陽系第三惑星にあり、豊富な水と酸素を保有することから人間以外にも多くの動植物が存在しています。表面は約71%が水で覆われ、残りの29%が陸地で……」
「真面目か!」
「ひッ」
「後ろ見ろ」
ねじ切れそうな勢いで首を回すと、背後の棚にぬいぐるみが三体置かれていた。
どれも一歳児くらいのデカさだ。
テイストがバラバラだが共通しているのは長い耳。つまり、どれもウサギだってこと。
ヤンチャの最高顧問みたいな人物のお宅に子供サイズのぬいぐるみが三体あったら、普通は何を思うんだろうな。
俺には中から白い粉か、本物の臓器が出てくる未来しか見えねえけどな。
あ、拳銃って手もあるか。
なんにせよ詰んだ。
そう思ってほぼ白目になった時、兎先輩がさらに怖ぇことを言い出した。
「はい、ここでクイズでーす」
死刑宣告の間違いじゃねえのか。
辛うじて意識を保ち、イチかバチか化身を解いて逃げ出す算段を始めた俺の恐怖をよそに、兎先輩はサクサク話を進めていく。
「後ろに並ぶ三体のウサギのぬいぐるみ。どれも人間界では超絶有名なマブい奴らです。右から順にキャラクター名をお答えください。制限時間はそれぞれ十秒。はい始め。いーち」
ほとんど化身を解きかけていた俺は、一番右のウサギを見て泣きそうになった。奇跡的にそいつの名を知っていたのだ。
幼龍時代、人間界びいきのおばあちゃんが読んでくれた絵本に出てきたやつだ。
青い上着に茶色の毛皮。お父さんがパイにされて人間に食われるという、過酷な設定を抱えたそいつは……
「ピーターラビット!」
「正解!」
兎先輩が足組みを解いてニヤリと笑った。
「てめえ、タツオ、なかなかやるじゃねえか」
「タ、タツミです」
「次。いーち」
無慈悲にも二体目のカウントが始まる。
やべえええ、今度は全然わかんねえ!
やたらデカい前歯を剥き出しにして笑う灰色のウサギだ。なんかちょっと人を小馬鹿にした感がある。じっと見ているうちに、てめえはここでジ・エンドだと囁かれている気分になる。
俺のバカバカ、どうしてさっさと化身を解かずに、クイズに参加しちまったんだ!
「きゅーう」
「う、ウサオ!」
「バックス・バニーだ馬鹿野郎!」
兎先輩が怒鳴りながら懐に手を入れたので、撃たれる覚悟をした。
だが死神は、もう少しだけ俺に慈悲をくれるつもりらしい。
「次はサービス問題だ。英語名と日本語名、どちらでも正解にしてやる。いーち」
英語名と日本語名!? やべえ、余計わからん。
今までで一番シンプルなかわいいウサギだが、なんで口が×になってんだ!?
口から例の違法なブツたちを入れられて、縫い閉じられたのか!?
「きゅーう」
「う、うさこちゃん!」
とにかくなんか言わねえと、と思って、見たまんまを叫んだ。
終わった。兎先輩は俯いて怒りのオーラを発している。
「タツミ……」
「ひねりがなくてごめんなさい!」
「正解だ!」
ホールドアップの姿勢で完全に命乞い体勢だった俺は、耳を疑った。
「せ、せいかい……?」
「英語名ミッフィー、日本語名うさこちゃんだ。では最終問題。右を見ろ」
天国から地獄とはこのことだ。まさかの最終問題があるとは……!
ぎこちなく右を向くと、筆で漢字の書かれた長い紙が貼られていた。
書初めってやつだろうか。意外に字がうまい。
書かれた字は「羽佐木 飛太」
「これはオレの人間界での名前です。さて、なんと読むでしょう」
一番間違えちゃいけねえやつ来たああああ。
普通に考えたら「うさぎ とびた」ですけど……!?
怖すぎて歯の根が合わねえ。なかなか解答できずにいる俺を哀れに思ったのか、兎先輩がなんと、ヒントをくれた。
「これまでの解答を踏まえて考えてみな」
どういうことだ。
俺の記憶が正しければ、これまでの解答は「ピーターラビット」「バックス・バニー」「うさこちゃん」または「ミッフィー」のはずだ。
俺の体に風穴開けない救世主が、この中にいるってのか!?
その時、まさに天啓みてぇに、頭の中に稲妻が走った。
「羽佐木 飛太」……とびた。「飛」という漢字は、ひ、とも読む。
これを今風に……いわゆるキラキラネーム風に読んだら……ひょっとしたら。
「うさぎピーター!」
破れかぶれに、俺は叫んだ。
どうせ他にはもう思いつかねえんだ。ヒントを無駄にせず出せる答えは、これしかねえ。
兎先輩がギロリとこっちを睨んだ気がした。
「ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ファイナルアンサー!」
それから妙に沈黙が続く。
床に落としていた視線を、ちらと上げてみた。
うああ、顎んとこ梅干しみてえにシワシワにして、眉間に皺寄せて口尖らせて、グラサンの下でめちゃくちゃメンチ切ってる!!
懐に差し入れられた兎先輩の手が動き、服の陰から何かを取り出す。
全てがスローモーションに見えた。
終わった。
新しい辰よ、お前はどうか生き延びて――
「大正解!!」
兎先輩の叫び声と共に、パーンという銃声。
ああ、やっぱり正解だったのか。死ぬ時って意外と痛くねえ……
え、大正解?
知らない間につむっていた目を、恐る恐る開ける。
視界に奇妙なものが映った。カラフルな紐が頭から顔の前にぶら下がっている。
なんだこれ。
摘まんでみると、キラキラした青い紙テープだ。ついでに色紙の切れ端みてえなものも、髪からパラパラと落ちてくる。
硝煙みてぇな焦げ臭いにおいが、辺りに漂っている。
撃たれたはずなのに、どこにも穴が開いてない……?
「おいおいおい、何ビビってんだよ。クラッカーだよ! まさか、銃だとでも思ったのか!?」
だーっはっはっはっはっと、兎先輩がそれまでと打って変わって、明るい声で笑った。
腹を抱えてソファの上でひっくり返り、ぐりんと体勢を戻した勢いで立ち上がって、茫然とする俺にガバと抱き付いてくる。
「なんだよたっつん、超☆面白いじゃ―――ん! 気弱な龍野郎って聞いたからさあ、陰キャだったらブチクソ面倒臭ぇなって思ってたけど、ちゃんとクイズにも参加してくれたし? ファイナルアンサーとかノリノリだし? ドラゴン級にノってくれちゃって、激☆最高じゃ――――ん!!」
の、ノリノ……いや俺はただ、やらないと殺されると思っ
「今日は俺の店でドンペリ奢ってやるよぉ? たっつんあけおめ歓迎パーティー、しよぉぜぇ――――ッ!!」
俺はしばらく茫然としてから、ようやく口を動かした。
「み、店って、何か経営をしていらっしゃる……」
「あ、知らねぇの? オレ、カブキチョーのナンバーワンホストだぴょん。結構あの辺に顔利くから、怖~いお兄さんたちに目ぇ付けられたら連絡しな? 人相変わるまでうさキックかまして、福笑いみてぇな面白い顔のお兄さんに変身させてやっからさぁ」
「ひい」
俺は兎先輩に半ば抱えられて表へ引きずり出され、マフラー四本出しの真っ赤なスポーツカーに問答無用で詰め込まれた。
この後、一夜にして人間界の光と闇、天獄と地獄、狂騒と深淵なる沈黙の全てを味わい、床にばら撒かれた万札を拾うことになるのだが――
それはまた別の話である。
<了>
たつとへび。 鐘古こよみ @kanekoyomi
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