第6話 他人を助けるには理由が必要



「……だめ?」



 俺が困惑していると、小岩井が不安そうに聞いてきた。


 やはりどう考えても、俺には断る理由しかなかった。



「どうして俺がそんなことしないといけないんだ?」



 それが俺からの拒否だと分かったらしく小岩井が悲しそうに目を伏せる。


 しょぼん、という言葉が似合う顔をしてる。


 ……そんな顔したって俺は頷かないからな。



「そうだよね。そう言うと思ってた」



 断られるってわかってるなら最初から聞くなよ。



「俺以外に頼めば良いだろ。友達とか」


「そんな友達いない。だって私、友達いないから」



 悲しいことを呟く小岩井だったが、それもコイツの自業自得だ。


 今日まで友達が作れない振る舞いをしていれば、友達がいないのも当然だった。



「だからって俺に頼むことないだろ?」



 頼める相手がいないからと言って、友達でもない男子に手を握ってと頼むのは女子として考えものだ。



「だって柏木君に隠してたことバレちゃったし、私がナルコレプシーだって知ってる人……冴木先生と柏木君しかいなくて頼れる人いないから」


「なら冴木先生に――」


「できるわけないだろう? 私が小岩井の相手をしたら保健室に来た生徒を誰が診るんだ?」



 頼みの綱だった冴木先生に断られてしまったが、考えてみるとその通りだった。



「小岩井には悪いと思っているが、私にできることはベッドを貸して秘密を守ってやることくらいだ。それ以上の手助けはできない」



 冴木先生が小岩井の面倒を見てしまえば、その間は他の生徒の対応ができなくなる。


 小岩井が持病を隠している以上、他の生徒に見られるわけにはいかない。


 だから先生も昼寝してる小岩井を放置するしかなかった。たとえ彼女がうなされていたとしても。



「……秘密にしないでクラスの奴とかに頼ってみたらどうだ?」


「それはだめっ!」



 予想外だった小岩井の大声に、つい俺の肩がビクッと動いてしまった。


 小岩井も、なぜか自分の出した声に驚いて両手で口を覆っていた。



「……それだけはだめ。きっとクラスの人達に迷惑かけちゃう」



 その心遣いは良いとして……俺に対する迷惑についてはどう思ってるんですかね?



「私のこと知られたら……みんなに迷惑かけちゃう。だから絶対、みんなに秘密にしないとだめ」



 そう呟く小岩井の表情は、明らかに怯えていた。


 小さい身体を更に縮こませて、ウサギみたいに怯えてる。


 この様子を見る限り……多分、小岩井にも色々とあったんだろうな。


 コイツの患ってるナルトデンプシーかナイトミュージカルだか覚えてないけど、彼女の持病は無知な俺でも分かるくらい面倒な病気だ。


 それで昔トラブルがあったと言われても、納得できた。



「そこまで言うなら無理強いはしないけど、誰かに手握ってもらわないと困るんだろ?」


「……困る」


「てか、今までひとりで寝てたなら握ってもらう必要なくない?」



 そもそも、ずっと小岩井はひとりで寝ていた。


 睡眠の質が大事だと言っているが、なにも問題がなければ誰かを頼る必要はない気がした。



「柏木君の言う通り、お昼寝してたおかげで気絶することはなかったけど……」


「けど?」


「睡眠の質が悪すぎるとね、お昼寝しても気絶するかもしれないって病院の先生が言ってたの」



 今までは運良く気絶しなかっただけ、ということらしい。


 少しでも気絶するリスクを減らしたい小岩井の気持ちも、理解できなくもない。



「あとは、うなされるのが嫌になったから」


「嫌になる? 寝てるなら気づかないだろ?」



 寝てる間は、当然意識がない。うなされて起きても、おそらく寝起きに感じるのは寝た気がしない不快な気分とかだろう。


 確かに嫌な気分になるが、逆を言えばそれさえ我慢すれば良いだけの話だった。



「柏木君、嫌な夢って見る?」


「……急になんだよ?」


「良いから答えて」


「そんな夢くらい、たまに見るけど」


「そういう夢を、私はお昼寝すると必ず見るの」



 そう話す小岩井の表情に、俺はようやく納得した。


 辛そうな顔で俯く彼女の姿は、本当に嫌だと物語っていた。


 持病で倒れるリスクを下げるためでもあるが、昼寝するたびに悪夢を見る悩みを解消したい。


 そんな悩みを抱えていたところに、不運にも俺に秘密を知られてしまった。


 だが小岩井にとって、俺はずっと待ち望んでいた頼れる人だったに違いない。


 周りに頼ることもできなくて、ひとりで悩みを抱えていたところに俺が現れた。


 なにも知らないのに寝てる自分の手を握ってくれた人が、やっと現れた。


 頼らない理由がなかった。だから断られると分かっていても、小岩井はお願いするしかなかった。


 どうか自分を、助けて欲しいと。



「……小岩井の事情はわかった」



 ここまで話を聞いてしまえば、彼女に協力したい気持ちになる。


 不安そうに見つめてくる小岩井を助けてあげたい気持ちになるのも、わかる。


 だがそれでも、俺が頷く理由にならなかった。



「だけど俺には小岩井を助けてやる理由がない。たとえ俺とお前がクラスメイトでも、仲の良い友達ですらない他人だ。見ず知らずの他人を助けるために自分を犠牲にできるほど……俺は良い奴じゃない」



 小岩井みたいな可愛い女の子と一緒に居られる。それだけで頷く奴はいるだろう。


 しかし俺は、そんな理由で自分を犠牲にできる人間じゃなかった。


 昼休みは昼飯も食いたいし、学校で思う存分にグラファンができる大事な時間だ。


 友達でもない彼女に時間を割いて、好きなことができなくなるなんて論外だった。



「……うん。きっと断られるって思ってた」



 ダメだと分かっていても、頼りたかった。


 悲しそうな表情を浮かべる小岩井には悪いと思ったが、これも彼女の招いたことだ。


 小岩井の事情は知らないが、俺を含めたクラスメイト達と仲良くしていれば、こんな結果にはならなかったかもしれない。


 たらればってやつだが、仮に俺と小岩井の仲が良かったら俺の答えも違っていた可能性もあった。



「友達は損得で動かないけど……友達でもない他人を頼るなら協力したいって思わせるメリットが必要だ」


「えっ? それって……」


「小岩井に俺が頷けるメリットが出せるなら、お前に協力してやっても良い」



 一方的に断るのも申し訳ないと思って、気づくと俺はそんなことを言ってしまった。


 あるとは思えないが、俺を頷かせるだけのメリットがあるなら考えても良い。


 俺の話に、小岩井の目が一瞬輝いたような気がした。



「私も、お願いするだけじゃ協力してくれないって思ってた。友達じゃない柏木君を頼るなら、お互いに利益がないとダメだって」



 そこまで分かってたなら、それなりのメリットを出してくるつもりか?


 俺を頷かせる利益なんて、コイツに出せるとは思えないが――



「あ、先に言うけどエッチなことじゃないから。そういうのは良くないし、私も嫌だから」


「帰るわ」


「わわっ! 待って!」



 思わずソファから立ち上がろうとした途端、小岩井が慌て始める。


 その反応に、俺は渋々とソファに腰を下ろすと眉を顰めて小岩井を見つめていた。



「そんな理由で俺が頷くと思うな。また次同じこと言ったらマジで帰る」


「くくっ――」



 先程から黙って俺達の話を聞いていた冴木先生が声を殺して笑ってるし。


 そんな先生を横目に俺が溜息を吐いていると、胸を撫で下ろしていた小岩井が話を続けていた。



「一応、柏木君も男の子だから言っておこうって思っただけ。私の出せるメリットはそういうのじゃないから安心して」



 見ず知らずの男子を相手にしてるなら小岩井の心配も分からなくもなかった。



「じゃあなんだよ? お前の出せるメリットは?」


「私、こう見えてお勉強はできる方。だからテストの時とか色々教えることできる」



 えっへんと自信満々に小岩井が胸を張るが、まったく俺の心には響かなかった。



「却下、テストなんて赤点とか取らなきゃ良い」


「むぅ! それなら疲れた時に肩叩きしてあげる! 私の肩叩きは上手いって家族に評判良いの!」


「俺はサラリーマンじゃねぇよ。そんなので昼休みの30分使えるか」


「じゃあ私の持ってる本、いつでも貸してあげる!」


「持ってる本の種類は?」


「文庫本とか。ちょっとだけラノベあって、あとは少女漫画」


「俺の好みじゃないから却下」


「ぐぬぬ……!」



 ものすごく悔しそうに小岩井が唸る。


 まったく俺の心を動かさないメリットばかりだった。


 これだとダメそうだな。


 予想通りだと、俺が思っている時だった。



「あと私にできることって……お昼のお弁当作ってあげるくらいしかできない」


「え、小岩井って料理できるの?」


「昔からお母さんのお手伝いしてたから料理は得意」



 また自信満々に小岩井が胸を張っていた。


 その腕は不明だが、どうやら小岩井は料理ができるらしい。


 ほんの少しだけ、俺の心が動いた。



「その昼飯、俺が協力した日は必ずか?」


「へっ?」



 俺の反応が予想外だったのか、小岩井が驚いた顔をする。


 しかし、俺が前向きな反応をしたことに彼女も察したらしい。


 目を輝かせると、小岩井は嬉しそうに頷いていた。



「私のお昼寝手伝ってくれる日は、柏木君のお昼ご飯ちゃんと用意する」


「ぬっ……」



 今度は、俺が唸る番だった。


 昼休みに小岩井の手伝いをすれば昼飯が手に入る。


 つまり、俺の昼飯代が浮くってことになる。


 1日の昼飯代、約500円。


 俺が熱中してるグラファンって、夏に期間限定キャラが排出される確定ガチャが来るんだよなぁ。


 あと好きな限定キャラがもらえる課金パックも毎年の夏に来るらしい。


 欲しくて課金したかったけど、お小遣いじゃ足りなくて無理だと思っていたが――


 昼飯代が浮くなら、課金ができる?



「その昼飯の話、本当?」


「柏木君がそれで良いなら作ってくる!」



 昼休みに30分の労働で500円。ソシャゲの時間優先してバイトもしなかった俺にとって、それはあまりにも好条件のバイトだった。



「とても素晴らしい条件です。小岩井さんのお願い、謹んでこの柏木千世がお受けします」


「あ、ありがとう? あと急に話し方変わったけど……どうしたの?」


「嬉しさのあまり、小岩井さんに敬意を払おうと思いまして」


「えっと……その話し方、やめてくれたら嬉しい」



 俺が引き受けると知って嬉しそうにする小岩井だったが、その表情は引き攣っていた。


 なんか冴木先生も腹抱えて笑ってるし。


 しかしそんな些細なこと、俺には関係なかった。


 これで俺の昼飯代が浮くんだぞ?


 課金! 確定ガチャ! 限定キャラ!


 熱い夏に向けて、俺の戦力が無限に広がる予感しかしなかった。

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昼休み限定で30分だけ保健室で眠り姫のお守りをするだけだったはずが、気づいたら特別な関係になっていた 青葉久 @aoba_hisa

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