第4話 切り捨て末席、マンハントを始める


「どう見ても山賊って感じだな。だが、山に慣れてない?いや、人のこと言えないけど」


 木の上にてケイは物資らしきものを集めている山賊を眺めていた。


 やはりというか、痕跡を辿れば山のプロに見えてど素人な盗賊が住み着いていたとは少々がっかりだったが放置するわけにもいかない。


 だが、本当に山賊なのかという疑問もあったりする。


 山賊は山のプロフェッショナルの1人、痕跡を残しすぎて賊なのかと思わないところもない。


「よし、まずは様子を見て見よう」


 音もなく木から降りた彼は何事もなかったかのように山賊らしい人間に近づいていった。


「おーい、そこの!何してるんだー!」


 少し大きめの声をかけて見ると案の定、びくっと身体を驚かせるように震えて振り返ってきた。


 その隙に何度殺せるかとケイはあまりにも無防備な姿に若干苦笑いしつつ手を振りながら近づいていく。


「ここらへんじゃ見ない面だからさ、それに装備も狩りっぽくないし。俺も似たようなもんだけどな」


「お、おう!まだ狩人協会に入ったばっかりだから慣れてなくてよぉ」


「そうそう!だから兄弟とペア組んでやってんだ!」


 がはは、と肩を組んで兄弟らしからぬ髪色と肌の色と顔つきで明らかに嘘としか思えない。


 なお、ケイは血がつながらなくとも盃を交わして兄弟となる文化を知らないためそう思ってしまっていた。


 事実、この2人は仲良く地元を出たのはいいが落ちぶれて賊に落ちてしまったのであながち間違いではない。


「ここら辺の獣が全く見当たらなくなっててな。どうしようかと思ってたんだが何か知らないか?」


「さ、さぁ?俺たちも最近入ったばかりだからな」


「むしろ先輩が教えて欲しいぜ」


 彼らも分からないといった風にしらを切っていているがケイには全く通用していない。そもそもケイも今日初めて狩人になったため先輩扱いは全くおかしいのだから。


「まあ気を付けろよ。最近は山賊とかいるみたいだしな」


「そ、そうだな!」


「静かに気を付けるぜ!」


 ここに居たのは二人だが、話声で密かに隠れている山賊がいることをケイは感じ取っていた。


 そう気づきながらも彼らに背を向けて立ち去る。


 このまま何もしないでくれ、とケイは願う。


 戦場から逃げ出した身だ、もう殺しはしたくない。


 既に血に濡れた手をしていて、誰かの家族を大勢奪っているくせに何を言っているんだ、と内心で自虐をしていた。


 死にたくないからこそ多くの命を奪い、しかし誰にも生きて帰ることを願われなかったから逃げ出してきた。


 何の因果か、結局また人を殺すのか。


 背後から不意打ちで斬りかかってきた山賊を振り返り横一線に切り捨てた。


 剣自体は上質な物であった。それでも人間の身体を切るには物足りないはずだった。


 ケイは魔力を剣に纏わせて切れ味を上昇、刃の部分を更に鋭くしながら耐久力も向上させるという戦場で自然に学んだ技術である。


 まさか反撃を受けるとは思わなかった先ほどの二人は腹を断たれ、最後の力でケイを切ろうと剣を振り下ろしたが、二人の間を縫うように通りぬけて交わされた。


 剣を振り下ろした勢いのまま二人は倒れて絶命、その様子も何も見ずケイは前へと進む。


「ひい、ふう、みい、よお、結構いるな。どうする?やるか?」


 剣を下に向けたまま隠れている山賊を挑発する。


 そのかいあってか隠れていた山賊が次々と姿を現していく。


「おお、思っているよりもいるな。まずった、数が多くて潰されるかもな」


 軽口を叩いて油断を誘う。騎士だった時代は声を味方から封じられていた為とれなかった戦法である。


 常に無口にならざるを得なかった戦場では常に警戒されていると思われて全方位からあえて襲い掛かり集中力を削ろうという作戦を行われたことはある。


 すべて返り討ちにしたとはいえ彼もかなり消耗したので帰路がとてもしんどかった思い出だった。


「相手は1人だ、この程度やれないと頭領に殺される」


「こっちに何人いると思ってるんだ、捻りつぶしちまえ!」


「弔い合戦だ!」


「全然知らない奴だけどな!」


「ノリがいいな。そうこなくちゃな」


 襲い掛かってくれなければ殲滅できない。賊は根切にしなければ周りに被害が及ぶ。


 騎士として盗賊討伐に向かわされた経験があったケイは、取り逃した盗賊を延々と追わされた挙句なんの賞与も貰えなかったことを思い出す。


 あの時も何とか全滅させることに成功したが、今でも思うがどこまで自分を評価していなかったのかと思う。


 四方八方から襲い掛かってくる山賊を次々に切り伏せていきながら物思いにふける。


 舐めているように見えるが、今までの戦場に比べたら遥かにマシである。


 怒号、悲鳴、そして絶命の汚い喘ぎ声。


 あっという間に周囲は血の海、襲い掛かってきた山賊の殆どが血に沈むように倒れていて、残った山賊も腰を抜かしてケイから目を離すことが出来なくなっていた。


「どうした?俺が何かに見えたか?」


 ずぱん、と更に残っていた山賊を斬り倒して腰を抜かした哀れな山賊に近づいていく。


 山賊はそのまま失禁、そして涙や涎を流しながらガタガタと震えることしかできない。


「お前は死にたくないな?」


「し、死にたくない!死にたくねえよっ!」


「よし、生かしてやる代わりにお前らの寝床はどこだ?」


「そ、それは…………!ひっ、その剣を、振り下ろさないでくれ!喋る!喋るから!」


「そうそう、それでいい。山賊だったという証人が居ないとな。じゃなきゃこの惨劇が不当になるって言われるかもしれないからな」


 体に新鮮な血が付いたままニコリと冷えた笑みを浮かべるケイに、あえて生き残らされた山賊は呟いた。


「し、死神…………」


 ずっとそう呼ばれていた、と言いたかったが身元がバレかねないので仕方なく口をつぐんだ。


 山賊から話すことを全部聞いたケイは山賊を木に縛りつけて死体が転がる惨劇の跡に放置した。


 後で獰猛な獣が集まってくるかもしれないが、逆にこのような死体のご馳走がころがっていたら警戒するかもしれない、という安易な考えで哀れな山賊は放置されることとなったのだ。


「さて、山狩りといくか」


 死神が動き出す。後の平穏を享受するために山賊を狩りつくす。


 結局、人殺しから逃れない運命から目を背けながら音もなく駆け出した。

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