第3話 切り捨て末席、狩りに出る

 山を歩いて数刻、獲物は全く見つからない。


 気配を消しているつもりではいるが、やはり臭いは隠せないのかとケイは思っていたりする。


 一応だがそこらの雑草を仕方なく服や体に擦り付けて臭い消しをしたつもりではあるが、まだ足りないのか獣が何も見つからない。


「マジで何も居ねぇ。もしかしたら先客がいたのか?」


 ここでの先客はケイよりも先輩な狩人の事ではあるが、鋭そうな気配は全くない。


 また、獣らしい野生動物もほとんど見当たらず、見つかるのは気にへばりついている虫くらいである。


「流石に素人装備過ぎたか?弓っぽい道具は作ったけど獲物を追う方の道具を作った方がよかったか?」


 もちろん彼にそんなものを作る知識はない。


 見つけたら腰につけてる剣で急所を狙うもしくは首を切り飛ばすことを考えていたりする。


 ド素人の考えのままだが、流石にないも見つからないのはおかしい。それでも山の中へずんずんと進んでいくことはやめない。


 ケイにとって恐ろしいことは自身が死ぬような事態に直面することである。


 かつての帝国や諸国連合の中でも名だたる騎士が前線に出てきてはかつての仲間を蹂躙した挙句、王国の上位騎士が情けなくやられて撤退した後を任された時が一番の絶望だった。


 一対多数、多数は各国から集まった最強集団とかいう罰ゲームをやらされた時は溜まったものではなかった。


 それでも五体満足でよく生き残れたと、現実逃避しながら彼は思っていた。


「む、足跡」


 そして彼は動物がいた痕跡を見つけた。ただし、動物と言っても二足歩行で知性がある動物だが。


「人の足跡、にしても妙だな。ここら辺の山は狩人がよく来るって話だけどおかしいほど乱雑な足跡だ。つまり、集団で誰かいるって話だな」


 うんうんと勝手に頷いたが、それはそれで新たな疑問が湧く。


「うん?じゃあこんなに痕跡を残すか?」


 ベテランの狩人であるなら野生の獣に悟られず足跡を残すはずはない、とケイは考えた。


 実際のところは分からないが行動が派手すぎる。足跡が付きすぎてちょっとした道になるくらいに踏み固められており、どう見てもケイよりも分かっていないド素人がやるような所業。


「おかしい。別の集団が居るのか?」


 真っ当な疑問、不可解な状況に首を傾げたケイは足跡を追跡する事にした。


 この時はまだ思いもしていなかった。


 この『事件』で転職を強いられる事になるとは。





〜●〜●〜●〜●〜





「頭、もうここらの獣はいなくなっちまったぜ」


「流石に規模が大きくなりゃ食いもんの問題が出てくるか…………場所変えるぞ」


「へい!」


 これはとある山賊団が最後の時を迎えるまでの束の間の出来事。


 この山は近くの街にある狩人がよく狩りを行う狩場であったがおよそ7日前に山賊団が占領し、無秩序に獣を狩り尽くしてしまっていた。


 無論、そんな事をすればすぐバレるだけでなく異常に気づいた狩人が調査しにくる。


 目撃者はなはるべく部下に消させて山の肥やしとし、旨みがなくなれば拠点を変える。


 少し遠出をすれば戦場跡地から死んだ騎士や兵士から無用となった道具を剥ぎ取り、その帰り道に強盗をして生計を立てていた。


 王国が帝国と諸国連合との戦争を多々繰り返しているため屍肉漁りスカベンジャーがよく現れるのだ。


「チッ、また戦が終わったのに帝国の奴ら、妙に居残りやがって。何を探してるんだ?」


 だが、今回の戦争は少し違った。


 何度もぶつかり合う騎士同士の戦いは消耗が激しい。一つの戦いが終わればすぐに撤退して英気を養うのが普通なのだが、何故か今回の戦場には帝国の軍勢が残っていた。


 故に山賊団は小遣い稼ぎに出向けず山の獣を狩り尽くしてしまったのだ。


 なお、山賊団は戦場から離れた兵士や傭兵が混ざっており、気づけばそこそこな規模になってしまっていた。


 それでも騎士に敵うかどうかと言われたら怪しく、山狩りが行われると知れば皆逃げていくしかない。


 騎士とはそれほどの存在であり、唯の人間と比べるまでもない何かなのだ、と山賊団の頭領は考える。


 だが山賊としては稼ぎにもならぬ無駄な滞在は面倒でしかない。


 同じ山に長期滞在していたらいずれボロが出るというもの、別の場所へ移動するにも人数がいるとどうしても物入りとなる。


「近くの街でも襲うかぁ?捨て駒ならいくらでも…………」


 そう呟いた瞬間、山賊の頭領に悪寒が走る。


「何だ?嫌な予感がするぞ」


 山賊の頭領として生き延びて来た勘が警告する。


 今すぐ逃げなければ死ぬ、死神が近づいてきている。


 無論、彼も死にそうになった事は少なくない。山狩りにあったり、単純に襲った相手が強くて逃げることもあった。


 勘の良さで引き際を間違えぬよう最新の注意を払っていたからこそ頭領になれたのだ。


「仕方ねえ、使えない野郎どもの尻を叩いて準備を急がせるか」


 部下を呼びつけて別の地方へと移動する旨を伝えて自身は愛用しているサーベルを綺麗にする。


 使えば使うほど劣化していく武器の中でも手に馴染むサーベルだけは大事にしていた。


 罪なき人間を何人も傷つけ奪った悪党のものではあるが。


「だがなんだ、帝国の騎士がこんな所に現れるわけはない。何なんだ、この予感は」


 それでもなお、身の危険を感じる悪寒は続く。


 さっさと逃げる準備を済ませたら出ていこう、そう考えていた。


「…………見つけた」


 既に死神が逃げる準備を進める部下を見つけた時点で終わりということに気付かずに。

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