第2話 切り捨て末席、狩人になる
「え、宿代足りない?」
「足りないね、ちょっと持ち金すくないんじゃないの?」
「そこを何とか!必ず仕事をみつけるからさ!」
「うーん、紹介はするけど変なことだけはやめてよね」
「恩に着る!」
国を捨て、最後の戦場から遠い場所までやって来た彼は宿屋に泊まろうとした。しかし金が足りなかった。
彼自身密かに貯めた金はそこそこあるが、職を見つけて定住まで行くには全く足りなかったのだ。
幸いな事に宿屋の女将が話の分かる人物だったので支払いの期限を伸ばしてくれた。
だからと言って働き先を探す期間を伸ばすわけにはいかない。
「えっと、狩人か。確かに弓は使ったことはあるがだいぶん前の話だし、鈍ってるだろうなぁ」
騎士として、一応貴族ではあったので一通りの修練は受けていたが彼の戦闘スタイルは剣に魔法と近接及び中距離をメインとしているので弓矢は長い時間触っていない。
無論、獣如きに彼が遅れをとる事はない。
何よりも恐ろしいのは殺しあうためだけに戦う手負いの人間だ。
そういう訳で狩人達が集まる『狩人協会』に彼は到着した。
ここでの狩人というのは食用や観賞用に野生の獣だけでなく人畜に害をなす獣を狩るハンターである。
基本的に体力に自信があればなれるとされるがかなり厳しい世界ではある。
そんな世界に、死神が入り込む。
「すみません。狩人の仕事をしたくて来たんですが、登録とかありますよね」
「貴方は、ここが初めてですか?」
「まあね。田舎から来たもんでツテもなくて。ちょっとお金もないから職につかないと思ってさ」
まず最初にする事は受付を担当している嬢と話し、狩人として就職できるかどうか確かめる、である。
いきなり飛び込んで仕事だけよこせと言われても出せないものは出せないし、狩人が多くなり過ぎたら競争が起きて損失につながる可能性だってある。
彼は知っている、前線で彼と戦いたくないから出世してもう少しいい戦場に出ようとした木っ端騎士が互いを蹴落とし合って質が悪くなり始めていた事に。
それを黙らされていたので誰にも訴えられず改善も全くなかったが。
「かなり過酷な仕事となりますが、体力に自信は?」
「三日間戦い続けても平気さ。美味い水があればもっと戦える」
事実、飲まず食わずで彼は何日も戦い続けた事はある。そういう時に限って敵は上位層を投入して厳しい戦いを強いられていたが。
だが生き延びた。僅かな魔力で生み出した飲み水のみで戦い続ける事はできた。わざわざ余計な体力を使わず水をいつでも飲めるのならば1月以上は戦える、かもしれない。
「そうですか。では私達の所属を証明するタグを作りますのでお名前を教えていただいてもよろしいですか?」
その事を冗談だと思い営業スマイルで受け流され、一枚の木版に彼の名前を記入する準備を整えた嬢は、彼の目を見て聞いた。
「ケイ、家名は無い。何故なら田舎出身だからな」
その目をしっかりと見つめながら彼は、ケイは嘘をついた。
「ではケイさん、今からタグを作りますので前金を頂いてもよろしいですか?」
「……………………うん」
明らかにお金がないことを知らせる渋面に嬢は苦笑いした。
〜●〜●〜●〜●〜
「ふう、変な感じの人だったなぁ」
「田舎もんでしょ?何へんな顔してるのさ」
新人の登録内容を名簿に記入し終えたところで嬢とその先輩が周囲に殆ど人が減ったことで雑談をし始める。
彼女らの仕事は依頼の整理と所属者の管理。問題が起きていないかを調査しつつ雑務をこなす下働きである。
ケイと名乗る田舎から来たと自称する狩人志望がやって来たことがある意味始まりだったのかもしれない。
挙動不審と言った風な外見上の問題は無いが、何か嘘のような違和感を嬢は感じていた。
言動はやや多弁でおちゃらけたような、よく言えばコミカルな雰囲気ではあったが田舎者ではない確信だけはあった。
まず第一に文字。基本的に識字率はそこまで高くないのが基本であるため田舎出身の者は文字の読み書きが出来ないことが多い。
だがケイは渡された書類の内容を読み上げただけでなく、注意すべき法律の欄を読み上げて質問まで返してきたのだ。
そこでは一攫千金を狙っているのか害獣や毛皮の為の獣をどれほど狩っていいのかという質問で苦笑いをせざるを得なかったが。
流石に個人で周辺の獣を狩り尽くすなんて真似は出来ない。この街の最高のベテランハンターが徒党を組んでも無理だ。
「結構大口叩いて立って話じゃない?案外、大きい事成し遂げちゃったりして・」
「新人に何期待してるんですか。よっぽどのことが無い限りないですよ」
「まあまあ。でもあの子ってかなり肉付きいい感じじゃなかった?」
「田舎は力仕事が必要と聞きますからね。自然についたんじゃないですか?」
「アレが田舎育ちとは思えないけどねぇ」
立ち振る舞いは自然に装っても、やはり人間観察をメインとした受付をする嬢たちの目はごまかせない。
あれは狩人ではない。全く別の戦いをして来た雰囲気が隠しきれていない。
本当に僅かではあるが、彼の無意識に放っている警戒心は人間観察を得意とする嬢には伝わっていた。
「あれは戦場帰りで居場所がなくなった感じの人よねぇ。ま、問題を起こさない限りはうちで面倒見れるけどね」
「本当に問題を起こさずに済むんでしょうか?」
「競合はあると言っても、そこそこやれてる内なら大丈夫でしょ。いざとなれば…………」
先輩の嬢は自身の首をそっと撫でてあらあら未来を暗示した。
首で済めばいいが、周りだけは巻き込まないでほしいと思う一方、そう簡単にいかず有望株と分かりながら即座に手放す羽目になるとは、今は思いもしなかった。
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