第8話 デートのお誘い

 翌日。


「おはよう、フリード!!」

「あ、おはようございます」


 俺はギルドファミリアの入り口前で掃除をしていた。

 やってくる冒険者達は挨拶をしてから、ギルドの中へと入っていく。

 ゾロゾロとやってくる冒険者達の様子を眺めながら、俺は箒を手に掃き掃除を続ける。


 雑用係、一日の始まりは掃除からであるらしい。


 既にリリィさんからは今日、やるべき事を全部聞いている、

 午前中は掃除と昼食作りのお手伝い。

 それから書類整理に、またも夕食作りのお手伝い。

 後は臨機応変に冒険者がやって欲しい事をやる、という感じだ。


 掃き掃除をしながら俺は考える。


――分身を置いてあるけど、いつ出動させようか。


 自分の部屋を出る前に分身を一体作って、今は人気の無い所に隠している。

 それが『謎の冒険者』として暗躍する事になるのだが、あまり目立つ行動はさせられない。

 かといって、冒険者達と出会う事になるとそれはそれで面倒事になりかねない。


――早速、困ったな。


 二重生活をする者として、そして、力を得た者として困っている人は助けたい。

 そこは間違いないのだが、おかしな事になって正体がバレるなんて事になってもしょうもない。


――活動方針って奴を決めないとな。


 どういう方向性で活動するのか。

 いっその事、分身を大量に作って、それを世界中にばら撒くのか。

 それとも、手の届く範囲で守れるものをしっかりと守るのか。

 この両方で俺は悩んでいた。


「守るって……難しいな」


 ヒーローが活躍するような創作物は良く見てきた。

 見てきたからこそ、力を得た時にどうしたいか、というのが重要だというのは良く分かる。

 強い力を得たとして、その使い方を過ってしまえば、人を簡単に傷つけてしまう。

 俺が溜息を吐くと、ギルドの入り口の扉が開かれる。


 その音に俺が気付くと、目線が合った。

 そこに居たのはステラさんだった。


 俺は目を丸くする。


 何故か、ステラさんの両腕には『分離した手錠』が掛けられていたから。


 ステラさんははぁ~、と一つ大きな溜息を吐くと、近くのベンチに座る。

 じゃら、と手錠についた鎖の音が響き渡る。

 何で、手錠? 俺が疑問に思った時、ステラさんと目線が合う。


 じー……。


 退屈そうに座ると何故か、俺をずっと見つめている。

 俺は視線を逸らし、掃除に戻る。すると、ステラさんが口を開いた。


「今、見ましたわよね?」

「……いや、触れちゃいけないかなって」

「何でかしら?」

「え……」


 言っていいのだろうか。

 俺は一瞬困惑したが、ステラさんの手錠を思わず見てしまう。


「いや、そういうね。趣味嗜好は色々あるし……」

「なっ……こ、これはそういうんじゃありませんわ!!」


 じゃら、と音を鳴らし、手錠を見せ付けてくるステラさん。


「これはリリィに付けられたんです!! 休暇もろくに取らないから、監視目的で!! 決して私の趣味ではありませんわ!!」

「リリィさんに?」


 俺が首を捻ると、ステラさんは膝に肘を付け、顎を手の上に乗せる。


「ええ、そうよ。私が休暇を返上してばかりだから、いい加減取れって、強制されましたの。全くこれを付けていると全部の行動がギルドに筒抜け……。ろくにクエストにも行けませんわ」

「はぁ……前の休暇っていつなの?」

「さあ? 覚えてませんわ」

「えぇ……」


 とんでもない社畜である。

 俺が目を丸くしていると、ステラさんはふん、と鼻を鳴らす。


「そもそも、冒険者に休み必要ありませんわ。冒険者の役割はギルドと街を守る事。でしたら、休んでいる時間なんてありません」

「でも、身体を壊したら元も子もないでしょ」

「生憎、私、身体を壊した事がありませんので。ナンバー2を舐めないでくださいまし」


 ふふん、と自慢げに胸を張るステラさん。

 自信があるのは良い事なのかもしれないけれど、リリィさんの気持ちも良く分かる。

 前に休んだ日も分からないような人に休んで欲しいと思うのは至極当然だ。


「……休みの日とかしたい事とか無いの?」

「無いですわね。休むくらいならクエストに行きますわ」

「何ていうか、天職なんだね。冒険者が」

「ええ、そうですわね」


 何処か嬉しそうに言うステラさん。

 

「けれど、私からしたら貴方も割りと不思議ですわよ?」

「え? そう?」

「だって、ギルドの雑用係なんて誰もやりたがりませんもの。貴方だって知っているでしょう? ギルドの花形は冒険者と受付嬢だって。それで雑用係を選ぶなんて、どうしてですの?」


 首を傾げるステラさんに俺は慣れた答えを口にする。


「色んな事をするのが好きだし、誰かの役に立つのが好き、だからかな?」

「ふぅん、昨日の仕事ぶりを見ていて思ったけれど、確かに結構楽しそうにしてましたものね。でも、冒険者になりたいとか思わなかったんですの?」

「無かったかな……剣とか魔法の才能、ないし」

「ああ、そういえばそんな事を言ってましたわね。教えましょうか?」


 ステラさんは軽く手を差し伸べる。


「私の魔法であれば簡単なものですし、扱えると思いますわよ?」

「う~ん……お誘いは嬉しいけれど、俺は良いですかね」


 確かに魔法を覚えられるのなら、それはそれで面白いのかもしれない。

 けれど、ここでステラさんに魔法を教わって、俺の力に感づかれるのもまずい気がする。

 特にステラさんは『謎の冒険者』を探そうと躍起になっている。


 下手に怪しまれる行動はしたくない。


 俺の断りにステラさんは素直に引き下がる。


「そう。それならそれでも良いと思いますわ。でも、魔法が知りたくなったらいつでも言って下さいな。簡単なものならいつでも教えられますので」

「ありがとうございます」


 俺は一つ頭を下げ、掃除に戻る。

 サッサ、っと地面を箒で掃いているのだが――。


 じー……。


 俺は箒を一旦立てかけ、近くに用意していたバケツで水拭きをする。


 じー……。


 …………。

 俺の掃除の様子をずっとステラさんが凝視している。

 

「あ、あの……な、何かありましたか? あ、もしかして、掃除がしたいとかですか?」

「え? 嫌よ。私、整理整頓が苦手ですの」

「あ……そうなんだ……じゃあ、部屋とか汚い?」

「今、部屋は関係ないじゃありませんか」


 あ、汚いんだ。

 取り繕うようなステラさんの言葉に俺は直感的に思う。

 そう言う事を言う人は大抵、部屋が汚かったりする。

 

 しかし、これ以上踏み込むのも失礼だ。


 俺はそれ以上構う事はせずに掃除に戻る。


 じー……。

 じー………。

 じー…………。


「あの、本当にどうしたんですか? もしかして、暇なんですか?」

「あら? ようやく分かりましたの? ええ、とてつもなく暇ですわ」


 それはそうだ。

 休みすらも返上してクエストに行くような人が、クエストに行くなと言われたら暇になるのは当然の帰結。

 しかし、俺は首を横に振る。


「ステラさんが暇でも俺は暇じゃないので」

「……あら。ここに一人のレディが暇をもてあましているのに、何もして下さらないの?」

「いや、俺には仕事が……」


 そう言うと、ステラさんはふふ、と含みのある笑みを浮かべる。


「良いじゃありませんか。お仕事なんて。私とデートが出来ますのよ?」

「……随分と自分を高く見積もってるんですね」

「ええ、ほら、私って美人ですし、胸も大きいですし、それに強いじゃありませんか。時折、男性に口説かれる事もあるんですよ?」


 いや、そりゃそうだろう。

 俺だって初めてステラさんを見たときにはビックリしたものだ。

 少なくとも、もしも何も知らずに街中とかで見たら、二度見してしまうくらいには美人だ。

 そんな女の子とのデートなんてしてみたいに決まっている。

 けれど、俺には大事な仕事がある。


「リリィさん、怖そうだから怒られたくないんですけど」

「大丈夫ですわよ。いざ、という時は私が庇ってあげますから。それよりも、今はこの退屈を何とかしませんか? 私、暇すぎて、本当に死にそうなんですの」


 深刻な様子で言うが、何処か余裕そうにも見える。

 雑用係としてまだ二日目。

 ここで直接の上司であるリリィさんの信頼を裏切るような真似はしたくない。


「それでもダメです。仕事が大事……」

「くっ……強情ですわね……私と仕事、どっちが大切なんですか?」

「仕事」

「なっ……よよよ、最低ですわ……」


 泣き真似をし始めるステラさん。

 

「ぐすん……私はただ、暇をもてあましているだけなのに……雑用係がデートをしてくれませんわ……よよよ……」


 チラッ、チラッ。

 泣き真似をしながら、何度も様子を伺うようにチラ見してくるステラさん。

 何だ、このクソめんどくさい女の子は。


「泣き落としは通用しませんから。勝手に泣いてて下さい」

「冷たいですわね……そんなんじゃモテませんわよ」

「モテる必要なんてありませんから」

「くっ……」


 万策尽きたか。

 俺はステラさんから視線を逸らし、掃き掃除に戻る。

 話し相手くらいしか今、俺に出来る事は無い。

 チラりとステラさんの様子を伺うと、顎に手を当て、何か考え込んでいた。


「……あ、そうですわ。フリード!! 妙案を思い付きましたわ」

「仕事があるんで」

「街を案内いたしましょう!!」


 ぱむ、と手を叩き、笑顔で俺を見るステラさん。


「フリードは田舎の村出身でしょう? この街の事、何も知りませんわよね? だったら、この街のマスターであるこの私が、街の全てを案内致しましょう!!

 これなら、フリードも断れませんわよね?」

「いや、仕事があるんで……」

「いえ、これも立派な仕事ですわよ!! フリード!!」


 ビジっと俺を指差すステラさん。


「雑用として街の住人に話を聞きに行く事があるでしょう? そういうときに街の事を何も知らなかったら大変です。ですから、今、知るべきですわ。

 それにギルドに勤める者として、守るべき存在を知るというのもまた大事な事ですわ」


 ピクっと俺は眉を動かす。

 前者はステラさんの取ってつけたような理由かもしれないけれど、後者は違う。

 守るべき存在を知るという事は今の俺に必要な事なのかもしれない。

 俺の活動方針を決める、という意味でも。

 一度、街の様子を見るというのは間違いではないのかもしれない。


「……リリィさんに怒られても、全責任をステラさんが被ってくれるんですね?」

「ええ、勿論。女に二言はありませんわ」

「まぁ、だったら……良いですよ」


 俺がそう言うと、ステラさんは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「本当ですの!! じゃあ、早く行きましょう!!」

「ちょっ!? ステラさん!?」


 ステラさんは俺の手を取り、一気に駆け出す。


「時間は惜しいですわ。すぐにご案内します。さあ、私の暇を潰しますわよ!!」

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ギルドの雑用係、実は最強にて。~転生チートを貰った俺は正体を隠して暗躍する謎の実力者ムーブを全力で遂行する~ YMS.bot @masasi23132

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