第7話 噂好きのギャル アン

 ギルド初出勤が終わり、俺はリリィさんに案内された宿舎に来ていた。

 ギルドで勤める人達は皆、街にある宿舎に泊まる事が義務付けられ、個室が与えられる。

 

 俺は案内された自室の中で、口をへの字にする。


「……なんだよ、これ」


 俺が今、手に持っているもの。

 それは『手配書』だ。


 『ONLY ALIVE』

 『UNKNOWN』


 『彼をお見かけしたらギルドまで報告を!!』


 そんなうたい文句と一緒に描かれている俺の使っているフルフェイスの黒い仮面そのままの似顔絵。

 再現度の高さに驚いてしまうが、そんな事はどうでも良い。

 今、この街には至る所にこの手配書がバラまかれている。

 謎の実力者を探す、という事に関しては良いのだが、これではまるで指名手配犯ではないか。

 

「……しかも、何でこんなに似顔絵が上手いんだよ」


 最初は全く似ていない似顔絵だったのに。

 クエストから戻ってきた冒険者の一人がステラさんの話を聞いて、より正確なモノを描いた。

 それに大盛り上がりするギルド。バラ巻かれる手配書。


 何かお祭りか何かだと勘違いしていないか?


 俺は思わず溜息を吐く。


「……何故、こんな事に」


 当初の予定とは明らかに違う。

 まさか、こんなお祭り状態になるとは。

 当然、俺の噂が世界中に広まる、というのはこれ以上無く嬉しい事だ。

 でも、ここまで探す必要はないだろう?


「最初にドラゴンを倒した事がそもそもの失敗なのか……」


 いきなり単身で倒す事も出来ないドラゴンを倒したという影響力を軽視していたのかもしれない。

 部屋の中にいると色々な事を考えてしまう。


 あー、やめやめ。


 俺は机の上に手配書を置き、部屋を出る。

 こういうときは風呂にでも入ってゆっくりしよう。

 

 俺は部屋に置かれていた荷物の中からお風呂に必要なものを取り出し、部屋を出る。

 宿舎のお風呂は共同風呂であり、一階に位置している。

 それだけではなく、一階には『共用エリア』と呼ばれる、集会所みたいな場所も存在している。

 お風呂に行くにはそこを抜けていく必要がある。


 俺はゆっくりと階段を降り、共有エリアに足を踏み入れる。

 すると、喧騒が聞こえてきた。


「不正だろ!! 今の!!」

「不正じゃないっての。そんなに疑うんなら証拠出しな、証拠!!」

「ぐぬぬ……」


 何やら賭け事をしている冒険者達。


「ねぇ、私の事、好き?」

「勿論。好きに決まってるじゃないか」

「えぇ~、全然伝わってこないんだけど~」


 人目も憚らずにイチャつく冒険者カップルに。


「えぇ!? 次のクエストのウルフってそんなに強いのか?」

「ああ、しっかり準備をしていった方がいいかもしれないな」

「まぁ、大丈夫でしょ。あたしたちのコンビネーションで何でも倒してきたんだし」


 明日のクエストについて相談する冒険者。


 何ていうか――ギルドと殆ど変わらない光景が広がっていた。


 本当にこのギルド、皆、仲良いな……。


 そんな皆が思い思いに騒いでいる中、お風呂に向かう途中の椅子に座るアンさんが居た。

 アンさんは真剣な眼差しで手元にあるメモを見つめ、ブツブツと呟いている。


「クエストが発注された時は……えっと、そのランクに応じたものをちゃんと用意して、場所の説明……報酬についてもちゃんと説明して……」

「アンさん?」

「ほやあッ!?」


 可愛らしい悲鳴と同時にアンさんがビクっと肩を震わせる。

 それから手帳をお手玉してから、大事そうにキャッチし、こちらを見た。


「ふ、フリードくん!? び、ビックリした~」

「だいぶ集中してましたね」

「アハハ、あたしは色々時間が掛かるからね」


 俺はアンさんの隣に腰を落ち着かせると、アンさんは手帳をポケットの中に戻す。


「今日一日、受付嬢の仕事って始めてやったけど、ホント、大変だね……。クエストの内容とか、それが冒険者の実力に見合ってるか、とか……。

 そういう何ていうんだろ、命を預かるっていうのかな……そういうのが凄く分かってね」

「何ていうか、大変、なんですね」

「うん、ほんっとうに大変だった。何回もリリィさんに迷惑掛けちゃったし。ていうか、フリードくん、敬語やめてよ」

「え?」


 じとーっとした眼差しで俺を見るアンさん。


「あたしとフリードくんは同期なんだからさ。上も下もないでしょ? だから、敬語はいらない」

「……分かった」


 俺が承諾すると、嬉しそうにアンさんは笑う。


「うん!!」

「それでもう一度確認ですか?」

「そそ。明日こそリリィさんに迷惑を掛けないようにする為にさ。でも、フリードくんも大変だった事ない? だって、全部やってたでしょ?」

「まぁ、それが仕事だからね」


 疲れが蓄積し、身体は重い。それもそのはず。

 今日は一日中動き回っていた。

 最初こそ書類整理をしていたが、その後はずっとギルド内を駆け回る。

 やれ酒が欲しいだの、飯が食べたいだの、掃除をして欲しいだの、クエストの張り替え、本当にギルドの中で起きる小さな事を全部、任されていた。

 アンさんは不思議そうに、可愛らしく小首を傾げる。


「フリードくんって不思議だよね」

「え?」

「何で雑用係なの? 普通冒険者か、あたしみたいな受付嬢だよね? それなのに、あ、もしかして、そういう雑用が好きなの?」


 さて、どう答えたものか。

 俺は顎に手を当てる。

 俺としては表の姿が一番目立たないポジションである、というのが雑用係を選んだ最大の理由。

 しかし、これを言う訳にはいかない。


 ……だとすると。


「……雑用が好きというよりは、そういう人の役に立つ事が好きって感じかな」

「へぇ~、そうなんだ。人の役に立つ……フリードくんって聖人なの?」

「いや、そんなんじゃない。そんなに綺麗なもんじゃない」


 聖人なんかじゃない。

 俺がそんな事をするのはもっとほの暗い感情から来るものだ

 そんな俺の薄暗くなった心とは対照的に尊敬する目でアンさんが俺を見る。


「え~、そうかな~。だって、誰かの為に頑張れるって滅茶苦茶すごい事じゃん? あたしはフリードくんのそういう所、良いと思うけどな~」

「……からかってるのか?」

「そんなんじゃないって。本音だよ、本音」


 カラカラと楽しげに笑うアンさん。

 アンさんはしばし楽しげに笑った後、目の前に広がる人々の喧騒に目を向ける。


「ねぇ、フリードくん。最初さ、ここ胡散臭いって思わなかった?」

「いきなりだな。まぁ……そう思うのも分かる。いきなり家族とか言われたしな」

「そうそう!! あたし、何か怪しい組織に入っちゃったのかと思っちゃったくらい!!」


 うんうんと頷くアンさんはすぐに神妙な面持ちになる。


「でも、何ていうか、皆、本音なんだよね。今日、あたしいっぱい失敗しちゃったけどさ、皆、笑って許してくれるんだ。しかも、それが作られたものなんかじゃなくて、心の底からっていうか……本気でそう思ってるっていうか……すごいなぁって、ちょっと思った」

「それは分かるな。皆が互いの事を大事にしてるのは良く分かる」


 一日、このギルドで過ごして、俺もアンさんと同じ感想を抱いていた。

 このギルドは皆がそれぞれに思いやりを持って、大切にしている。

 誰かが困っていれば、すぐに誰かが手を差し伸べる。それが自然と出来ている場所。

 俺も今日、何度も冒険者の人達に助けられた。


 その度に彼らは同じことを口にする。


『良いって事よ。俺たちのやり方を知ってもらいたいし。何より、家族なんだからな!!』


 それが口癖のように、皆が言っていた。


「……初めてだな、こういうギルド」

「アンさんは色んなギルドの経験が?」

「うん、あるよ。ただ、あんまり良い思い出もなくてね~……正直、ここに受かったのも良く分かってないし。私よりも優秀な人っていっぱい居たしさ」

「それは俺も分かる」

「アハハハハハッ!! だよね~!!」


 先ほどまでの神妙な面持ちと違い、コロコロと笑い始めるアンさん。

 それから俺にずいっと顔を近づけ、口を開く。


「ねぇ、フリードくんはさ、面接って何て答えたの?」

「面接ってドンの質問?」

「そうそう!! 面接ってそれだけだったでしょ? ドンが聞いた“ここで何がしたい”って質問」

「…………」


 今でも思い出せる。

 面接はドンのたった一つの質問。

 

『ここで何をしたいんだ?』


 ただ、それだけ。

 このとき、俺は本心を答えたのを強く覚えている。

 それはあの時と同じように、口を吐いていた。


「…………居場所が欲しい、かな? アンさんは?」

「あ、あたし? あたしは……やり直せる場所、かな……」


 やり直せる場所?

 俺が首を傾げると、アンさんは戸惑ったように笑う。


「あははは、あ、あんまり気にしないで!! うん、ちょっと話題がおかしかったね、ごめんごめん。あ、そうだ!! ねぇ、フリードくんはさ、噂って何か知ってる?」

「噂? 謎の実力者とか?」

「それはもうあたし、知ってるよ。そうじゃなくてさ、ギルドの噂みたいなの!!」


 ウキウキした様子でアンさんは語る。


「あたし、そういう噂って大好きなんだよね。噂には情報が眠ってる可能性だってあるし。もしも、フリードくんも噂とか聞いたら、絶対に教えてね!!」

「噂ね~……」


 おい、ちょっと待て。

 もしかして、彼女もなのか?

 

「もしかして、アンさんって謎の実力者も気になっちゃったりしてる?」

「あったりまえでしょ!! そんな今をトキメク噂なんて調べまくるに決まってんじゃん!! 噂が本当かどうかってロマンでしょ!? ロ・マ・ン♡」

「あー……そうっすね……」

「あ、じゃあさ、今度、調査に付き合ってよ!! 噂の調査!! ね!!」


 グイグイっと顔を近づけてくるアンさん。

 可愛らしい顔が眼前に迫り、俺は思わず仰け反ってしまう。

 こ、この人も滅茶苦茶可愛らしいな……。

 思わずドギマギしてしまうが、すぐに頷く。

 

「わ、分かったよ」

「やったぁ!! 約束だからね!! はい、ゆびきり」


 細い小指を差し出すアンさんに俺の小指を絡ませる。


「はい、これで約束!! 絶対に付き合ってよ!!」

「わ、分かったから。お、お風呂に行かないと」

「ん? あ、ご、ごめんね!!」


 俺はアンさんにお風呂セットを見せると、アンさんが離れる。

 それから俺はゆっくりと立ち上がると、アンさんが口を開いた。


「あ、フリードくん」

「はい?」

「これから宜しくね!! んふふ」

「……こちらこそ」


 噂好き、か……。

 俺の心の中でアンさんへの警戒度が一気に上がる。

 あまり、彼女の前でもヘマはしないようにしよう……。

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