第6話 彼を探しています

「全く本当に……何処の誰なのかしら……」


 目の前で溜息を吐くステラさん。

 

「ねー、誰なんですかね」


 俺がすっとぼけると、ムっとした表情でステラさんが俺を見た。

 じーっとしばらく俺の顔を見つめる。


 その視線にはちょっとした疑念が混じっているような気がする。


「……今まであの冒険者が現れる事は一度もなかった。なのに、いきなり現れて、それと同時にウチのギルドに入った新人……」


 ボソっと物凄く怖い事を言うステラさん。

 一気に心音が上がるのを感じるが、努めて冷静を装う。

 察される訳にはいかない。


「それだとアンさんだって可能性はありますよ」

「アン?」

「あちらの新人受付嬢の」

「ああ、確かに……あの子も怪しいわね……」


 ジトーっとした眼差しで仕事を一生懸命覚えようとしているアンさんを見つめるステラさん。

 それからチビチビと水を飲んでいると、ステラさんの元にやってきた冒険者の男が一人、ステラさんの隣に座る。


「なぁ、ステラ。本当にドラゴンを一撃で倒した冒険者が居るのか?」

「ええ、間違いなく。ていうか、素材まで見せたんだから。それが立派な証拠でしょう?」

「いや、そうなんだけどさ。ほら、やっぱ、信じられないっていうか……」


 冒険者の男はウキウキとした様子で言葉を続ける。


「ドラゴンなんて倒せる冒険者、今まで居なかったろ? ウチのシャルルさんですら無理なんだし」

「そうね」


 はぁ、と一つ溜息を吐く。

 シャルル? 俺は首を捻る。


「シャルルさんって誰なんですか?」

「シャルルはこのギルドのナンバーワンよ。まぁ、絵に描いたような優等生で、剣を得意としてる。今は遠征でギルドに居ないけど、近々帰ってくるわ」

「ステラのライバルなんだよな」

「ライバルじゃないわよ。必ずぶっ飛ばす相手ってだけ」


 血気盛んな事を言うステラさん。

 その瞳には強い闘志が宿っている。


「私はナンバーワンになりたいのよ。いつまでもファミリアのトップに居られるのもムカつくでしょう?」

「ステラさんは強くなりたいんですか?」

「当たり前よ」


 バッサリと言い切るステラさん。

 隣に座る冒険者さんは相変わらずだな~、と呟く。

 そんな様子を見ていると、先ほど聞いた男の声音が響き渡る。


「おぅ、ステラ。ちょいと良いか?」

「あら、ドン」


 俺の横にいきなりドンが現れた。

 いきなりの登場にビクっと肩を震わせると、それにドンが気付く。

 破顔一笑。ドンは俺の肩をバンバンと叩く。

 ちょっと痛い……。


「ハハハハッ!! 何、サボってても別に怒りゃしねぇよ。親睦を深めてたんだろ!?」

「え、ええ、まぁ……」

「気にすんな!! ガハハハッ!!」


 先ほど、訪問した時とはまるで別人のように張り詰めた様子は一切無い。

 優しいお爺さんという印象……。

 本当にリリィさんの言った通りだった。

 ドンはどっこいしょ、という言葉と同時にステラの左隣に座り、口を開く。


「フリード、酒くれ」

「分かりました」

「キンキンに冷えたやつな」

「はーい」


 魔法冷蔵庫のある場所まで向かい、その中にあるドン専用と書かれたビンを取り出す。

 ドンが酒を欲した時はこれをそのまま持っていく。

 冷蔵庫にあるメモに書かれていた。

 栓とか抜かなくてもいいのかな……。


 いや、メモに従えばいいか。

 俺はメモに従い、そのままビンをドンの目の前に置く。


「わりぃな」


 ドンはそれを受け取ると、手刀でビンの先端を落とし、グビグビ飲み始める。

 いや、それ、口切れないの……。

 ドンの豪快すぎる飲みっぷりに目を奪われていると、ステラさんが口を開く。


「ドン、どうしたの? ここに来るなんて珍しいじゃない」

「ああ、ステラにちょっと聞きてぇ事があってな。リリィからドラゴンの素材が持ち込まれた。その時の状況が聞きてぇ」


 ドンはビンを机の上に置くと、更に言葉を続ける。


「リリィから事情はある程度聞いてる。だが、ステラ。てめぇの口からも聞いときてぇんだ。本当にドラゴンを一撃でぶっ飛ばしたのか?」

「ええ、間違いなく。あの時、私はドラゴンに拘束されていて、死を覚悟しましたわ。それで目を閉じていましたけど……聞こえた炸裂音は一度だけ……。

 それで目を開けた時には、既にドラゴンが殴られた後でしたから」


 それについては間違いない。

 あの時はステラさんが殺されるかもしれない状況だった。

 俺も一撃で倒す必要があった。それが上手くいった。

 ステラさんは嘘を吐いていない。

 ドンは顎に手を当てる。


「魔法を使った痕跡は?」

「なし、ね」

「……魔法も使ってねぇのか?」

「ええ、身体強化の魔法も使ってないわ」


 勿論、使ってませんとも。

 あれはスーツによる身体強化。

 魔法とはまた違う力だ。だから、痕跡は一切残らない。

 そこまで考えてある。

 ドンはピクリ、と眉を潜ませる。


「なおさら、ありえねぇな。魔法も使わずに腕っ節だけでドラゴンをぶっ飛ばす? 聞けば聞くほど常識の範疇にゃおさまらねぇな。

 ……ん? そういや、フリード」

「はい?」

「おめぇ、魔法使えねぇよな?」

「使えませんけど……」


 何何、滅茶苦茶怖いんだけど!?

 何でステラといい、ドンといい、こんなに目敏いの!?

 アレか?

 魔法が無いっていうのが逆に失敗だったか?

 もしかして、俺みたいに魔法が使えないって人間は希少だったみたいなオチ!?

 それだと数が絞られて、俺だとバレるみたいな展開があるのか!?


 内心ドキドキしていると、ドンは顎に手を当てる。


「いや、ねぇな。オメーのその腕でドラゴンが倒せるとは思えねぇ」

「ですわよね。私もそう思いますわ」


 ドンとステラはどうやら俺を候補から外してくれたようだ。

 良かった、変に鍛えたりしなくて……。

 俺が安堵していると、ドンは顎に手を当てたまま、言葉を続ける。


「魔法の痕跡もなし、いきなり現れて、ドラゴンをぶっ飛ばし、アイテムにも一切手を付けることなく、その場から去っていった……こんな所か」

「ええ、間違いないわ」

「なるほどなぁ……」


 ドンはビンを手に取り、口の中に流し込むように酒を呑む。


「こんな報告を国にした所で、どうせまともに取り合っちゃくれねぇな。一旦は保留か」

「では、どう処理いたしますの? 私としては正体を暴きたいんですが……」


 ステラさんの不穏すぎる言葉に俺は目を丸くする。


「え……正体、知りたいんですか?」

「当たり前でしょう? いきなり現れて、ドラゴンを倒して、そのまま去っていく。私……お礼の一つも言えてないではありませんか。そんなの私の流儀に反しますわ。

 受けた恩には必ず礼と恩で返す。それが私の流儀ですから」

「同感だ。ウチのギルドのもんが世話になったんだ。尻尾を掴んで、絶対に礼を言わなくちゃ、ギルドの面子が潰れちまう」


 ん? あれ? 何だ?

 心の中で冷や汗がダラダラと流れ始める。

 探す? 俺を? いや、謎の冒険者を?


 いや、ちょっと待って。

 何でそんな事になってる?

 別に探す必要なんてないじゃないか。

 ほら、ヒーローっていうのは他者の為に見返り無く助ける存在だ。

 そんなお礼なんて必要ない。

 そんな事の為にやってるんじゃない。

 俺はただ、表と裏の二重生活を楽しみたいだけなんだ!!


 しかし、そんな事を言う事が出来るはずが無く、俺が口を閉ざしていると、ドンはニヤリと不敵に笑い、小さく頷く。


「良し。決めたぞ。おい、てめぇら!!」


 ドンがいきなり立ち上がり大声を張り上げると、ギルド内に居た冒険者達全員の視線がドンに集中する。

 ドンはそんな様子にニヤリと笑い、口を開いた。


「今日、ウチのステラが世話になった謎の冒険者が居るのは皆、知ってるよな!! そいつをギルドの総力を上げて、全力で探し出す!! リリィ、手配書もすぐに作れ!! この街全体にバラまくんだ!!

 これは、ウチの面子に関わる話だ!! 良いか、絶対に見つけるぞ!!

 見つけて、ウチのもんが世話になった礼を言う!! それから勧誘だ!!」

「え!? 勧誘するんすか!?」


 冒険者の一人が言うと、ドンは大声を上げて笑う。


「あったりまえだろ!! そんな実力者ほっとくつもりなんてねぇ!! 何があろうと見つけろ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ……ええええええええええええええッ!?

 俺は心の中で絶叫した。


 え? 何でそんな展開になるの!?

 何で、謎の冒険者の捜索が起きるの!?

 こういうのってあー、謎の冒険者が居るんだっていう噂が流れて、俺がそれを聞いてニヤニヤして、そこで終わりじゃないの!?

 何でギルドの総力を挙げて探そうとしてるの!? この人達!!

 

 しかも、何か全員やる気になってるし!?


「…………」

「……フリード。どうしたの?」

「え?」

「急に固まっちゃって……あ、もしかして……」


 え?

 ば、バレた!?


「冒険者じゃないから、捜索に協力できないとか思ってる? 大丈夫よ。街の中ならいくらでも探して良いから。冒険者であろうとも、ギルドの人間であろうと、皆、仲間よ。

 やりたい事をやればいいんだから。私だって手伝いますわ」


 ニコっと可愛らしい笑顔で言うステラさん。

 やりたい事をやればいいって……。

 そのやりたい事がまさかまさかのお尋ね者みたいな扱いなんですけど……。

 

 いや、違う。


 これを逆に考えるんだ。

 逆に考える、つまりどういう事かというと、絶対にバレないように俺がすれば良い。

 

 パチリ、と何か俺の中で変なスイッチが入ったのを感じる。


 ああ、そうだ。

 ギルド全員で探そうっていうんなら、やってやろうじゃないか。

 いや、ギルド全員って話だけじゃない。

 これが世界中に広がったって絶対にやってやろうじゃないか。

 この二重生活を。

 

 例え、火の中、水の中。

 何処まで追ってこようとも、探そうとしても、絶対に見つからないようにしてやる。


 表はギルドの雑用係。裏では謎の実力者……。


 このムーブを完全遂行してやるよ!!


 ギルドの皆が、謎の冒険者を絶対に探そうと決意している中、俺はそれとは全く正反対の決意をする。

 

 必ず、この二重生活を最後まで遂行し続け、噂になり続ける謎の実力者ムーブを続けると。

 固く、固く、胸に誓った――。

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