第5話 ギルドファミリア
「試験以来か……」
ファミリアと書かれた看板を前に俺は息を飲んだ。
ギルド『ファミリア』
これから俺がお世話になるギルドだ。
ギルドリーダーである『ドン』を筆頭に優秀な冒険者たちが集う世界で十本の指に入るといわれる大物ギルド。
冒険者やギルドで従事したい人からはそれなりに羨望の眼差しで見られる場所だ。
俺がギルドの雑用係として候補に上がったギルドは沢山あった。
けれど、何処も現実にある入社試験のように、ペーパー試験や一次、二次面接等の段階を踏んでの採用。
そういうギルドをいくつも受けてきたが、悉く落ちた。
そうしたギルドは大抵、決まり文句を言う。
『君、田舎の村の出か……。ここ、殆ど聞いた事が無い僻地じゃないか……』
住んでいる場所が田舎過ぎて、まともに相手にされなかった。
ギルドの職員ともなれば、優秀な人が集まる。
その優秀な人とは見劣りしてしまうのが俺の経歴と実力。
『それに魔法も剣も無し……。これでよくギルドに勤めようって思ったね』
小ばかにするような事も言われた。
それに関しては俺も努力した。したが、魔法に関しては素養が必要。
俺にそんな素養がある訳が無い。
剣に関してもスーツ姿であれば簡単に扱えるが、ギルドの職員として勤めるのは表の顔。
むやみやたらに目立つのはまた違う。
俺の事情と世界の事情。双方が絡み、俺はギルドで勤めるという事が難航していた。
そんな時に目に付いたのがここ、ギルド『ファミリア』だった。
正直、最初は胡散臭いの一言で、候補からは外していた。
だって、募集要項がただ一つ。。
・やる気のある人間大募集。
ただ、これだけ。
必要な能力やスキル等は全て不問とし、いきなりギルドマスターの面接が始まるという。
試験や面接等の段階は一切踏まない、全てがギルドマスターの判断によって決まる。
しかし、もうしのごの言える訳もなく、俺はギルド『ファミリア』の門を叩いた。
そこからはあれよあれよ、という間に採用が決まり、こうしてここに立っている。
俺は手が汗ばむのを感じながらも、一つ咳払いをする。
「中に入ったら、とりあえずリリィって受付嬢さんに話をすればいいんだよな」
自分の目的を再確認し、俺は入り口の扉に手を掛ける。
ゆっくりと開く。
ギシっと少々古びた木の擦れる音が響き渡り、中の様子が露になる。
わいわい、がやがや。
剣を腰にはき、甲冑や鎧を身にまとう冒険者たち。
カウンターに立ち、冒険者たちにクエストを発注する受付嬢。
そこには俺が現実で見たRPGのような世界観が広がっていた。
何度見ても、不思議な感覚だ。
ゲームで見たような世界が目の前に広がっている。
まるで、自分がゲームの世界に入り込んでいるようなそんな感覚。
「ん? 君……冒険者って感じじゃあないね」
と、入り口近くにある椅子に座り、木のジョッキを持つ軽鎧の女性が俺を見つめる。
「お? コイツ、あれじゃないか。ドンが雑用係で雇ったって言ってた」
「あ~、フリードくんだっけ?」
「ふ、フリードって言います。宜しくお願いします」
俺が姿勢を正し、頭を下げる。
すると、椅子に座っていた一人のハゲ頭の大男が立ち上がり、肩を組んでくる。
ズシっと重い感覚が背中に圧し掛かる。
「そんな畏まらなくても良い!! ここは、ギルドファミリア!! この門を潜ったからには、もう家族。ほれ、オメーも飲める年だろ!? 出会いにいっぱいやろうじゃねぇか!!」
「ちょっと、いきなり新人くんが可哀想でしょ。それに教える事も色々あるだろうし」
「っと……それもそうか。フリード、しっかり働けよ」
大男の冒険者はバシバシと激励するように俺の背中を叩く。
すると、軽鎧の女性は茶目っ気たっぷりにペロっと舌を出した。
「ごめんね。多分、リリィさんの所だよね。だったら、今、あそこ」
女性が指差したのはクエスト受付。
そこには肩をくすぐる黒髪の眼鏡をかけた凛々しい女性が立っていた。
あれはリリィさん。
面接の時にも見た事があった。
「ありがとうございます」
「良いの、良いの。それより何かあったらすぐに言ってね。こいつも言ってたけど、ギルドファミリアに所属したらみんな、家族なんだからね」
「あ、ありがとうございます」
皆、家族、か。
リリィさんの所へ向かう途中、辺りの様子を見る。
まるでギスギスしていない。かといって、緩みすぎている訳でもない。
しかし、不思議だ。妙な安心感に包まれている。
受付カウンターとの距離が近づいてくると、リリィさんの凛とした声が鼓膜を震わせる。
「ったく、ステラのバカ、休暇返上してまたクエスト行ったな……。本当に牢屋に縛り付けてやろうかしら……」
「あ、あの~……リリィさんですか?」
「ん? こちらは……って、ああ、フリードくんだね。久しぶり」
リリィさんは手元で見ていた書類から目を離し、俺を見ると、ニコりと優しく笑う。
「ようこそ、ギルドファミリアへ。……うん、遅刻も無し。立派立派。さて、早速だが、ついてきてくれないか? ドンが待ってるんだ」
「あ、は、はい!!」
緊張でどもってしまう……。
リリィさんはカウンターのレバーを上げると、仕切っていた板が上へと上がり、こちらへと招き入れる。
ギルドの内部に入ると、中は書類まみれだった。
棚には書類が山積にされ、棚の中も本や書類ばかり。
全部、クエストやモンスター関係のもの……。
それを見てリリィさんは笑う。
「ちょっと散らかってしまっているな。そこまで手が回らなくてな。君のような子が入ってくれて本当に助かるよ」
「い、いえ……」
奥にあった階段をゆっくりと上がっていく。
階段を上がりきった廊下には一人の女性が座っていた。
髪は金色の褐色肌、リリィさんと全く同じミニスカートの制服を身に纏った女性。
あれは、ギルドの受付嬢の制服。
「あ、リリィさん」
「アンちゃん。遅くなってすまないな」
「い、いえ、い、一時間も早く来ちゃったあたしが悪いんで……」
い、一時間も!?
見た目は何だかギャルっぽいのに、偉く真面目な子だ。
これがギャップ萌え、というやつか?
アンと呼ばれた女の子と目が合う。
「君がもう一人の新人?」
「フリードって言います」
「あたしはアン。唯一の同期って事で宜しくお願いします」
「え? 唯一?」
俺が思わず首を捻ると、リリィさんは笑みを浮かべる。
「ああ、今年、ウチが入れたのは君達だけだ。応募はかなりあったんだが……どれもドンのお眼鏡には叶わなくてね。さあ、入ろうか」
リリィさんはコンコン、と扉をノックすると、声が聞こえた。
「リリィか。入れ」
「失礼します」
ゆっくりと扉を開けるリリィさん。
扉を開けた先、そこには二人がけソファーのド真ん中に座る筋骨隆々の大男の姿があった。
彼の背後には2mはゆうゆうと超えるであろう大刀が飾られている。
この部屋に入るのも二度目だ。
全く慣れる事がない。このピンと糸が張り詰めた空気に。
俺とアンさん、二人が中に入ると、大男はニカっと笑う。
「ようこそ、ギルドファミリアへ。オレぁ、このギルドマスターをやってる、ドンってんだ。って、まぁ、名乗らなくても、知ってるだろ」
ドンはリリィさんに視線を向けると、俺とアンさんに声を掛ける。
「二人とも、座って」
俺とアンさんは失礼します、と前置きをしてから座ると、ドンがピクリと眉を潜ませる。
「ちげーな」
「え?」
「は、はい」
「おめぇら、家族の前に座るとき、失礼しますっていうか? そりゃ外様への礼儀だろう」
ドンの言っている意味が理解出来なかった。
横目でアンさんも確認すると、目を丸くして、戸惑っている様子だ。
ドンは俺とアンさんの顔を交互に見ながら、口を開く。
「ギルドっつうのは掟ってもんがある。ウチの掟はただ一つ、このギルドに属する人間は全員、すべらかく『家族』って事だ」
「家族……」
「そうだ。当然、オレたちは血なんて繋がっちゃいねぇ。しかし、同じギルドに属する仲間だ。
そりゃ時には喧嘩もありゃ、色々な事だってあるだろう。だが、家族って事だけは忘れちゃならねぇ。このギルドファミリアに入った時から、てめぇらは既にオレの子だ」
ドンは膝を軽く叩く。
「親の前で遠慮するこたぁなんてねぇ。言いたい事は何でも言いやがれ、したい事も全部言え。それは全部、このギルドが叶えてくれる!! ここはそういうギルドだ。
だから、てめぇらも家族を裏切るような真似だけは絶対にすんじゃねぇぞ? それさえしなくちゃ、全部、オレたちが何とかしてやる!!」
ドンはドン、と胸を張る。
そこで最初に思ったのは――海のような人だと思った。
何処までも大きく、包み込んでくれるような優しさであると同時に、とてつもなく荒々しい雰囲気も見え隠れしている。
俺とアンが息を飲むと、ドンは優しく朗らかに笑う。
「ま、そういうこった。少しずつでもここのやり方に慣れてくれ。フリード、アン」
「は、はい」
「わ、分かりました!!」
「よし!! わけぇのはリリィ。おめぇに任せる」
「了解です」
リリィがそう言うと、ドンは俺の顔をじーっと見つめる。
それからニカっと笑った。
「フリード」
「は、はい?」
「雑用係、しっかり頼んだぜ。そういう縁の下の力持ちってのが組織には大事なんだ。色々、支えてやってくれよ」
それからドンはアンに視線を向ける。
「アンもだ。受付は色々覚える事も多い。オレたち、冒険者がクエストに出られんのもおめぇらの努力のおかげだ。しっかりと精進して、立派な一人前になりな」
「わ、分かりました」
アンの返事にドンはうんうん、と嬉しそうに頷く。
すると、リリィさんが口を開いた。
「それじゃあ、行きましょうか」
俺とアンさんは立ち上がり、ドンさんの部屋を後にする。
扉をゆっくりと閉めると、アンさんが大きな溜息を吐いた。
「は、はぁ~……す、凄いプレッシャーだった……」
「まぁ、今日が初めてだからね、組織のトップの威厳が失ったら終わってしまうでしょう? 普段はもっと優しい人だから」
「じゃあ、あれは意図的?」
「まぁ、そんな所ね。逆に怖がって、あんまり関わらないとあの人、すねちゃうから。そっちの方が危険。それだけ覚えといてね」
そう言うと、リリィさんは歩き出す。
俺とアンさんも後ろをついていくと、散らばった書類の場所に到着する。
「じゃあ、早速、フリードくんにはこの書類の山をどうにかしてもらおうかな? クエストとモンスターの情報がごっちゃになってるから、それを整理してくれる?
クエストは難易度順に、モンスターはあいうえお順でお願いしてもいい?」
「分かりました」
「とりあえず纏める感じで。で、名簿とかはこの棚にあるから。私達が必要になったら持って来て」
その言葉を残し、リリィさんはアンさんと一緒に受付カウンターに立つ。
恐らく、受付嬢の仕事を教えるんだろう。
俺は机の上に広がる書類の山を見つめる。
「とにかく、今はこの山をどうにかしないと……」
それから俺は慣れない仕事に戸惑いながらも、書類を纏めて行く。
そんな時だった――。
バン、と勢い良く扉が開かれる。
その音に思わずビックリし、俺は入り口を見た。
そこにはあの時、助けた美人の冒険者が立っていた――。
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