第4話 規格外
俺は森の中の異常を知る。
俺が走る方向とは真逆に動物たちやモンスターが一目散に去っていく。
顔に恐怖を張り付け、一目散だ。
「ドラゴン……とんでもない影響力だ……」
くぐもった声が鼓膜を震わせる。
たった一匹、ドラゴンが来襲しただけでこの影響。
モンスター、動物全てが逃げ惑い、辺りから一気に生態そのものが失われていく。
書物で実情は知っていた。
いくつもの村やギルドがドラゴンによって破壊された事がある事も。
故に厄災とも称されるようになり、人々から畏怖される存在になった事も。
「……早い所、ドラゴンが降り立った場所に行かないと」
俺は更に速度を上げる。
周囲の景色は目まぐるしく動き、俺は木々を蹴る。
出来る限りの最短距離を目指し、足を動かす。
そうして、到達した。
「っ!?」
ドラゴンの近くには人が居た。
空を飛び、ドラゴンの真正面を駆ける女性。
ドラゴンの頬を焔の拳でぶん殴った女性の姿。
俺は木の上でドラゴンの様子を見守る。効いている様子が一切見られない。
ドラゴンは虫を払うように殴った女性に顔を近づけ、そのまま地面に叩きつける。
見えない速度で叩きつけられた女性は地面に転がり、前足で抑え付けられる。
最悪の状況だ。
あれでは女性は身動きを取る事が出来ない。
俺は一つ息を吐いた。
正直な所、実践という観点に関しては初めてだった。
力の使い方は理解している。
やり方も全て分かっている。
けれど、実践ともなると、心臓のバクバクが抑えられなくなる。
「何をやってるんだ……いや、落ち着け……」
耳元で鳴っているんじゃないか、と聞こえる程にうるさい心臓の鼓動を抑える為に深呼吸をする。
戦いなら多少なりともやってきた。
小さなモンスターだったけれど、その度に自分の力が恐ろしくなる程の力を得ているのは自覚しているだろう。
自信を持つんだ。
そう自分に、強く、強く言い聞かせる。
お前は一度死んだ。
そう、俺は死んだんだ。
一度目の人生では何も果たす事が出来ず。
何も成し遂げる事なんて出来ず。
ただただ、夢を夢のままに諦めてしまった。
そうだろ。自分の中に問いかける。
でも、惨めに夢にすがり付いて、ここまで来ている。
もう一度、人生を始めるチャンスを貰った。
この世界なら――俺がずっとやりたかった事、出来なかった事が出来るかもしれない。
俺の脳裏には前世の記憶が蘇る。
常に疎外感を抱えて、生きていた自分。
世界から、社会から孤立していた自分。
それがとてつもなく強くて……自分が嫌いだった。
だからこそ、俺は憧れた。
居場所なんか無くても、影で人を助けられる実力者に。
それになるって決めたんだろ。
だったら、なれ。なるしかない。
「ふぅ~……」
俺は木の上で身を屈める。
ぐっと両足に力を込め、弾丸のように飛び出した。
神様が俺にくれたもう一つの力――それは『強靭な肉体』
この『スーツ』を着用している間のみ、俺は万物を超えた力を発揮する事が出来る。
黒い手甲に包まれた拳を強く握る。
ぐっと強く力を込めると、拳は赤黒い稲妻を迸らせる。
ドラゴンは右手で抑え付けた女性に向けて、焔を吐かんとしている。
注意はこちらに向いていない。
ドラゴンの頬に一直線に向かう。
弾丸のように飛び出したその圧倒的速度と右拳に込められたパワー。
その相乗効果による必殺の一撃をドラゴンの頬に打ち抜いた。
ドラゴンの頬はひしゃげ、黒い鱗、甲殻、牙を砕き、衝撃はドラゴンの顔を突き抜ける。
殴った衝撃で木々は揺れ、天に浮かぶ雲は弾け飛ぶ。
ドラゴンは地に足が付かず、そのまま後方へとゆっくりと倒れていく。
一撃。
俺はそのまま倒れていた女性の前に着地し、ドラゴンを見つめる。
眩い光と同時にドラゴンの姿は雲散霧消する。
これで良し。俺は自分の右手を見る。
傷一つ無い。反動も無し。
完璧に力を扱い切り、災厄と呼ばれるドラゴンを一撃で屠った。
俺は全身が震えるのを感じた。
―――よっしゃああああああああああッ!!
さっきまで、出来るのかという不安に包まれていた胸中が歓喜に染まる。
完璧だった。
今までやってきた事が形になった。
この力なら、俺は『謎の実力者ムーブ』をする事が出来る。
ずっとずっと憧れた存在に、なる事が出来る。
「貴方……一体……」
後ろから驚愕に満ちた声が聞こえた。
俺が振り向くと、女性は目を真ん丸にして俺を見ている。
その女性を見て、俺は思わず言葉を失った。
とんでもない美人だった。
少なくとも生前では決して見た事がない、モデルかあるいは女優か……。
いや、胸の大きさを考えるとグラビアアイドルに匹敵するのかもしれない。
顔のバランスはほぼ完璧に整っていて、少しばかり勝気そうなのに、可愛らしさが残る顔立ち。
そんな女性は俺の存在を見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「貴方……ドラゴンを一撃で倒すって一体……」
ここで、俺は困ってしまう。
ここの一手。
これによって、俺の『謎の実力者』としての立ち位置が決まると言ってもいい。
もしも、ここでフレンドリーに接してしまえば、間違いなくギルドに連行されてしまう。
それは絶対にダメ。俺の理想、憧れには遠くなる。
ただの冒険者じゃないか。
違う。俺の理想は『謎の実力者』だ。
謎の実力者、という存在を完璧に遂行するのであれば。
俺の取る行動はただ一つ。
一歩前に歩き出す。
「あ、ま、待ってちょうだい!!」
こんな美人と話せる機会なんてもう無いかもしれない。
そんな事が何だか少しばかり勿体無い、と思ってしまう自分が足を止めようとする。
しかし、それではダメだ。
俺は『謎の実力者』ムーブを完璧に遂行すると決めたんだから。
ここで美人と話せるからってそれを諦める訳にはいかない。
俺は近くにあった木の上に飛ぶ。
女性は目を丸くしたまま、俺を真っ直ぐ見つめる。
「ちょ、ちょっと!! お、お礼くらい……」
俺はその女性を見る事なく、去る。
とても後ろ髪に引かれる思いではあるが、これも理想、憧れの為。
それにきっと、彼女はファミリアの人間だろう。
そうであるのなら、俺の噂がファミリアに流れる事は間違いない。
過去にドラゴンを単身で倒した冒険者なんて居ない。
間違いなく話題になる。
そうなれば、噂が広がって……。
「……良いな、それ。どんな感じになるんだろう……早くギルドに行こう」
隠し切れないニヤニヤを抑えながらも、俺はギルドファミリアへの道に戻った。
当然、スーツ等は誰も居ない場所で変えて、かつ、彼女と合流しないように、ほんの少しだけ遠回りをしてね。
ここでバレてしまったら、全てが終わる。そんなヘマは絶対にしない。
☆
「い、行ってしまわれましたわ……」
何が起きたのか全く分からなかった。
私は力が抜けるのを感じ、膝から地面に座り込む。
まだ、足が震えている。
ドラゴンに殺されそうになった恐怖が胸中を支配している。
バクバク、と心臓はうるさいほどに脈打ち、心もかき乱されている。
死を覚悟した。もう生きる事は出来ないと悟った。
けれど、死ななかった。
あの謎の冒険者に命を救われた。
あまりにも突拍子もない出来事に私の脳は理解するのに時間を要していた。
「ドラゴンを……一撃?」
ギルドが崩壊する可能性があり、パーティで何とか討伐したという記録しか残っていないドラゴンを単身で、しかも……一撃?
考えれば考えるほど規格外すぎる。
私も噂で聞く『世界一の冒険者』ですらそんな事出来ないのに。
ようやく私の頭が状況を受け入れようとし始め、私はどんどん疑問符が浮かび上がる。
「あれは、誰ですの? 何で私を助けてくれましたの? どうして、ここにドラゴンが現れましたの?」
私の頭の中はハテナでいっぱいだった。
あの『謎の冒険者』は果たして誰なのか。
どうして、私を助けてくれたのか。
何よりもドラゴンがどうしてこんな所に現れてしまったのか。
私の頭の中で色々な疑問がグルグルと廻り続け、私はゆっくりと立ち上がる。
「よ、良く分かりませんが、い、命拾いしました……それはとにかく良しとして……」
私の目の前にはドラゴンが倒された事によってドロップしたアイテムたち。
鱗に甲殻、牙に爪。一通り揃っているアイテム達を手に取り、見つめる。
「ど、ドロップ品にも手を付けていないなんて……」
どれもこれも冒険者、ギルドが喉から手が出るほどに欲しがる品々。
然るべき所に持っていて、最高級品の装備だって手に入るし、売ればきっと一生分のお金だって手に入ったかもしれない。
それをみすみす手放すなんて……。
「……何が目的なんでしょうか」
ドラゴンを倒して放置なんて何を考えているのが私には全然分からなかった。
分からない事を考えていてもしょうがない。
私は一旦、ドラゴンの素材たちを全部、ポーチに押し込む。
誰かに奪われてしまっては可哀想だ。
「でも……お礼だって言いそびれましたわ」
あまりの出来事に、本来は言うべきだったお礼すらも忘れてしまった。
何となく、私はそれが嫌だった。
死んでしまうはずだった命を救われて、お礼すらも言えないなんて。
ん? と、そこで私は気付き、地図を取り出す。
この周辺にギルドって確か……。
ファミリアだけ。
「…………これは色々と事実確認というものが必要ですわね」
ギルドに所属する冒険者は基本的に範囲が決まっている。
どういう事かと言うと、遠征等をしない限りは冒険者はギルド周辺のクエストしか受けられない。
もしも、遠征をしているのであれば、所属ギルドに報告の上、お世話になる相手ギルドにも連絡が行く。
つまり、あの謎の冒険者が『ファミリア』所属なのであろうとも、遠征してきた『冒険者』であろうとも、ギルドに聞けば一発、という事だ。
冒険者は全てギルドによって管理されている。
そこに例外は無いはずだ。
「ギルドに戻って、リリィを問い詰めなくては……後、あの存在も探さないと。フフフ……私を助けてお礼の一つも言わせてくれないなんて……ダメですわよ」
それは私の流儀に反する。
私は助けられた恩は絶対に返す、と決めていますの。
だから、貴方の正体を絶対に見破って、お礼を伝えさせて頂きますわ。
それだけの事をしたんですから。
「……ふふ、そうなれば。早くギルドに戻りましょう。噂を大きくして目撃証言から集めなくては」
何故かは分からないけれど、私は楽しみを覚えていた。
あの『謎の冒険者』は一体誰なのか。
ファミリアに居る人間なのか。それとも全然知らない人なのか。
私の心はちょっとした探偵気分というか、新しい玩具を見つけた子どものように浮き足立っていた。
「ふふふ……絶対に見つけてやるわ。謎の冒険者さん」
ふふふふふ、そんな含みのある笑いをしながら、私は帰路を行く。
さて、まずは出来るだけ大きな噂を流しませんと、おほほ。
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