第3話 冒険者 ステラ=ファミリア

 冒険者。

 それは統治機構ギルドに所属する探索者

 剣や魔法など、類稀なる実力を持ち、人類未踏の地への調査やギルド運営に必要なモンスター素材などを集める『何でも屋』

 かくいう私、ステラ=ファミリアも冒険者となり長い年月が過ぎていた。


「これは……違うわね。こちらも違う」


 山の中。

 地面に生えている草花を見ては目的のものとは違い、別の草花へと目を向ける。

 私は本日、休暇を返上し、クエストと呼ばれる仕事に挑んでいた。

 

 クエスト。

 国から街の人まで。困った人が出す依頼の事。

 クエストはギルドによって管理され、私達、冒険者は自分の実力に見合ったクエストを選び、受注。

 それからそのクエストを何らかの形で達成し、帰還すると金銭等が発生するというシステムだ。

 

 私はこのシステムが好きだ。


 国や街の人とギルド。この両者の信頼関係があって初めて成り立つ。

 例えば、クエストの発注をお願いしたはいいものの、そのクエストを全く完了しないギルドがもしも居たのだとしたら、そんなギルドを利用したい、と思う人々は居ないだろう。

 クエストを発注したはいいものの、成功率が低いのも問題だ。


 実績と信頼。


 この両者が合って、初めて成り立つこのシステム。

 とても分かりやすいし、大きなギルドになればなるほど、困った人はどんどん駆け込んでくる。

 そうすれば、助けられる人物はどんどん増えていく。


 私は腰に付けたポーチの中から依頼書を取り出し、確認する。

 依頼書は二枚。休日を返上して、こそっと受けたクエスト。


「前はこの辺りで見かけたんですけど……モンスターに荒らされてしまったかしら?」


 一枚目には黄色く、可愛らしい花をつけた草花が記されたクエスト書。

 これは街の人からの依頼で診療所に勤めている先生だ。

 この薬草の在庫が無くなりつつあるから取って来て欲しい、というクエストだ。


 少し前にファミリア近くにある山の中で見かけたような気がして受けたクエスト。

 どうせならあの時に持ってきておくべきだった。


「……あら?」


 私は大きな木の幹に隠れた影になっている場所を見つける。

 そこにはクエスト書に記されたものと全く同じ花。

 私はその花を数輪残して、ポーチに仕舞う。


「よし……これで……あら?」


 ここで私は違和感に気付く。

 何かがこちらを狙っている。

 私はゆっくりと警戒心を強めながら立ち上がり、周囲を見渡す。

 森の中で視認性は悪いが、それでも分かる。

 モンスター達が私を見ている。

 木と木の間、草と草の間、そんな所から鋭い眼光が見え隠れしている。


 私の背後には木。完全に囲まれてしまっているような状態。

 木の間、草花の間から、モンスターが躍り出る。

 狼タイプのウルフか。

 群れで行動し、特定のナワバリを徘徊する。

 

 ビンゴ。


 私は頭の中でクエスト書を思い出す。

 そういえば、私に任されていたのはウルフの討伐だったかしら。

 山の中で近頃、動物たちが襲われてしまっていたという。

 

「あらあら、まぁまぁ、随分と血走った目をなさって」


 私に爛々とした怪しく輝く目を向けてくるウルフたち。数は6匹。

 それらが私を取り囲むようにジリジリと距離を詰めてくる。

 さながら、森のハンター、というべき所でしょうか。

 涎をたらしながら迫るその姿は並の人間であれば、恐れを抱くだろうが、私は違う。

 私は右手に焔を灯す。

 ゆらゆらと揺れながら燃え続けるソレを、私は投げつける。


 一匹のウルフに命中。

 炸裂した火はすぐにウルフの全身に燃え広がる。

 ウルフは転げまわるように地面をのたうち回るが、ウルフの仲間達は一瞥もせずに一気に駆ける。

 

 けれど、私は動かない。


 動く必要なんてない。


 ウルフを黒こげにした焔が一人手に動き始め、蛇のように一本の長い紐に変貌する。

 それは飛び掛るウルフたち全員を貫き、燃やす。

 飛び掛ろうとしていたウルフの身体は焼かれ、ボトリと無残にも地面に落ちる。

 火を消そうと身を悶えさせるが、無意味。

 そのままどんどん動きが鈍くなっていき、最後には絶命。

 

 ウルフの姿は消失し、その場に毛皮が現れる。


 私はそれに近づき、手に取った。


「毛皮ですか……そこそこの品物ですわね」


 モンスターを倒すと、こうしてモンスターの素材が手に入る。

 こうした素材を用いて、武器や服等を作り、冒険者たちの新たな力となる。

 それらも纏めてポーチの中にねじ込み、私は一つ息を吐く。


「さて、そろそろ帰りましょうか。あんまり遅くなっても、リリィにどやされますわ」


 休暇を取らなさ過ぎて、休暇を取れと受付嬢に言われ、それを無視して仕事をしている。

 是非とも、リリィが新人研修を終える前に戻らなければ……。

 私が一歩、足を踏み出そうとした時。

 

 ドスン、という音と同時に地面が揺れる感覚を覚えた。


 私はすぐさま後ろを見る。音の主はあっちかしら?

 ドスン、ドスンと何度も地面を揺らし、何かが近づいてくる。

 バキバキ、と木々を薙ぎ倒しながら迫るそれは、森を食い破り、姿を現す。


「あらあら、今日は来客が多いこと……」


 森を食い破り出てきたのは『山のように巨大な猪』だ。

 何やら気が立っているのか、ふんふんと鼻を鳴らしている。

 それから何度も何度も前足で地面を蹴り上げるしぐさを見せる。


 私は巨大な猪が見ている視線から逸れる位置に移動する。


「どうぞ」


 その声と同時に巨大猪は地を蹴る。

 ドスン、ドスンという音と一緒に駆け、その立派に生えた牙で森を食い破りながら走り去っていく。


 その遠くなっていく背中を見つめ、私は顎に手を当てる。


 珍しい。

 あんなにも気が立っている事がかつてあっただろうか。

 元々、あの巨大猪は温厚な部類だ。

 だから、人に危害を加える事がないし、あの大猪はテリトリーを持っている。

 殆どそのテリトリーから出てくる事はないので、こうして会う事自体が珍しい。


 私は顎に手を当てる。


 何かがおかしい。


「……ギルドに報告いたしましょう。すぐに戻って」


 そう、私が言い、足を動かそうとした時だった。

 

 チリーン……。

 チリーン……。


 涼やかな鈴の音色が強く鼓膜を震わせた。

 響く鈴の音色は呼応するように、響き渡る。

 

「何ですの、この鈴の音は……」


 聞いた事もない音に私は戸惑いを隠せずにうろたえる。

 それからすぐに異常が起きた。

 森から鳥たちが一気に飛び立ち、巨大猪が食い破った森からモンスター達が一気に駆けて行く。

 通りすがりに見たその顔は――恐怖に引きつっていた。


 モンスター達が逃げていく。

 何かに怯えながら。

 私はその異様な光景に目を奪われていると、強烈な突風が全身に襲い掛かる。


 すぐさま膝を折り、地に這い蹲る。


「くっ……なんですの!? いきなり!!」


 風で乾き、閉じそうになる目を開け、辺りを見る。

 影が差した。私は思わず空を見上げる。


「は……」


 絶句。

 それと同時にブワっと全身から汗が吹き出す。

 全身、禍々しい黒の鱗と甲殻に覆われ、忌まわしく黒光りする四本の角。

 長い首と胴体、そして、尾。背にはその巨体の全てを包み込むほど巨大な翼。

 

 私だって書物くらいでしか見た事がない。


 紅く鋭い眼光をこちらに向け、それは降り立った。

 長い首を震わせ、こちらを凝視する。


「ど、ドラ……ゴン……何故、ここに……」


 『自然の象徴』であり、『破壊の象徴』

 そして――災厄。私達、冒険者最大の敵。

 ペロペロと舌を這わせ、辺りをキョロキョロと見渡し始める。

 

 呼吸が浅くなる。

 恐怖心が……胸中を支配し始める。

 動きたくても……動けない。

 私の足は石にでもなってしまったように、動かない。

 

 に、逃げなくちゃ……。

 戦って、勝てる相手じゃない。

 勝てる訳がな――。


「かはっ……」


 瞬間、何故か、私の身体が木に叩きつけられていた。

 何一つとして理解出来なかった。

 

「ゴホッ……ゴホッ……」


 私は思わず咳き込み、項垂れる。

 カタカタと身体が震え始めるのを感じる。

 

 死、死、死。


 そんな言葉が脳裏を巡り、私は顔を上げた。

 ドラゴンがじーっと私を睨み続けている。


「…………」


 何ですの。

 その言葉が出てこない。恐怖で口は渇き、喉は掠れ、身体は震えが止まらない。

 死ぬ? 私が……?


 ち、違う。そんなはずが無い。


 私は死ぬ訳にはいかない。死んでしまったら、ギルドが。


 私は唇を思い切り噛み締める。

 口内に広がる血の味と痛みを噛み締め、立ち上がる。


「……やってやるわよ。やって……みせますわ……私だって冒険者……ファミリアのナンバー2。その看板を背負っているんですから……」


 私が立ち上がるとドラゴンは私に一瞥してから、右手を振りかぶる。

 私は身を屈めて、紙一重で避ける。

 風圧が全身に襲い掛かるが、私は両足から焔を噴射させ、空に打ち上がる。


 恐怖を握る拳の中に押し殺し、振りかぶる。

 焔を纏わせた拳の一撃がドラゴンの頬に炸裂する。

 

 けれど、炸裂と同時に私の右手に反動が返ってくる。


「かたっ……何、この硬さ!?」


 今まで殴った事もないような硬さだった。

 オリハルコンやミスリル、そうした硬いといわれる鉱石を触った事があるけれど、それ以上の硬度。

 ドラゴンはまるで虫を払うかのように顔を動かし、私を軽々と吹き飛ばす。

 とんでもない速度で地面に叩きつけられ、私は咳き込む。


「ゴホッ……まだ……終わってませんわ……」


 震える足に気合を入れ、立ち上がる。

 負けたら、終わり。

 きっと、ドラゴンがギルドに行く事になるだろう。

 そんな事、許される訳がない。


 私の家族が奪われるなんて絶対にそんな事……させる訳にはいかない。


 私が立ち上がると、すぐにドラゴンが前足で私を地面に押し潰す。


「ぐっ……離しなさい……」


 ドラゴンの手を何度も殴りつけるが、ビクともしない。

 代わりに全身に掛かる圧力がどんどん強くなっていく。


「ぐっ、がは……」


 骨がきしむ感覚が全身に襲いかかる。

 このままじゃ……ダメ……。

 何度も、何度も、ドラゴンの右手を殴り付けるが、全くピクリとも動かない。

 その瞬間、熱を感じた。

 焔を扱い、焔に慣れている私が、熱いと感じるほどの強烈な熱を。


 ドラゴンが大口を開け、焔を溜め込んでいた。


「…………」


 死。

 それが脳裏を過ぎる。

 高エネルギーがどんどん収束されていく。

 同じ焔だから、理解してしまう。

 アレを喰らえば……私はきっと肉片すらも残らずに焼き尽くされる。


――私はもう、ここまでなのですね。


 諦め。その言葉が胸の中に生まれる。


――ごめんなさい、ドン、リリィ、皆……。

――先に逝く私を許して下さいまし……。


 私は抵抗の手を止める。

 焔の光はどんどん強くなる。

 諦めた。もう、全てを。


 私はゆっくりとその生涯を終えるように、目を閉じた。


 瞬間、何かが砕ける音がした。

 砕ける、音?

 私の動きを縛っていた拘束も無くなる。


――え……。


 私は思わず目を開けた。

 そこにはとんでもない光景が映っていた。


 ドラゴンの頬がひしゃげ、牙が砕かれている。

 ヨタヨタと身体を震わし、背中から倒れこんでいた。

 瞬間、ドラゴンの姿が消失し、アイテムが姿を現す。


「は?」


 ストン、と静かに何かが降り立つ。

 そこに居たのは、見た事もない顔全部を覆う仮面に漆黒の甲冑、そして、黒いマントを靡かせる『謎の冒険者』だった――。

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