第2話 転生

 時は少し遡る。

 俺、フリードは転生者だ。

 前世の記憶はとてもはっきりと覚えている。

 何処にでも居る、それでいて、影の薄い一般人A。そんなような言葉が一番似合う人間だった。

 何というか何処に居ても一緒というか、そんな影の薄い男。


 けれど、そんな俺は強く憧れる存在があった。

 それが『二重生活』というものだ。

 スパイ映画、怪盗モノなんかが凄く分かりやすい例だろう。

 

 表の顔は一般人。けれど、その実態は……。


 というロマンに凄く憧れていたし、何より姿を隠して暗躍するという姿にかっこよさを覚えていた。

 子どもの頃からそんな存在になりたい、そう思う時ばかりだったけれど、現実はそう甘くない。

 そんな存在になる事なんて出来ずに、俺は命を落とした。


 そんな存在に憧れて、人助けをしていた時だろう。

 確か子どもの身代わりになって死んだ。

 けれど、それでも良いと思った。むしろ、そういう人間に憧れていたから。


 でも、そんな俺を神様は見てくれていた。

 死後、俺は神様を自称する存在に出会い、三つの願いを叶えてやると言われた。


 神様からそんな提案を受けた時、一番に思ったのは――。


 これなら、憧れの二重生活が出来るんじゃないか、という期待感だった。


 現実では出来なかったけれど、転生し、力を得たのなら出来るかもしれない。

 人知れず暗躍し、噂される謎の実力者ムーブを。


 


「……えーっとこれはどっちだ?」


 俺は今、絶賛山の中で迷子中だった。

 この世界に生を受けてから18年。

 俺はずっとこじんまりとした田舎の村で育ち、18年間、自分の野望を叶える為に努力を続け、俺はギルドの職員としての就職を勝ち取った。

 それで今日は記念すべき初出勤の日なんだが……。


 俺は地図をクルクルと回す。


「えっと……」


 方角も、道も何もかもが分からない。

 俺はガックリと肩を落とす。

 こんなつもりではなかった。

 初出勤という事で絶対に遅れる事は許されない。

 

 俺の野望は最も地味なポジションであるギルドの雑用係で日常を過ごし、その実態は最強かつ、謎の実力者として暗躍する事。

 故にギルドの花形である受付や冒険者という職業を避け、最も人気のない雑用係を選んだ。

 なのに、ここで遅れてクビにでもなったら目も当てられない。


 俺は必死になって地図を確認する。


「何で俺は調子に乗って、ショートカットしようとしたんだっ……」


 多分、浮かれていたんだろう。

 一度行ったんだし、ショートカットしても余裕とかぬるい事を考えていた、少し前の自分をぶん殴ってやりたい。

 ようやく自分の野望を叶える事が出来る。

 本当にやりたかった事をやる事が出来る喜び。

 それが俺の思考を鈍らせ、あらぬ方向へと飛躍させた。

 本当に浮かれるべきではない。

 山はなめたらいけない。 


「一旦、木の上に上って全体を確認するべきか?」


 しかし、俺はすぐにその考えを頭から消し去る。

 俺の力は『スーツ』が無ければ発動しない。

 かといって、こんな所で『スーツ』に変身している所を見られて、謎の実力者ムーブが出来なくなったらどうする。

 論外だ、論外。

 

「こっちか……」


 不安な気持ちを胸に、焦燥感に駆られながらも一歩前に足を踏み出す。

 とにかく進まなければならない。

 ガサガサと木が揺れる音を聞きながらも、ゆっくりと足を進める。

 すると、道に出た。


「お? この道は……」


 地図をすぐに確認する。

 近くには目印になる奇妙な生え方をした木。それが地図と合致した。

 地図から伸びる一本の道。それは今、俺が立っている道を示している。

 

 その先にあるギルド――『ファミリア』が。


「よし。このまま進めば……」


 そう思い、足を踏み出した時だった。


 チリーン……。

 チリーン……。


 涼やかな鈴の音色が鼓膜を震わせた。

 俺は思わず足を止めてしまう。

 一体何の音だ、熊避けか?

 そんな暢気な事を考えてしまうが、すぐに俺はその考えが間違っていた事に気付く。


 ゴゥッ!! という暴風が吹き荒れる。

 木々がしなるように揺れ、葉の擦れる音が鼓膜を震わせる。

 身体が吹き飛びそうになるほどの風が全身に襲い掛かった。


「うわっ!? 何だ!?」


 影が差した。

 急に暗くなった事に驚愕し、俺は思わず空を見上げる。


「なっ……」


 バサっと一度翼をはためかせ、雄大な空を駆けるドラゴンがそこにいた。

 ドラゴンは一つ雄叫びを上げる。

 その瞬間、バサバサと森の中に居た鳥たちが一気に羽ばたいていく。

 そんな異様な光景に目を奪われているが、俺はすぐに我に変える。


「待て、ドラゴン!?」


 ギルドの就職試験の勉強で覚えた所だ。

 ドラゴン。

 この世界において『自然の象徴』であると同時に『破壊の象徴』。

 普段は『深域』と呼ばれる場所にしか生息せず、そこは人間のすむ世界とは隔絶された場所。

 本当にごく稀に人間界へと姿を現し、周囲に甚大な被害を振りまく『厄災』

 俺は思わず息を飲む。


「あれが……ドラゴン……」


 空中に留まり、何かを探しているような様子のドラゴン。

 キョロキョロと長い首を動かし、辺りを見渡しているようだ。

 それから何かを見つけたのか、すぐさま着陸を始める。


 え、着陸……。


 俺はぞっとする。

 もしかして、この周辺を破壊するつもりなのか。

 いや、それよりもさっきの鈴みたいな音。もしかして、アレがドラゴンを呼び寄せている、とか。

 

「……まずくないか。いや、でも、これは……チャンスなのか」


 ドラゴン討伐ともなれば、多くの冒険者が間違いなく集まる。

 そこでド派手に活躍すれば、謎の冒険者として噂になる……。

 二重生活を最高の形でスタートが出来るかもしれない。


 俺はニヤリと笑う。これはやるしかない。

 どっちにしろ、これは人助けでもある。


 ドラゴンを放置していれば、この辺りは一面焼け野原だ。

 

 俺は一つ息を吐いた。

 それと同時に足元から『神様がくれた装備』が換装されていく。

 全身を包み込む真っ黒な鎧。そして、靡くマント。

 そして、顔を全て覆い隠すフルフェイスのヘルメット。

 

 俺が神様に貰ったもう一つの力。

 自身の姿を覆い隠し、『最強』の力を得る為の装備だ。


「良し。試運転は何度もした」


 くぐもった声が鼓膜を震わせる。

 声までは変える事が出来ないから、喋るのは控えよう。

 俺はすぐさま地を蹴る。


 待っていろ、ドラゴン。すぐにド派手に倒してやるからな!!

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