ギルドの雑用係、実は最強にて。~転生チートを貰った俺は正体を隠して暗躍する謎の実力者ムーブを全力で遂行する~

YMS.bot

第1話 謎の冒険者

 カツカツカツカツ、と部屋中に響き渡る靴音。

 それからすぐにバン、という心臓に悪い音が部屋中に木霊し、女の子の声が鼓膜を震わせる。


「ど、どうなってますの!?」


 俺は書類の整理をしていた手を止め、その様子を伺う。

 カウンターを挟んで、眉間に皺を寄せる見目麗しい女性。

 髪は茶色。軽いインテークの入った長い髪。

 視線を少し下げると、黒のシースルーには所々穴が開いている深い胸の谷間。

 胸がカウンターに乗っているのもお構いなしで女性は叫ぶ。


「ど、どど、ドラゴンが現れたんですけど!?」

「はえ!? ど、ドラゴンですか!?」


 対して、目を点にし、金髪褐色肌が特徴的な女性はぽかーんと口を開けている。


「え、えっと……ちょ、ちょっと待って下さいね……り、リリィせんぱ~い……」


 ペラペラと依頼書を確認しているのか、顎に手を当て不思議そうに首を捻る。

 それからすぐに震えた子羊かと錯覚するくらい弱弱しい声が聞こえた。

 すると、俺の鼓膜を凛とした声が震わせる。


「フリードくん。少し一人でやっていてくれるかな?」

「あ、はい。勿論です」

「アンちゃん、大丈夫。ステラ。何があったんだ?」


 俺の近くで共に書類整理をしていた先輩リリィさんはステラと呼ばれた冒険者に近寄ると、ステラさんはもう一度、バンとカウンターの机を叩く。


「ですから!! ドラゴンが現れたんですの!! どういう事ですの!? 私のクエストにそんな情報無かったではありませんか!!」

「いや……ある訳ないでしょ」


 やれやれ、と言わんばかりにリリィさんは額に手を当てる。


「ドラゴンなんてそれこそ、ギルドが壊滅するほどのモンスターだよ? いくらナンバー2の君でもそんなクエストはギルドとしても発行しないって。ましてや、そんな危険に家族を晒すと思う?」

「そ、そんなのは分かっていますけど!! 事実なんです!!」


 俺は書類整理をしながら、そんなやり取りを盗み聞く。


「そ、それにリリィ!! 落ち着いて聞いて下さいまし。良いですか、そのドラゴンをですね、一撃で倒してしまった、とんっでもない!! 冒険者も居るはずです!! そう、ここに!!」

「……えっと……ステラ? 本当にどうしてしまったんだい?」


 本当にどうしてしまったんだ? と言わんばかりに額に手を当て、リリィさんは言う。


「そんな奴居るはずがないだろう? 居たら、今頃、とんでもない騒ぎになる。今日もここ、ギルドファミリアは平和も平和。いつも通りで……」

「証拠もありますわ」


 そう言い切ったステラさんは机の下から何やら袋を取り出し、それを机の上に広げる。

 それから中身のものを全て、机の上に並べた。

 それを手に取り、リリィさんは目を点にする。


「え……ちょ、ちょっと待って……は?」

「でしょう? リリィ……これ、本物ですわよね!!」

「ちょ、え、ま……はい!?」


 リリィさんの戸惑いように、ギルド内に居た冒険者たちも集まる。

 それからドラゴンの鱗と思われる素材を手に取る。


「うわ、マジじゃん!! ヤバ……」

「これ、一つで家が何個買えるんだよマジで……」

「ドラゴンを一撃ってマジ!? ありえないだろ!! ステラ、お前なんか変なもんでも食ったか?」

「食べてませんわよ!! ちゃんと、この両目で!! 見ましたの!!」


 ざわざわざわざわ。

 とんでもない騒ぎになり始めたギルド内部。

 俺は書類整理をしている手が、何だか震え始めた事に気がつく。


 ……あれ? もしかして、何かとんでもない事になってる?


 いや、でも、これは俺の望んだ事であり、俺の夢。

 だから、問題ない。


 俺は震える手を何とか動かし、書類整理を進める。


「どんな奴だったんだ? ステラ」

「えっとですね。こう丸みを帯びたおかしな仮面をつけた方で……全身を黒い見た事もない甲冑で包んでいましたわ。それに黒いマントを靡かせて……そんな方が魔法も使わず、何とドラゴンを拳で一発、ドカンと……」

「ま、魔法を使わずに!? ちょ、ちょっと待ってくれ。フリードくん!!」


 いきなり名前を呼ばれた事で、俺はビクっと肩を震わせてしまう。


「は、はい!?」

「その辺りに冒険者名簿があるだろう? 取ってくれないかな?」

「冒険者名簿……」


 俺は目の前にある棚を眺め、そこにあった冒険者名簿を手に取る。

 それから冒険者たちがドラゴンの素材を手に眺めている場所へと向かう。

 リリィさんの隣に立ち、俺は名簿を渡す。


「持って来ました」

「ありがとう、フリードくん」

 

 ペラペラと冒険者名簿を捲り、確認するリリィさん。

 俺はその場からとりあえず離れ、書類整理をしていた場所へと戻る。


「そんな冒険者は居ないな」

「謎の冒険者……一体、何処の誰なんですの。あんなとんでもない事をしたのは……気になりますわね……」

「うん。しかも、素材が丸々残していくなんて……」

「これ、貰えないか?」

「貰える訳ないでしょ? 素材を持ち帰らなかったら、ギルドの共有。でしょ?」

「ああ、そうだ。一旦、この素材は預かり、ドンに話してみよう」


 リリィさんはそれで話を打ち切りにし、冒険者たちは元の場所へと戻っていく。

 けれど、話題は全て『謎の冒険者』で持ちきりだった。


「ドラゴンを一撃か~……今までドラゴンを倒した奴なんて居たか?」

「居たには居たけど、大体はパーティよ。単独、しかも、一撃なんて聞いた事ない」

「だよな。やばいな、その冒険者……」


 それら噂は俺の耳に入ってくる。

 その度に得も言われない優越感のようなモノを感じる。


 そう、こういうの良いよな。


 何ていうか……自分のした事が皆に評価されている気がして……。


「……フリードくん? 何をニヤニヤしているんだ?」

「はえ!? あ、ご、ごめんなさい」

「……大丈夫か? 少し休むか?」

「あ、いえ、大丈夫です!!」


 俺は元気である事をアピールする為に敬礼まですると、リリィさんがカウンター席で座り、憮然とした表情のステラさんを指差す。


「彼女にお茶を持っていってあげて。君と年も近いし、話をすると良い」

「わ、分かりました」


 俺は書類整理の席から立ち上がり、裏にあるお茶を用意する。

 淹れ方は最初に教わっている。

 それを用意してから、ゆっくりと肘を付いて憮然とした表情のステラさんに近づく。

 近づけば近づくほど、彼女の美しさを痛烈に感じた。

 何というか、目、鼻、口、全てが整っていて、バランスが良い。黄金比とでも言えばいいのだろうか。

 ステラさんは俺に気付くと、ニコっと優しく笑みを浮かべる。


「あら? 今日から入った噂の雑用係かしら?」

「あ、はい。フリードって言います。宜しくお願いします」


 俺はお茶を出しながら頭を下げると、ステラさんはクスりと笑う。


「良いのよ。そんなに畏まらなくて。ドンが言ってたでしょう? ここギルド『ファミリア』では皆が家族である、と。私はステラ。このギルド冒険者のナンバー2よ。気軽にステラって呼んでちょうだい」

「分かった」


 そう言ったステラさんはお茶を受け取ると、礼儀正しい所作でゆっくりと飲む。

 それから一つ息を吐いた。


「全くあの冒険者は一体誰なのよ……」

「さっき言ってた?」

「ええ、そうよ。私がピンチになった時に颯爽と現れて……ドラゴンを一撃で倒して何も言わずに去っていったのよ。全く、お礼くらいさせなさいよ」


 やれやれ、とステラさんは肩を竦める。

 そんなステラさんの様子を見て、俺はニヤニヤが抑えられなくなりそうになる。

 

 こういうのを待っていたんだ、俺は。


 こういう二重生活を。


「全く本当に……何処の誰なのかしら……」


 それは俺です、とは言い出す事は出来ない。決して。

 それは俺の美学に反してしまうから。

 

「ねー、誰なんですかね」


 俺はすっとぼける。

 しかし、俺は全て知っている。

 謎の冒険者も、ドラゴンを一撃で倒したのも。


 だって、それは全部、俺、フリードのした事。

 現代で夢見て、半ばで倒れてしまった理想。

 表はギルドの雑用係。しかし、その実態は『謎の冒険者』

 そんな二重生活を完全に遂行する転生者なんだから。


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