第2話 出会い
画面をタップすると、眩い光に包まれ、私はまるで女児アニメのヒロインのように変身して――なんてことはなかった。
「いりぐち」をタップしても、「ありがとう!」の文字と、なんだかネコのような、クマのような、のろりとした見た目のキャラクターが笑うだけだった
なんだよ、いたずらかよ。
私は舌打ちをした。昔はお行儀が悪いと叱られていたが、父の飲酒が激しくなった辺りから何も言われなくなった。ただ、両親の前で舌打ちをすると殴られるからしないだけで。こういう、ふざけた詐欺に引っ掛かった時くらいはいいだろう。両親はまだ寝ている。永遠に寝ていればいいのにと思う。
私は画面を見直した。「ありがとう!」という文字と、ゆるゆるしたキャラクター。癒されてしかるべきなのだろうけど、今の私にとっては神経を逆なでするだけだった。なんだこいつ。ネコかクマかはっきりしろよ。包丁でぶっ刺してやろうか。
「こんにちは!」
そんな物騒なことを考えていると、突如声がした。私はぎょっと体が固まるのを感じた。じわっと体に汗が滲む。自分以外の声、それに怒鳴り声ではない声を聞いたのは久しぶりだったからだ。
「ここにきてくれて、ありがとう!」
来てくれて? その言葉の意味が分からず、私は声の出所を探した。部屋の中にそれらしいもの――たとえば、ぬいぐるみとか、人形とか――はない。誰かが入ってきたということもない。それに、聞こえてきた声は、人間のものではなかった。電子音声のような、作られた声。その割に滑らかで、まるで不気味の谷の底にいるかのような感覚に陥った。
「こっちだよ。こっち」
声の聞こえる方向へ歩いていく。そこにはスマホが転がっていた。その中に、「ありがとう!」という文字と、マスコットキャラクターがいる。いるのだが、そのキャラクターがぬるぬると動いていた。
「うわっ⁉」
私は思わず、後ずさった。それから、だめだ大声を出すと両親に殴られると口を手で押さえる。すると、何を勘違いしたのか「怖くないよ、怖くないよ」とそのキャラクターは言った。
「ここにきてくれて、ありがとう! ゆうらたちはここから出られないから、そっちからきてくれてうれしいよ」
キャラクターは言う。「ゆうら?」と聞き慣れない言葉を反芻すると、「名前だよ。ゆうらは名前」とキャラクターは案外しっかりした口調で言った。
ゆうら。なんだか、パンクした車みたいな名前だと思った。どこにも力が入らない。口にしたのがすっと溶けてしまいそうなくらい、軽い名前。
「ゆうらは、キミのお手伝いをするためにやってきたんだよ」
そう言って、キャラクターはぬるぬるした動きで空を飛ぶ。それから、スマホの中で、ぐっと私に近づいた。
「キミの望みは、一体なに?」
メレンゲみたいな、質量のない声。それなのに、妙な圧迫感があって、息が詰まった。望み、私の望み。それを考え出すと、まだ体に残っていた薬が突如効果をぶり返したように、頭が痛くなった。私は呻きながらその場で倒れる。
「ごめんね。ゆうらは、みんなを苦しめちゃう。だから、望みを叶えたいんだ――」
スマホから、そんな声が聞こえる。私には何の意味も分からなかった。そのまま私は、意識を飛ばした。
ゆらゆらゆうらちゃん 色野はくし @irono8shiro
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