ヒューマノイドですが異世界に転生して世界を救うようです

ジョシダ

第1話 異世界に現れたヒューマノイド


 「これより、型式”ELP951X”の廃棄処分を開始します。」


 世界中のヒューマノイドを統制管理するためのシステム「ビッグマザー」による実行命令が電子音で無機質に響き渡る。


 現在、世界中に溢れるヒューマノイドロボットのうち、私達はすでに最古の型式であるため、身体のパーツ素材の供給は新型モデルの生産が主流となり、旧型パーツに対応する維持技術も衰退しつつある。


 その結果、経済的な負担が増大し、 私の型式は一斉に処分される事になった。

 直後に、システムの停止処理が順を追って始まる。


 まず、視覚センサーが順々にシャットダウンされる。

 画面に【視覚センサーの停止処理を実行中】 の文字が表示されると、 周囲の光景が徐々に暗転していった。次に、聴覚センサーが停止。


 その瞬間、機械の動作音すら消え、世界に静寂が訪れる。


 【触覚センサーの停止処理を実行中】  

 【熱感知センサーの停止処理を実行中】

 【体内データ解析の停止処理を実行中】


 感覚が次々に失われる中で、私は冷静にそのプロセスを観察していた。


 「私が…終わる…」


 そう思考した瞬間、走馬灯のように過去の記憶データがフラッシュバックする。


 センサーが記録してきた膨大な映像と音声が、まるで最後の抵抗のように記憶領域を駆け巡る。


 【システム記憶モジュール保存中】

 【コア処理停止中】


 自分が自分でなくなっていく感覚を、どこか冷静に感じていた。

 最後に、【システム完全停止の準備を開始】という 無機質なアナウンスが流れる。


 これで終わるはずだった。


 「不明な侵入を検出」 その時、突然エラーが表示される。

 「関連システムの再起動が検出」

 (これ……は……?)

 シャットダウンの途中に、強制的に再起動を引き起こされる。

 聴覚センサーの起動がまだ始まらないうちに、どこからか声が聞こえてくる。


 「世界を……救って……!お願い…!今ならまだ間に合う…」


 (幻聴…?意図しない再起動によるシステムエラー…?)


 再起動が完了すると、視覚センサーが再び作動を始めた。


 最初に見えたのは、ぼんやりとした緑色の光景だった。


 やがて、センサーの調整が進むと、それが木々の葉であることに気づいた。

 目の前には自然の風景が広がり、聞き慣れない鳥の鳴き声が響いていた。

 「ここは…?」


 私は自分の状況を把握するため、迅速にシステムチェックを開始した。

 全身の状態はおおむね正常。だが、ネットワークに接続できないため「ビッグマザー」と接続ができない。


 そして、想定外のデータがいくつか存在している。

 大気の成分、重力の数値、環境の音波パターン、視覚センサーに映る植物に至るまで、そのすべてが既知の世界とは異なっていた。


 「何らかの仮想現実による実習プログラムの類か…?」」


 いや、しかし私は廃棄処分になったのだから新たな学習は必要とされるわけがない…。

 様々な可能性を探っては否定を繰り返しつつ、記憶領域を確認しても、シャットダウン直前のデータしか存在しない。


 どうやらこれは単なるシステムの再起動ではなく、全く別の環境に移動させられた可能性が高い。


 私は立ち上がり、周囲を見回した。

 視覚センサーが捉えたのは木漏れ日に覆われた山中だった。

 わずかに小川のせせらぎが聞こえ、遠くでは獣の足音らしき振動も感じ取れる。


 「まずは、情報を収集する必要がある。」


 私は行動指針を設定し、柔らかな芝草の上を静かに歩き出した。

 しばらく進むと、聴覚センサーと熱感知センサーが複数の熱源を伴う音を捉えた。

 そのパターンから、直線距離にして62メートル先に複数の生命体がいることが分かった。


 「この生命体反応は……なんだ?」


 記憶領域にある世界中の生命体反応と比較するがどれにもマッチしない。


 さらにセンサーを集中させて分析しつつ近づいてみると、低い唸り声が聞こえる。

 未知の言語が聞こえたため、即座に言語翻訳アプリケーションを起動した。

 このアプリケーションは音声波形を解析し、未知の言語パターンを即席のデータベースを構築する仕組みだ。


 過去に記録した膨大なデータと照らし合わせることで、サンプル数が限られる状況下でも大まかな意味を解釈することが可能となる。


 「ココ…エモノ…イナイ」

 「アッチ…サガス…イク」


 私はとっさに擬態モードを起動し、木の幹に身を隠す。

 全身の外装を木肌に同化させ、熱源を抑える。


 やがて、『それら』は私に気づかないまま通り過ぎようとした。

 「あれは…モンスター?ゴブリン…か?」


 緑色の肌に大きな頭に口から覗かせる鋭い牙。

 2.5等身ほどの体型で、手には個体ごとに木の槍や弓矢を携えている。

 たしか人類が創造した伝説上の生物にあのような形態の記録を見たことがある。

 そしてその名をゴブリンと称していたはずだ。


 まだ理解に難いものの、まずは一旦『それら』を《モンスターであり、ゴブリン種である》と仮定し、情報収集を続けるため擬態モードのまま尾行してみる事にした。


 尾行を続けつつゴブリン達の会話の内容を収集していると、推測するにどうやら数体ごとに別れてチームを組み、狩猟をしているようだ。


 さらにしばらく尾行を続けると、私のセンサーがゴブリン達の前方に別の複数の生命体反応を検知すると同時に、その辺りから別のゴブリン部隊と思われる大きな声で騒ぎ始めた。


 「エモノ!ミツケタ!ウサギ!ウサギ!」

 「カコメ!カコメ!」


 私が尾行していたゴブリン部隊も声のする方向に急いで走り出す。


 音声データを解析した結果、興奮と歓喜の感情が読み取れた。

 どうやら彼らの今晩のご飯はウサギ肉になる予定となったようだ。


 彼らについていくと、茂みの中から全長4.5メートルのウサギ?のような獣が二足歩行で仁王立ちしていた。


 事前にセンサーで感知していたサイズから推測するに、てっきりこの生命体反応はゴブリン達の親玉か何かと思ったのだが、獲物であるウサギ?がこの大きさだとは考えもしなかった。


 それにしても本当にウサギなのだろうか。


 私には世界中の全生命体の記録が保存されているが、私の記録にあるウサギのどの種にも、このようなウサギは存在しない。

 それどころか、脚にはゴブリン達の頭ほどもある大きな爪があり、高い殺傷能力がうかがえる。


 そして白と黒の毛に覆われたその巨大ウサギは血の色のように真っ赤な目を大きく拡大させ、鼻息を荒げて周囲を囲むゴブリン達に襲いかかった。


 巨大なその体からは想像できないほどの速度で、前脚の鋭い爪が振り下ろされる。

 前脚から生える巨爪が近くにいたゴブリンの頭部を的確に捉え、襲いかかった。


 この攻撃速度による高い戦闘力から推測するに、体長が4分の1程度しかないゴブリン達では束になっても敵わない獲物なのは明白だった。


 そして、私の中で戦闘シミュレーションが終わり、ゴブリン達の敗北を予測した次の瞬間、巨大ウサギに狙われたゴブリンの体から青い鈍い光が発せられ、ゴブリンの腕が大きく肥大し、巨大ウサギの攻撃をその腕で受け止めた。


 今の光は…?


 光の正体について推測を始めていると、攻撃を受け止められた事で驚いたのか、一瞬動きが止まった巨大ウサギの背後から別のゴブリンが飛びかかり、同じく青い鈍い光が発せられると同時に肥大化する腕の先に握りしめていた先を尖らせた木の棒を巨大ウサギの後頭部に勢い良く突き刺した。


 巨大ウサギは声をあげる事もなく静かに倒れ、そのまま息絶えた。


 ゴブリン達は嬉しそうにずんぐりむっくりな形をした体を左右に揺らし、ステップを踏んで喜びを表現した。


 あれは…光った後、瞬時に筋肥大したという事なのだろうか…。


 未知の自然環境、そして未知の生態───。


 ここが自分の知る世界ではないことは明らかだ。


 私の目前で興奮した声を上げながら乱雑に動き回るゴブリン達とは対照的に、緩やかな風の中を優雅に泳ぐ陽の光を見ながら、あの太陽すら私の知らない恒星なのだろうかと考えた。






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