第2話お稲荷さん


 家から持たされたのは綺麗なジグザグ折りの白い紙が結ばれた榊の枝が二本と御神酒と書かれたのし紙のついた地酒の一升瓶。いかにも神事という風な持ち物を大きめの買い物袋に入れて運び、指定の場所に置いてくるだけで良いと言われて闇バイトばりに詳細を聞かないままやらされる俺。なんでそこを伏せるのかわからない。いや千円でこれなら光はあるのか…。けど知ってるか?一升瓶て自転車の籠に乗せられないんだぜ?袋からはみ出て持ちにくい上にクソ重い瓶を歩きでトコトコ運ぶんだぜ?まあまあ距離はあるし酒瓶見せて歩くのって地味に恥ずかしいしさ。

高校では部活がまだ決まっていないから帰宅時間は早めの時期だ。辺りが見える位には明るいが、西の空は既に薄紅色に染まり山から吹く風も冷たい。遮るものが何も無い田舎道ではダイレクトに突風を喰らうから夕方の時間帯は特に、舐めてかかってはいけなかった。歩くから温まると思ったのだが、やっぱりもう一枚風を防げる上着を着てくるべきだった。


「松尾?何それ、酒?」


交差点の近くまできたところで不躾に声を掛けてきたのは、高校の制服姿で自転車に乗った六堂明彦(りくどうあきひこ)だった。こいつも中学の同級生だ。文吾町には中学校が一つしかないから同い年はだいたい皆同中である。一番近いところでも車で片道三十分以上はかかる(他に交通手段が無いに等しい)クソ遠い私立を選ばない限りは。

六堂は小柄でパーマを当てた縮れ髪の目立つ生意気キャラっぽい外見をしているのだが、その割に人当たりは悪くもなくごく普通の、確かテニス部員だった。親の見積もりに夢があるのか新しい制服が大分ダボついている。学校帰りにコンビニに寄るつもりで来たのだろう。

「酒。親がお供えに持ってけって。」


「ああ、…次郎右衛門さん亡くなったからか。」


 …え?なんて?

六堂はお稲荷さんの方角に目を向けた。歩く道路は一車線しかなくくねくねと曲がって危なっかしいが、昔からの集落と集落を結ぶ大事な道だそうで今も地元の人間が自転車や車を使って庭のように走り廻る生活の要となっている。六堂に釣られて見れば緑の草花が生い茂る中にぽつんと建つお社よりもその裏にある緩やかな盛り土の竹籔が目立つ。手前には日本全国津々浦々の例に漏れず赤い鳥居が少し傾いて立っていて、これは裏手の竹籔の方にも在り、入口と出口のように対になっていた。

奥には細道と交差する広い道路を挟んで馴染みのコンビニが見える。

「……お前、何か知っとんの?」


「保育園の時お参りしたやろ。」


「そら、そんくらいした事あるけど。」


「そういうのや。素質って。」


 ???

なんなんだ。保育園時代の事を全く覚えていないわけじゃない。その前に、お前とは違う園のはずだけど?なに?何を知ってんの?

 お稲荷さんで何か特別な事あったか?

 素質??

 …お参りして何の素質がわかると言うんだ…。

自転車を降りて道路の端に停めてから、何のつもりか六堂はこっちに近づいて来た。いやに今日は馴れ馴れしい。元々そんなに仲が良い訳でもないのだ。周りからはデカいだけで意外と控えめとか目つきが悪いとか毒を吐くなとかチクチク言われてしまう俺に対して、六堂は大人からのウケも良く頭のいい奴というイメージだった。遠くからの感じでは悪い噂も聞かない優等生の部類に見える。保育園も小学校も違ったから、どんな奴か実態はよく知らないままで中学時代を通過した。


「御神酒持ってるからそうやと思った。

 次郎右衛門さんはウチの人等が支えたけど、

 しゃあない。見えん人は見えんから。」


 …見えん人?てことはお前は見える人なの?

「何?幽霊?何の話?」


「いいから、それ持って行ってみ。」


結局言われる事は同じだ。"行けばわかる。"

こうなったらサッサと済ませてコイツから話を聞こうと考えた。トレーナーとジャージのズボンという神事らしからぬ格好のまま、春になって伸びてきている毎年お馴染みの雑草共を踏みしめ赤く塗られたお社まで無言で歩いた。幾つかの穴や窪みを設えたお供え用の石壇の上に落ちた枯れ葉を手で軽く払うと、榊を左右対称に立て、その真ん中に一升瓶をそっと置く。

驚いたことに六堂は俺についてきていた。なんなのコイツ。ストーカー?

「…あのさ、親にもそう言われたんやけど、

 何か知っとるなら教えてくれん?」


「お稲荷さんの御使いは狐。

 松尾がお狐様見て話してたの、有名やん。」


 !?

「いつ!?」


「やから保育園の時。」


覚えていない。保育園ならせいぜい六歳だ。当時の俺は、ごっこ遊びや一人芝居をしていたのだろうか。恥ずかしい…知らないところで変な子だと有名だったのかよ。演技の資質があるとか言われてたのか…?

「なんでお前知っとんの?」


「お狐様と話せばそら、わかるから。」


 ……………。

 ……冗談?じゃないなら、おま……。

 君、ちょっとヤバイ人?

「…話せるんか、六堂は。」


「?お前の方が凄いって聞いとるけど?」


そんな訳がない。今のお前程には凄くない。「…………。」

とにかく、お参りしよう。

神社といえば八幡、稲荷、天満宮。それぞれの礼節も作法もよく知らない。神社ではとりあえず二拝二拍手一拝とだけは教えられている。変な奴にからまれた現実から半ば逃避する思いで何も考えず礼をし拍手し、また礼をする。

「……………。」

どうだ、何も起こらないだろう。

つまりこれはどういうことかと言うと…、六堂が何かカルトがかった信仰によりお稲荷さんを俺達の知るお稲荷さんではないと思い込んでいるということだ。おそらく。なんでそこに俺が組み込まれているのか解らないが。それにしても勿体ない。頭が良いはずの奴が気の毒な事になるのを見ると自分まで悲しくなるのは何故だろう。何かに敗北した気分になってくるな…。


「重くん、やっと心が決まったんやね。」


 …?は?

何処かで聞いた覚えのある声がすると思ったら、お社の裏の竹籔から急にガサガサと音がして従姉妹の留奈(るな)さんが現れた。俺より二つ歳上の、父さんの妹の娘さんだ。当たり前だが、あり得ない。こんな時間に、こんな場所に居る理由などあるものじゃない。

まさかと思って背後に居る六堂を振り返り、気の毒なのは自分の方だと気が付いた。

六堂は腰から直角に折った礼をしている。話せるということは、聞こえているのだろう。あまりの礼儀正しさに引いてしまうし奇矯で不思議ですらある。だがそれが正しいのだ。天地がひっくり返る。頭の中は酷くグニャグニャしているのに反して内側の何処からか湧いた答えには確信があった。

「…お…お狐様って…。」


「うん。」


「え……ずっと!?」


「はは、ごめんな〜。嘘ついて。」


悪戯を詫びるようにノリも軽い。

俺の従姉妹が神様の御使いだった件について誰か説明してほしい。…心の声がラノベのタイトルみたいだ。

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浮遊生命〜土地神様とコネがあった曾祖父ちゃんが死にました。〜 南天 @nanten965

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