第3話 かくて彼女は称えられる。
アモンド王子の脇腹には。
私が持ち込んだ、小さな小さなナイフが、刺さっていた。
刃も短く、刃幅も狭い。内臓にも到達せず、さした傷にはならない。
女の私でも手軽に持てて、服の上からなんとか肉にまで刺せる……その程度の刃物。
だがこれは――――いかなるスキル・魔法をも無効化する、奥の手。
そして。
「あなたの技には、欠点がある。
それは一度展開すると、もう一度使うのに一日の充填が必要なこと」
たった一度だけ無効化できれば、それでいい。
黄金の領域が……消えた。
「かかれッ!」
ハルシャの綺麗な号令が響き渡る。漆黒の光がみんなに宿る。
ヨウダンとマギクは腐食で身動きがとれぬまま、矢で止めをさされた。
ラジュームは逃げきれず、首を刎ねられる。
そして王子は。
何人もの紳士淑女によって、串刺しにされた。
「あ、が……! しにた、たすけ、ぼくの、せい、じょ……」
「アモンド王子」
血を流し、息も絶え絶えな彼に、私は最高の笑顔を向ける。
私のゲームを
「私はだぁれ?」
「え? きみ、は――――――――」
わなわなと震える、アモンド王子の唇は。
コハルの〝コ〟の形になることすら、なかった。
ゆっくりと色を失っていく、王子。
戦いは決着しつつあり、静寂が訪れ。
しかして、扉が開く大きな音によって、すぐまた騒がしくなった。
広間に入ってきた者たちの、先頭は。
「む。出遅れたか」
「早すぎませんか、父上。三英雄は?」
「討ち取ったとも。ローグ王も確保した」
令嬢ハルシャの父、クロサイト公爵その人。
そしてその後ろには、ごっつい装備の公爵私兵の方々がずらっと。
「コハル嬢に報いる良い機会だと、はりきったのだがな」
「そこは私にお譲りくださいませ、父上」
イケオジが胸を張って、娘に苦言を呈されてる。
「致し方あるまい。では我らは、王宮の掃除と王都の制圧に戻る。
往くぞ! 聖女の御旗の元に!」
「「「「「ハッ!」」」」」
…………彼らを見送って、私はそっとため息をついた。
王子たちの亡骸を眺め、一度だけ目を伏せる。
ひどい、結末だ。
結局のところ私は、誰の手をとるかを、選んだだけ。
(私の大好きな乙女ゲームは、ここにはなかったんだ。よく似た世界に、これただけで)
それでも私は、顔を上げて前を向く。
ただただ王子たちに愛されて、頭空っぽにして楽しめば、それでよかったのかもしれないけど。
私はどうしても、現実に生きているみんなを踏み台にして、この世界で遊ぶことは……できなかった。
まぁこの選択に対して、私から一つ言い訳するのなら。
名前も覚えてくれない、薄気味悪い欲まみれの奴らと。
「コハル。今のうちに少し話がしたい。良いかな」
この……いつも名前を呼んで、真っ直ぐに私を見てくれる令嬢と。
どっちの手をとるか、なんて。そりゃ明白なわけで。
私は、悪い。悪党だ。でも、良い選択をしたと……そう思う。
「私も、大事な話があるの。ハルシャ」
本当に……ここまでこれたのは、ハルシャのおかげだ。
私と共に歩んでくれた、悪役令嬢に。
私が破滅から掬い上げた、大事な友達に。
私は逃げず、正面から向き合った。
良い機会だから、どうしても一つ、聞きたいことがある。
「お、これはついにか!」「ヒュー!」「キャー!」
「茶化さないでよ……」
なんか滅茶苦茶囃し立てられた。思わず呆れて呟きが漏れる。これ場所変えないとダメだな……。
私の力で歴戦の猛者となった子たちも、まぁ中身は学生だし、しょうがないんだけどさぁ。
別にそういうんじゃないんだけどなぁ。なんで私とハルシャをくっつけようとするんだ。ここ乙女ゲームだろ? 百合はないでしょ?
◇ ◇ ◇
テラスから見る王都は、静かなものだった。
沈みかけの日によって、穏やかに照らされている。
その下では今も、争いが起こっていると思うのだけど。ちょっと静かすぎない?
「数代にわたり聖女を占有し、その富を独占して王家は肥え太った。
民を顧みぬ政治を繰り返し、とっくに民心は離れていた、というわけだ」
私の疑問を、隣のハルシャがすらっと解説してくれた。
なるほど、そもそも国民はほとんどこちらの味方、と。
しかしあれか? 上級貴族のご令嬢は読心術が標準装備なんかな??
「…………別に心を読んでいるわけではない。あなたの顔は、わかりやすい」
「私の行動を読んで、地下祭壇に
あの時。
ハルシャは入り口のある後ろからではなく、横から私を押さえた。
ちゃんと聞いてはなかったけど……今の罰の悪そうな表情を見るに、やっぱり先に来て私を待ってたんだと思う。
「先に着いたのはその通りだが……笑ってくれ、コハル。私はあそこまで行って、怖気づいていたんだ」
おっとそう来たかよ。
完璧な令嬢であるハルシャ。
今のように勇ましいハルシャ。
これまで見たどの面からも想像できないような弱弱しい笑みが、彼女の口元に浮かんでいる。
「あなたが新たな人柱にされる前に、私はなんとしてもこの状況を打破したかった。
ゆえに先走ったが……あの昏い祭壇の前で、足が竦んだ。立てなくなった。
でも、あなたが来た。だから私は……もう一度、立ちあがれたんだ」
私は……弱く首を振った。
勇気と力をもらったのは、私だって同じ。
「私もだよ、ハルシャ。あなたと一緒だから、頑張ってこれた」
私はあの地下奥底で、ハルシャに「あいつらを滅ぼしたい」と語った。許せないと。
あなたの力を借りたいと、涙ながらに懇願した。
そうして私とハルシャは……二人で古の神の力を受け取った。
私は、一日数回ガチャを無償で引けるようになった。それで装備を整え、みんなを強化した。
一方のハルシャは、めっちゃ強くなった。みんなが圧倒的だったのは、ハルシャが多量の
ゲームの化け物みたいな裏ボスには、なんでか二人ともならなかったんだよね……。
「コハル……」
その……ピンクのお目目をうるうるさせてこっち見るの、私良くないと思う。
よくないのでこの話はおしまい。聖女の華麗なるインターセプト!
「ん。ちょっと聞かせてほしいんだけど。
…………ハルシャはなんで、私を助けてくれるの?」
ずっと疑問だった。
その……言っちゃなんだけど、私だけをもてはやす王子たちの姿が被って、ちょっと信用しきれないところがある。
だってハルシャも、クロサイト公爵も、みんなみんな私に優しい。あまりに私に、都合が良すぎる。
なんと、公爵家は私の力をこれ以上使う気がないらしい。ローグ王家を倒して、それでおしまい。
理屈は聞いて、理解はした。そも私は毎日無償ガチャできるようになったので、囲って独占する意味がないんだと。
好きなだけ道具を生産して、広く役立ててほしいと言われた。
そうは言われても、正直感情として……納得できない。
私を私物化して利用しようとしていた王家と、扱いが違いすぎる。
それに加えて、ハルシャだ。
いくら義憤に駆られようとも、覚悟の上で私に忠告したり、古代の力に手を出そうとしたり……ちょっと行動が突飛過ぎる。
数年の付き合いでわかってることだけど、そんな無謀なことをする子じゃない。
そこがわからなくて、でも変な答えが返ってきたら怖いし、聞きづらくて……ずっと、機会を伺ってた。
私は照れた様子で目を逸らす彼女の視線を、追いかけた。
果たして、重々しくゆっくりと口を開いた、彼女が言うには。
「最初は、その。友達になりたかったんだよ。
女子寮の子たちのために、必死に力を尽くしていた……素敵なあなたと」
……………………拍子と肩の力が一気に抜けた。もっとたいそうな理由かと……。
もう変な笑いが出そう。王子たちみたいに豹変されたらどうしようって、ずっと不安だったのに。
でもハルシャ。友達になりたいからって、一足飛びに忠告はしないでいただきたい。あの時は心臓止まるかと思ったし。
というか女子寮の中で接触しようよ、あそこ安全だったんだから。
さてはハルシャポンコツか? 確かにボッチ気味だったけどコミュ障ちゃんだったか??
――――――――お待ちになって。「最初は」って。これはひょっとして……墓穴?
◆ ◆ ◆
コハルはいくつか、知らなかったことがある。
一つ。女子寮の結束が強い理由。学園が危険地帯であり、異性が信用ならないため、その中では特別な絆が育まれることが多かった。
一つ。女子寮でのコハルの扱い。彼女たちの尊厳と命のために駆けずり回ったヒロイン・コハルは、学園中の女子から絶大な人気を集めていた。
一つ。ハルシャ個人について。公爵令嬢たる彼女は、友がいないわけではない。ただとても純情であった。
ハルシャはただ。まさに聖女と謳われる、素敵な想い人の気を惹く方法が――――他に思いつかなかった、だけなのだ。
ここは乙女ゲームではなく現実だと、聖女が分からされるまで。
そう長くは、かからなかったという。
乙女ゲームのヒロインですが、攻略対象の王子殿下たちを破滅させます。 れとると @Pouch
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