第2話 大好きなゲームにお別れを。

(あの時、いくつものことに気づいた。


 例えば。なんでゲームで、婚約破棄された程度で悪役令嬢ハルシャが破滅するのか。


 王子たちに、ご実家ごと潰されるんだ。


 今だってきっと、私のことを口実に彼らに攻撃されてるはず……)



 私は勇気の根源を思い出し、ゆっくりと目を開く。


 暗い地下洞窟で不気味に輝く祭壇が、真っ先に見えた。


 私がいるのは、さるダンジョンの最下層。なんとか辿り着いた……エンドコンテンツの底の底。



(そしてなんで私が王子たちに、丁寧に扱われているのか。


 〝聖属性〟に何があるのか。よく考えてみれば、簡単だった。


 聖魔法じゃない。何かあるのは――――主人公、コハル)



 私には「癒しの力」しかない。


 けどゲームにはまだ、主人公だけができることがある。


 それは、ソーシャルゲームならではの。


 キャラクターや装備ガチャ、行動力の回復、戦闘時のコンテニュー。



(つまり


 特に高レア装備や回復エリクサーの生成は、現実に置き換えたら大変なことになる。


 私は――――金のなる木、だ)



 確かに私は、特殊なポーションを作ることができた。一つだけ持ってる。


 効用はちゃんと確認してないけど……下手するとあれ、死人すら蘇る。



(そりゃあこんな力がある女、囲っておくに決まってる。


 そして王子たちは〝私〟じゃなくて、その力が目当てなのを隠しもしていなかった。


 やつらは私のことを――――名前で呼んだことが、ない)



 聖女、聖女ちゃん、聖女さん、聖女様……攻略対象は誰一人、私を〝コハル〟と呼ばなかった。



(なのに……おそらく奴らは、私に愛を囁くんだろう)



 課金要素は、お金払わなくても少しだけできる。いわゆる「無償ガチャ」相当のものが存在する。


 これが「愛の欠片」ってやつを使うんだけどさ……キャラとの信頼度が上がって、イベント見ると手に入るんだよね。


 つまりあいつらに愛を捧げられると――――私は金の卵を、産むのだ。



 ひどい……本当にひどい世界。


 女は高位貴族の令嬢や聖女ですらも、男の道具。


 その横暴を止めるものは……何一つ、ない。




 ――――――――おぞま、しい。気持ち悪い!!


 これが現実だって言えばそうだ! ひどいもんだけど納得はする!


 けど、大好きなゲームをこんな形で貶められて!


 私がお前たちを、この世界を! 許せるものか!!




 ……私は、祭壇にゆっくりと足を向ける。右手を、伸ばしながら。


 必死に考えた。この状況を変える、方法を。


 でも聖女の力は争いに向いていない……王子たちは本人も強キャラなんだよ。状況を、覆せない。


 私が密かに課金要素で財を成したとしても、そんなもの政治の力ですぐ泡にされてしまう。


 だから私は。


 別の力を、求めた。


 ここはエンドコンテンツの、底の底。


 サービス終了に伴って実装されると予告があった、最後のダンジョン。


 本当にあるかわからなかったけど、少しずつ年月をかけて、探し当てた。


 魔物からは逃げ、傷ついた自分を治療し続け、ひたすらに奥を目指して……私はここまで、辿り着いた。


 すべてを凌駕する力が手に入るという、古の神の祭壇。


 きっとゲームを根底から覆す、何かがあるはず――――!












「――――――――コハル」












 伸ばした腕が、横から掴まれた。



「どうして、ここに」



 掠れた声で呟きながら、私を止めた傷ついた手の、先を見る。


 ウェーブがかかった綺麗な銀髪も、旅装もボロボロで。


 ピンクの瞳は、片方が閉じていて……瞼に傷が、ついている。


 悪役令嬢――――ハルシャ。



「これはわたくしが為すべき、使命です。引きなさい」



 使命? まさ、か。


 確かこの最下層、すごいボスが出るって情報が告知されてた。でも出てこなかった。


 この子が古の神の力を、得て。あの裏ボスに、なるんだ。明らかに人じゃない、アレ、に。


 …………ダメ。それは、ダメだ! ハルシャを犠牲にするなんて、できない!




 私は。


 それなら、私は――――!!






 ◇ ◇ ◇






「クロサイト公爵令嬢ハルシャ・ローズ。君との婚約は破棄だ。聖女を貶めた罪、償うがいい!」



 あれから数年。運命の時は、来た。


 王宮で開かれた、学園卒業記念の夜会。


 私は苦心の末、ゲーム通りにここまで辿り着いた。犠牲を出さないようにするのが、本当に大変だった。



 その席で、私の隣に立つ王太子アモンドが、高らかに宣言した。


 彼の近くには、三英雄と呼ばれる騎士・魔術師・司祭の、子息たちがいる。


 親世代はもちろんのこと、不壊と呼ばれる無敵の王子を含め、四人は相当な実力者。


 ゲーム通りの、断罪シーン。悪役令嬢側は……圧倒的に不利。


 それでも。



 私は、諦めなかった。


 ハルシャが桃色ので、壇上の王子を強く見据える。


 そして歌うように。



「何を言う。我が友コハルを私物化しようと狙う、賊徒どもが。


 我ら聖女の騎士が、貴様らのような悪鬼羅刹に屈すると思うなよ!」



 ――――宣戦布告した。



 ハルシャが黒い輝きを放つ。そして会場のおよそ半数の者が、手近な人間に襲い掛かった。


 紳士は己が鎧を呼び出し纏い、淑女はドレスの下から戦闘服を露わに、あらかじめ〝敵〟と定めておいた標的を打ちのめした。


 王子たちに「貢物」をしていた奴ら。それを受け取った方ともども、容赦はしない。



「な、これは!?」



 アモンド王子は狼狽えるが、残りの三人が素早く動き出す。



「王子、後ろに」


「数は多いがなんてことねぇ、押し返す!」


「フンッ、雑兵どもがッ! 一気に片づけてやろう!」



 ――――で進化しきった彼らが、雑兵なものかよ。


 魔法を唱えようと構えた魔術師・マギクの元に。



「カヒュッ」



 数本の矢が一気に到来。喉を、顔を貫いた。



「役立たずが!」「こらえろ、今治す」



 すでに騎士を拝命しているラジュームが前に出て、助祭にあるヨウダンがマギクに魔法をかけ始める。


 しかし。



「グッ!? これは呪い! 私にまで浸食を!」



 ヨウダンの腕が真っ黒に染まる。


 彼は必死に魔法で回復しようとするが。



「ひ、ヒッ! なぜ、どうして魔法が効かない!?」



 より傷が深くなっていく。


 それは呪いではない。属性反転を強いる魔法の矢。


 回復しようとすると、術者・被術者ともに腐敗してぐずぐずになっていく。



「ガッ!?」



 ラジュームはすでに足を切り飛ばされ、胸には槍が深々と刺さっている。


 なりたての騎士程度で相手になる者は、連れてきていないのよね。



 だがその時。光が、彼らを包み込んだ。



「我が黄金の領域に、歯向かえると思うな!」



 …………出たかチート能力。


 ヨウダンとマギクの腐敗浸食は止まった。


 アモンド王子の特別な黄金領域には、状態異常を回復する効果もある。


 ラジュームも徐々に傷がふさがり、彼には攻撃が届かなくなった。



「フンッ、多勢を連れてきたようだがハルシャ!


 この僕に逆らえると思うな! 女如きが、見くびるなよ!」



 そして彼は。


 隣の私の肩を、抱いた。


 私は……右のかかとに、ぐっと力を込めた。




 ――――――――ああ、本当に。




「気色が悪い」



 私は呟き、王子からゆっくりと離れる。



「……………………ぇ」



 アモンド王子の脇腹には。


 私が持ち込んだ、小さな小さなナイフが、刺さっていた。

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