乙女ゲームのヒロインですが、攻略対象の王子殿下たちを破滅させます。
れとると
第1話 不穏な乙女ゲーム
私は、不気味に輝きだす祭壇を前にして……右のかかとにぐっと力を込めた。
(もう、逃げられない。引き返せない)
肌を焼くような怖気を感じる。
手を出してはならない、禁断の力を前に足が竦む。
明らかにヤバイ。最悪私は……人じゃなくなるかも、しれない。
私は前に進む勇気が欲しくて、目を瞑り、決意の源に想いを馳せた。
乙女ゲーム「光に堕ちるまで」。私が大好きだったゲームだ。
いわゆるソーシャルゲームで、少ないお小遣いで課金してまでのめり込んでいた。
サービス終了したその日に、ぼーっとしてて死んじゃったのは……今思うと、何かの運命だったんだろう。
そのゲームのプレイヤーの分身・主人公〝コハル〟として目覚めたのだから。
コハルは男爵家の令嬢だけど、特別な力を持っていた。いわゆる「聖属性」ってやつ。癒しの力ね。
コハルに転生した私は12歳のときに検査で引っかかり、そのままあれよあれよという間に王都の貴族学園寮に入れられた。
よくある乙女ゲームの流れだけど……ちょっと早いのが引っかかった。
ゲーム開始時点で、コハルは15。学園入学は、その頃からだったはずなのに。
学園についたら早速攻略対象たちに囲まれて、私のキラキラ貴族学園生活は始まった。
なのに――――どうしても、楽しめない。
ゲームに近い部分は変わらない。でもゲーム以外の
まず、王子たち攻略対象の愛想がよすぎる。ホストにでも持て成されてんの?ってくらい。
でも彼らは私に「しか」優しくない。他の子に対しては、俺様だったり横暴だったり慇懃だったり……。
そう、他の子。女の子はなんかみんな、怯えてる。男の子が来ると、はっきりと緊張してる。
特に王子たちとは、絶対関わりたくないってレベルで距離を置いてる。
私、最初は王子たちと関わりあるせいで女子寮でボッチだったんだけど、なるべくいろいろお話するようにしてたら親切な子たちが教えてくれた。
大体の女の子はそもそも、婚約者がいる。なのでここで声をかけてくる男の子は全員「遊び」だと。
そしてその「遊び」を女の子側は……断れないんだ、と。
これだけでもおなかいっぱいなのに、すごい話を聞かされてしまった。
王子たち攻略対象は、みんな権力に近いところにいる。
だから彼らに目をつけられると――――さらわれる、と。
王子たちじゃなくてその周りが、「貢物として捧げる」ためにさらうんだって。
私はその話を聞いて、血の気が引いた。
学園で見かけていた、先輩たち。急に……姿を見なくなることが、あったから。
私は無い知恵を絞った。直接言ったり、悟られたりしてはダメ。気づかれないように対策しないといけない。
私は寮ではともかく、学園では絶対に誰とも目線も合わせないように心がけた。
私を起点に、女の子たちが目をつけられるのを防ぐためだ。
ついでに王子たち主要な男子生徒の予定を可能な限り押さえ、女子寮で密かに共有するようにした。
王子たちや「人攫い」と接触する機会が少なくなれば、少しは安全になるかと思って。
これは、なぜか王子たちと危険なく会話ができる、私にしかできないことだった。予定もすんなり話してくれるし。
私が彼らに気に入られている理由は、誰も教えてくれなかったけど……。
幸いにも私がやってることが女子寮側から密告されることもなく、私が撒いた藁は存分にすがられた。
他にもいろいろやったおかげなのか、少なくとも私の知る限り、急にいなくなる子は出なくなった。
でもその藁が。優しいあの子に……届いていなかった。
「コハル嬢、彼らのそばにいるのはおやめなさい」
ある日。
私は慌てて、周囲を何度も何度も確かめる。人はいない、ようだけど……。
「…………アモンド王子は、わたくしの婚約者です。手を引きなさい」
旋律を思わせる滑らかな彼女の声に、私は妙な直感が働いた。
今私は、明らかに高位貴族の令嬢であるこの子に対して、無礼を働いた、はずだ。
話の最中に、よそ見をする、なんて。
それを――――咎められなかった。
私は思わず、淡いピンク色の彼女の瞳を、じっと見た。目は……逸らされなかった。
(この子、覚悟の、上……!? これは諫言じゃない! 私への警告!
このまま彼らの周りにいると〝私が危ない〟という!)
「ど、どうして、そのような!」
「…………
力? 私の、ヒロインの持つ「聖属性」に何か、ある?
「それはい――――――――」
「おっと! こんなところにいたのかい。僕の聖女ちゃん」
油断、した。
私の背後からした冷たく底の見えない、声。
攻略対象、王太子…………アモンド。
彼の手が、そっと私の腰に回る。
悲鳴を上げるのは、必死に我慢した。
って、自分のこと気にしてる場合じゃない!
この状況――――ま、ずい。彼女が、悪役令嬢ハルシャが、あぶない。
「ハルシャ。僕の婚約者だからって、ひょっとしていい気になっているのかい?
僕の聖女ちゃんに
まずいまずいまずい! ハルシャが王子に目をつけられた! どうする、私はどうすれば――――
「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。
ごめんあそばせ。婚約者として一度だけでも申しておきませんと、公爵家は面子が立たぬと叱責を受けまして」
「ハッ! パパの言いなりってわけかい。女はそういうところ、楽でいいねぇ」
(ぁ。ちがう。なんて、子だ)
私は、礼をとりながらも密かに強くピンクの目を輝かせる彼女を見て、また直感した。
ハルシャは……私に
場合によっては、本当に危ない橋なんじゃないの!? どうしてそこまでして!
私の力に、何かある? この子は……悪役令嬢ハルシャは、何を案じているの?
私は、もう少し彼女から情報を得たかったが。
「聖女ちゃん」
ぬっ、と横合いから現れた王子の顔に、視線を遮られた。
綺麗な、とても美形な、王子なのに。
―――――――――気味が悪くて、仕方がない。
「僕は賢い君が好きだな。ね、ちょっと図書館に行こうよ」
「はい」
咄嗟に会心の笑顔と、素早い返事をよどみなく返せたのは……私本当にグッジョブだったと思う。
「じゃあねハルシャ。君との婚約なんか、いつでも破棄できるんだから――――忘れるなよ」
悍ましい王子の声に、肌が泡立とうとするのを必死になって抑えながら……私は彼に肩を抱かれ、その場を離れた。
角を曲がって校舎裏を出るとき、横目にちらりと映った彼女は。
こちらに視線を向けぬよう、深く礼をとっていた。
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