赤いペディキュアは死のメッセージ

桔梗 浬

第四の殺人

 朝日が昇る。

 湖と外気温の温度差により発生した霧が徐々に薄まり、キラキラと光のショーを始める、そんな時刻。

 俺たちは今、龍神湖の畔で異様な光景を目にしていた。


「なぁ、葵唯あおい……こ、これって」

「あぁ」

「警察に」

「落ち着け、真周ましゅう。良く見ろ」


 俺たちの目の前にあるのは、湖面からのぞく二本の白い物体。

 それは、どう見ても人の足で間違いはなかった。右足のつま先が真っ赤な色で彩られている。


「犬神かよ」

「葵唯、良く落ち着いていられるな! これは連続殺人事件の被害者だ。しかも彼らは皆、つま先が赤く塗られている。間違いない! 早く警察に」


 スマホを取り出す真周を制し、俺は死体の右足が示す方向を目で追った。

 朝日が昇り、2本の影が伸びる。


 『0833龍昇るその先へ』

 これは、第3の被害者のつま先が指し示した場所で発見されたメモだ。

 このルールが今回も有効なら、きっとここに意味はある。


「8時33分……来るぞ」


 影が伸びた先、そこに何かがあるはずだ。

 するとそこに……子どもが描いたような矢印が浮かび上がった。それは長く伸び、その先に……人影!?


涼馬りょうま!」

「よ、葵唯、真周。元気そうだな」

「何やってるんだよ!」


 真っ白なコートに身を包んだ涼馬は、バイクに寄りかかりこっちを見下ろしていた。


「僕からのメッセージ、良く分かったね。会いたかったかい?」

「何ふざけた事を言ってるんだ!」

「ふざけてなんていない。僕はね、葵唯……。僕たちの頭脳をくだらないアホどもの為に使うのは、時間の無駄だと思っているんだよ。ソレよりも、アホどもに知恵を与えて報酬をもらう方がよっぽど良い。そうだろ?」


 涼馬はフルフェイスのメットを抱え、話は終わりと告げていた。


「待て! 俺たちは共に犯罪のない世の中にするために頑張ってきたはずだろ。何故……? この被害者たちが何をしたというんだ!?」

「ふっ、まだ青いことを言っているのだな。葵唯、俺はアホどもの欲望を叶えるため、その方法を教えただけ、ちょっと背中を押せば奴らは喜んで殺害を実行に移す。ま、お前へのメッセンジャーとして、被害者たちを使わせてもらったけどね。僕がやったことはソレだけだ。君の事だ、もう犯人の目処は立っているのだろ?」


 今度こそ話は終わりと涼馬はバイクに股がり、音を立てながら去っていった。


「くそっ」

「葵唯、横山警部に連絡した。もうすぐ県警が来る。涼馬はもう、俺たちとは違う場所にいるんだ。諦めろ」


 諦めろって言われても……俺たちが過ごした年月を忘れることは出来ない。


 そう、俺たちは大学のミステリー研究会で出会った。涼馬は頭が冴え、俺たちの中でも犯罪心理学に精通していた。ある事件を解決したことで、俺たちは横山警部に協力することになったんだ。

 それが……涼馬は突然俺たちの前から姿を消した。


 一体彼に何があったのか、俺はずっと考えていた。でも、未だにその答えは見つけられない。

 いや……本当にそうだろうか。


 正義と悪は紙一重なのかもしれない。



 しばらくすると、静かだった龍神湖の周りは警察関係者、野次馬でごったがえしていた。

 真周と俺はパトカーの中で、横山警部を待つことになった。


「なぁ、犯人が分かっているって本当か?」

「あぁ、涼馬の言葉で俺の考えは間違っていなかったと確信したよ」


 俺は差し入れられたホットコーヒーを握りしめた。


「全ては『つま先』だよ」

「俺にも分かるように説明してくれないか、葵唯」

「良いかい? 涼馬は『メッセンジャーとして被害者たちを使った』と言っていた。それは誰に宛てたメッセージだ?」

「お、俺たち……っていうか葵唯に向けてだ」

「そう、に向けてだ。その被害者たちの『つま先』を思い出してくれ」


 真周のタブレットが暗い車内に光る。


「第一の被害者、佐藤 菜さん。右足の薬指が赤く塗られていた。種類はポリッシュ01 The Red」

「そ、そんな色まで分かったのかよ」

「彼女はきちんとジェルネイルをしていたからね。薬指に無造作に塗りたくられた液体に、興味が惹かれるのも分かるだろ?」


 真周のメモは頭の中に入っている。彼女はファッションホテルのバスルームで発見された。


「第二の被害者は、村 秀俊さん。左足の中指が全体的に赤かった。まるで血が流れているかのように……。色は、ポリッシュ01 The Red」


 彼は公園のジャングルジムに腰かけた状態で見つかっていた。あの公園は……。


「おい、葵唯。大丈夫か?」

「あ、すまない。続けよう。第三の被害者」

上 真奈さん。左足の人差し指と小指が赤く塗られていた。だろ?」

「そうだね。ここで俺は違和感を感じた。何故なら色が違ったんだ。それは、ポリッシュ15 Poison Red」

「同じ色だと思った……」


 彼女は俺たちの大学の校舎内で見つかった。


「彼女は小指の爪が他の人より大きかったね」

「人間の小指の爪は、靴を履く文化で進化しなくなっていくと言われているからね。だから今回は塗りたくなったんだろ」

「それで、犯人は?」


 ふぅ~と息を吐き出し俺は真周を見た。

 これは、この4名の被害者は涼馬によって選ばれた。何故なら名前にもメッセージが込められていたから。


 『愛田井』


 涼馬は言っていた。「僕たちいつまでこうしていられるかな」って。俺はなんて答えたんだっけ……。

 事件がなければ俺たちはそれぞれの退屈な毎日を過ごす。それが普通だからな。

 でもあいつは普通を望んでいなかった。


『事件があれば、僕たちは謎を解き続けられるな。退屈な毎日が刺激的な毎日になる。僕が謎を提供してあげるよ』


 バカな……。

 それを実践したというのか?


「葵唯?」

「ごめん。ちょっと考えてた」

「涼馬のことか? 何度も言うけどさ、アイツは俺たちの対極に立つことを決めたんだ。だから俺たちはアイツを止める! そうだろ?」

「そうだな」

「で?」


 真周の目が犯人を教えろと言っている。


「犯人は……第一の被害者の恋人だよ」

「え!?」

「二人目は、彼女のもう一人の恋人。その後は彼の仕事、配達先の中から涼馬のメッセージを乗せることのできる人物を選んだ。だからわざと色を変えたんだ」

「マジか……、じゃぁこの第四の殺人は? 配達エリアじゃないだろ?」

「真周……配達には差出人の住所も名前もあるだろ? それだよ。それなら居所もわかる」


 うーんと真周は考え込む。こういう時の真周は鋭い質問を投げ掛ける。それが俺の推理をどれ程助けているか、こいつは知らない。


「何で『犬神』なんだよ」

「それはな……」


 それは、俺たちの想い出だから。

 俺たちは『シャーロック ホームズ』『金田一耕助』などを好んで読み、描かれていない行間の犯人像について語り合った。

 ジャングルジムも想い出の場所だ。二十歳になって酒を初めて飲んだ場所だし、赤いネイルの女性の妖艶さについて議論したこともある。


 全ては俺たちの……。


「俺にもわからねー」


 真周が「なんだよ」って言ってずっこける。その姿に俺は癒される。俺がこちら側にいられるのは真周のお陰なのかもしれないな。


 涼馬は遅かれ早かれまた俺の前に現れる。

 それに、この日本で完全に姿を隠すのは無理だ。監視カメラの目が光っている。ほぼ死角はないだろう。

 俺は絶対にお前を止めて見せる。


「お前ら、送ってやる!」


 横山警部のだみ声が龍神湖に響き渡った。




『なぁ、葵唯。僕たちの頭脳は進化している筈なのに、足の小指……僕のはでかいんだ。まるで退化しているみたいだよな』



END

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