失恋した「佳絶の令嬢」は「若き才子」に求婚される

双葉想

Prologue

 アストリア王国には「完璧」だと謳われる少女がいた。


 容姿端麗ようしたんれい成績優秀せいせきゆうしゅう文武両道ぶんぶりょうどう


 どこへ行っても礼儀正しく振る舞い、友達やメイド、下働きの者にも優しく接する。家柄も良い。

 少し気が強いが、むしろそれが良いという輩もいる。そんなアリシア・ヴァルディアについたあだ名は 


 –佳絶かぜつ令嬢れいじょう


 本人がどう思っているか定かではないが、周りはそんなアリシアを尊敬し、心を奪われていた。


 ◇


「アリシア様、紅茶のご用意ができました」

「ありがとう。そろそろ来るころかしらね」

「はい。先ほど馬車が到着していたため、そろそろかと」


 そういうとアリシアは庭園の中央にある白いテーブルに座り、本を開いた。メイドは静かに頭を下げ、丁寧にティーカップを置くとその場を退いた。


 ふと、本から顔を上げると庭に広がる鮮やかな花々でいっぱいになり、アリシアは微笑んだ。


「アリシア!」


 その静寂を破るように明るい声が響く。声の主はアリシアの幼馴染で、親友でもあるリリア・エストールだった。淡い茶色の毛を揺らしながらテーブルにかけよって、アリシアの隣に座った。


「ごめんね、またせちゃって」

「いいえ、そんなにまってないわ。それよりそんなに慌ててどうしたの?」


 アリシアが問うと、リリアは少し顔を赤らめ話し始めた。


「実は、相談があって……」

「相談?」

「うん。夜会のことで……その、イ、イーリスを誘いたいの!」


 リリアの言葉にアリシアは驚いた顔をするがその後の言葉を急かすようにこう言った。


「イーリス……?それで、どうやって誘うの?」

「えっと、そのまま普通に声をかけようと思ってだんだけど……」


 アリシアはため息をつき、テーブルに肘をついてリリアをじっと見つめた。


「リリア正気?そのまま行ったらただのにしか見えないわよ」

「えっ、そんなにひどいかな……」


「ええ、声をかけたいならまず、そのすっぴんとぼさぼさの髪をどうにかしないと」


 リリアは慌てて髪を触るが、確かに手入れはあまり行き届いていない状態だった。アリシアは本を置き、椅子から立ち上がるとリリアの手を取り微笑みながら言った。


「いいわ、私が手伝ってあげる。まずは一緒にコスメとドレスを買いに行きましょう!それから、メイクの練習をするわよ」

「う、うん!アリシア、ありがとう!」


 その言葉に圧倒されながらもリリアは励まされているような気もした。アリシアの強さと自信に満ちた言葉が自身の背中を押してくれるようだった。


「それじゃ、準備するから私の部屋に行きましょ」


 アリシアはそう言いながらリリアの手を引き、屋敷の中へと歩き出した。


 ◇


(イーリスを、誘う……)


 一瞬心がぎゅっとなる感覚を覚える。彼の名前が出た瞬間から胸の奥が騒がしい。


 イーリス・アーデン

 −アストリア王国で剣士として名高い彼は、文武両道で誰にでも優しいと知られていた。

アリシアとリリアは共に、幼い頃からの知り合いだった。社交界などで顔を合わせるたび、互いに言葉を交わし、時には競い合い、励まし合った。


 気づけば彼は、私の中で特別な存在になっていた。しかし、それはリリアも同じことだろう。

 私から見てもイーリスとリリアはお似合いだし、イーリスはリリアと話す時あからさまに笑顔になる。


(勝てるわけ、ないわよ……)

「アリシア?」


 ふと、リリアの声で現実へ戻される。


「急に黙っちゃってどうしたの?」

「……なんでも、ないわ。それより、買い物が楽しみね。リリアには何色のドレスが似合うかしら」


表情は穏やかだが、その心の奥に秘められた想いは、もう誰も知ることはないだろう。


(私は幼なじみとして、親友としてリリアを応援するべきよ。それ以外の感情を抱くべきではないわ)


私は自分にそう言い聞かせる。イーリスはリリアのことが好きなんだから。

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2025年1月8日 13:05

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