#07 次はもっと偏愛気味に作るからね♡


目の前には二つの弁当箱がある。



片方の蓋を開けると、半切りのゆで卵が付け合わされたハンバーグがまず目に入る。それから鶏の唐揚げに温野菜。なかなか豪華な弁当だった。



それはいい。



問題はもう一方だ。

白水がやたらと嬉しそうな顔で蓋を開いた弁当箱から飛び出したのは、白水のお花畑の頭の中を具現化したような世界観。



ご飯の上には、海苔を切り抜いて描かれた文字。



“リン君LOVELOVE大好きにゃん”



しかも、その文字の周りにはピンクとイエローのふりかけと刻まれた梅干しが、花火のように美しくも海苔の夜空を彩っていた。

いや、“彩っていた”じゃねえよ。



「い、一応聞く。これは……なに?」

「愛妻弁当のつもりだったんだけど……ダメ……なの?」



まるで子犬がなにかを懇願するかのような、キラキラした瞳で白水は俺を見つめてくる。



「そんなに可愛く言われても……。あのさ、俺と白水って」

「うん」

「真っ赤な他人だよな?」



赤の他人の最上級表現である。多分。



「えぇぇぇ、友だちでもないの……? 頭の中が驚きの白さなんですけど」

「それがこんな弁当作ってきて、」

「と、リン君は恥ずかしがっているのでした。ほら、男の子って好きな子に嫌いって言ってみたり、ツンデレなところがあるけど、実は大好きなのです。そう、なにを隠そう、リン君はナノちゃんを深く愛し、愛するあまり“りぃひゅーず”してしまう、シャイっ子なのでした」



おお。Refuseを覚えたのか。

偉い、偉い。

じゃねえよ。クソ馬鹿がッ!!



「……せっかく作ってくれたんだからいただくけど、次からは普通でお願いしますねッ!!」

「じゃあ、学校ではもう少し偏愛気味に作るねっ!」

「……待て。学校には絶対に持ってくるな。これは振りじゃないからな?」



偏愛とは……いったい?

意味分かって使っているのか疑問すぎる。

ヤンデレの香りがしないでもない。



「分かったよ。今度はLOVEはやめて“骨の髄まで愛するリン君”とか、“銀河系NO1大好きがすぎる”とかにするねっ!」



こいつ、絶対に空気を読まず、『はい、愛情たっぷりのお弁当だよっ!』とか言ってクラスメイトの前で俺に『ほら、あーんして』とかしてくるんだろうな。



本当にクソ迷惑。



自分がS級美少女だという実感も、相当な人気者だという意識もないのが迷惑すぎる。



「はいっ、あーんして」

「白水って分かりやすいな。それは気持ちだけいただく。自分で食べられるから」

「むぅ。あのさ」

「なに?」

「これ、なんで温野菜か分かる?」

「え?」



白水は立ち上がり、前かがみ気味にズイッと俺に顔を近づけた。



「いくら保冷剤を入れてるとはいえ夏だもん、暑いから食中毒を起こさないように炒めてるの。だからなるべく傷まない料理を考えて詰めてきたわけですよ。お兄さん」

「は、はい」

「梅干しだってそうなんです」

「白水さんは……その、ちゃんと考えていて、偉いと思います」

「そう、わたしは偉い。それにタンパク質と繊維もの、それに炭水化物のバランスだって考えられた料理なんです」

「はい。それで?」

「つまり、リン君のことを考えて作ったの。その答えは?」

「は?」



答えもなにも、質問にすらなっていないような気がするのですが。



「愛情たっぷりのお弁当ってこと。だから、あーんもセットじゃないとダメなの」

「そんな力説されましても」

「はい、ほら、口開けて」



いつも以上に圧がすごい。



だが、炒めてきた理由も梅干しも、他の料理や保冷剤の数も説得力がありすぎる。ちゃんと白水も考えて生きていることが分かった。くっ……白水の論破されるとは。



仕方なく口を開くと箸でつまんだ温野菜を入れてきた。

味は思いのほかうまい。いや、かなりうまい。

噛めば噛むほど味が染みてくる。家庭環境的には料理ができるのだろうとは思っていたが、まさかこんなにうまいとは。



「ヤバいな。うますぎる」

「ほんと?」

「ああ、温野菜だけでうまいとか、チートすぎるだろ」

「うれしい〜〜〜っっっ!! いっぱい食べてねっ!」



くそ。

ここ最近で食べたなかで、ベスト3に入る味だ。

俺は馬鹿だ。



まさか食べ物で心を鷲掴みにされるなんて。



「ハンバーグや唐揚げから食べたいところを野菜から食べる。基本ですよぉ~~」

「そうなのか?」

「繊維ものがタンパク質や炭水化物を包んでくれるから、太りにくくなる……らしい」

「なるほどな。じゃあ、俺も食べさせてやる」

「え。リン君が?」

「It’s my turn to feed you.」

「なんて?」

「俺が食わせる番だ。ここで大事なのはfeedだ。feedは餌という意味だ」

「わたし、リン君から餌付けされるの……?」

「そうだ。feedの意味覚えただろ」

「うん。じゃあ、ちゃんと食べさせてね?」

「……食事という意味もある。つまり、これは食事を与えるという意味だから餌だけじゃなくてちゃんと覚えとけよ」



あれ……本当に彼氏と彼女みたいじゃないか、これ。

勉強のために思いつきで言ってしまったが、墓穴を掘ってしまった。仕方なく温野菜をつまみ、白水の口に運ぶ。



「おいしい~~~」

「自分で作った料理だろ」

「やっぱり楽しく食べると、料理もおいしいじゃん」

「楽しいのか?」

「リン君は楽しくないの?」



いや、なんだかすごく幸せです。

口に出すと調子に乗るから言わないが。



「まあ、退屈はしないな」

「退屈なんてさせないよ?」

「白水と付き合う彼氏は幸せかもな」



そういえば白水には彼氏はいないのだろうか。S級美少女であれだけ人気があるのだから、彼氏がいてもおかしくない。



「一応聞くけど、彼氏とかいないのか?」

「いるじゃん」

「え? なら、俺とこんなことしてる場合じゃないだろ」

「目の前に」

「どこ?」

「ここ」



白水はそう言って、人差し指で俺の鼻を指した。



「だから、俺は……」

「リン君こそ、彼女とかいないの?」

「いたら白水に勉強なんて教えていないだろ。それに、俺は余裕がないんだから彼女なんて作ってる場合じゃない。アホか」



彼女なんてできるとも思わない。



「うん。知ってた。リン君に彼女いたら詐欺だよ」

「詐欺ってなんで?」

「“恋愛なんて勉強の足かせでしかない。バカがッ!!” って口癖のように教室で言ってるじゃん。お友達と」

「……そうだな」



なんで教室での会話を白水が知っているんだ?

聞き耳でも立てているんじゃないだろうな。怖っ!!



「だからわたしが彼女になってあげる」

「……は? バカなのか? あのな、オオカミ少年の話があるだろ」

「童話の?」

「そう。そう何回も同じようなことを言っていると、そのうち誰も信じなくなって嘘が慢性化するぞ」

「逆だよ」

「なにが?」

「オオカミ少年はそうかもだけど、わたしがリン君のことを彼氏って言っているから、みんな“ほぉ、ナノの彼氏はリン君なのか”ってなるわけ」

「なるほど。集団を洗脳しているのか。ある意味既成事実ってわけだ」

「そう、既成事実」

「それで、それを実行するメリットは?」

「リン君はわたしがいないとダメになっちゃうじゃん?」



むしろダメにされている気がしないでもない。



「そうか?」

「勉強漬けで一回きりの青春を勉強という灰色で塗りつぶそうとしている。うん、これは将来大変なことになるよっ! 青春時代に遊ばなかったツケで、かわいこちゃんに騙されてお金いっぱい払っちゃうタイプだなーって」

「ないない」

「まあ、それは冗談だけど、リン君にわたしが必要なようにわたしにもリン君が必要なの」

「……白水に俺が?」

「うん」

「って、勉強のことだろうが。堂々巡りの面倒くさい話をしやがって」

「それもあるけど、リン君がいなかったら誰がわたしの相手してくれるの?」

「友だちは掃いて捨てるほどいるだろ」

「いないって。いや、いるけどリン君みたいな彼氏はいないの」

「いや、だから俺が聞きたいのは、白水には彼氏はいないのかって話だったろ」

「だから、彼氏はリン君しかいないって。疑り深いなぁ」

「毎月のように告られてるのに?」

「うわ。わたしのこと知り尽くしてる感がすごい。もしかして、わたしのこと調べ上げてる? こわっ」



人の話を盗み聞きしている人に言われたくない。俺の場合は、友人が情報通で聞いていないのに色々と流してくれるから知っているだけで、白水が毎月誰に告られようがまったく興味なんてない。



「って、嘘だからね? わたしで良かったら、どんどん調べて。叩いても何も出てこないけど」



それにしてもハンバーグも、唐揚げもうまい。冷凍食品ではなく手作りなのがよく分かる。これだけ作るのに朝何時から用意してきたのか。それくらいには今回の勉強の件に感謝をしているということなのだろう。



自慢しても良いところだと思うが、白水はそういうことを鼻にかけないタイプだ。

冗談で、『褒めて』くらいにおねだりはするが。



「あ、ちょっとお花摘みに行ってきます」

「ああ、行って来い」



それにしても、勉強を教えるようになってからは以前と違い、なんだか白水のペースに乗せられているような気がしてならない。




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