#06 愛情たっぷりのお弁当はどうかな?
休日は貴重だ。
学校がない日でも、普段通り朝は必ず6時には起きてジョギングをする。軽い運動は脳への刺激になり、それは記憶力の向上にもつながる。そして朝食は一日の要であり、食べることで顎を動かし、脳に酸素を行き渡らせると同時に糖分を蓄える。どちらも勉強をするにあたって必要不可欠なのだ。
そして、9時からは勉強だ。本来、自室にこもって勉強をする……はずだったのだが。
「あっ! リン君おはよ〜〜〜」
「おはよう。って、遅いッ!!」
約束は日達駅に10時のはずだった。
「ごめんしゃい。でも1分だよ?」
「1分でも遅刻は遅刻ッ!!」
「うちのカレぴってば厳しいんだから」
「誰がカレぴだ。柿ピーみたいな言い方しやがって」
「朝から怒りん坊だね。元気があってよろしい」
「怒ってないし。ただ、白水が遅刻をしてきたのが悪い」
「はいはい、ごめんねごめんね〜〜〜」
遅刻して現れたのは、半袖の襟付きシャツにミニのプリーツスカート、ハイカットのスニーカー姿のやけにキラキラしているS級美少女。髪を編み込んでいて、ほんのりメイクをしているようだった。私服姿だと学校で見る白水よりも気のせいか数倍輝いて見える。
“明日は土曜日だから勉強をするチャンスだ”
などと昨日、口を滑らせてしまったのが運の尽き。白水が「じゃあさ、じゃあさ、一緒に勉強しよう〜〜〜」などと言い出すことくらい想像するに容易かった。それなのに、なんで俺の口はそんなことを言ってしまったのか。
この口が憎い。
「リン君にインタビューですっ! ナノちゃんとの初デートはどんな気分ですかっ?」
「だるい。面倒くさい。帰りたい。ああ、帰りたい」
「えぇ……リン君、嘘つかない人だと思ってたのに」
「は?」
「恥ずかしいからって、そんな嘘つかなくていいよ」
「いや、嘘じゃないけど」
本音オブ本音。
オブラートに包んでいないむき出しの本心で、一点の曇もない真の言葉だっつーの。どこをどう解釈したら嘘扱いになるんだ。白水はポジティブすぎてむしろ気持ち悪いくらい。
「わたしね、楽しみすぎて眠れなかったーっ!」
「“眠れなかったーっ!”じゃねえよ。寝ろ。睡眠は一番の勉強法だからな」
日達駅から道を渡ってすぐの場所には広場がある。たまにイベントが行われていて、活気溢れる市民憩いの場だ。そのすぐとなりに隣接されているのが科学館で、その一階と二階が図書館となっている。蔵書も多く、またカフェも隣接されていて学生が多い。
そう、失敗の2つ目はそこだ。
ここは
白水というS級美少女と俺が一緒に勉強をしているなんて知られたら、最悪討ち死にするかもしれない。
「なあ、場所変えないか?」
「あーーーっ!! しほりんも勉強!?」
「おっ! ナノちゃんおっつー、なになにフォーエバーラブ?」
クソがッ!!
自動ドアを潜った途端、クラスメイトとエンカウントとか最悪すぎるだろ。
しかも口の軽そうな女子じゃねえか。
なんだよ、フォーエバーラブって。
クラスで流行っているのか?
「ナノちゃん私服かわいいかよ」
「しほりんもーーーっ!!」
「勉強に来たの?」
「うん。彼氏と」
「彼氏? 草生えるわ」
「いやいやいや、待て。待て〜〜〜〜〜ッ!!」
白水はバカだ。
バカすぎて吐き気がしてきた。彼氏じゃねえし。
この頭蓋骨内完全お花畑クラスメイトのしほりんとかいうやつもそうだ。
いや、どこに草生えてんだよ。クソ馬鹿が。
「ああ〜〜〜なんだ。彼氏っていうから驚きクスノキのツムギの根っこだっつうの。よく見たら黒岡くんじゃん」
「俺で悪かったな」
「じゃあ、あたしメイと来てるから、またね〜〜〜」
「うん、しほりんまたねっ!」
俺が彼氏じゃないことをちゃんと釈明しないとまずくないか。
「待て、しほりんとやら」
「なに?」
「俺は彼氏じゃない」
「ああ、知ってます知ってます。でも、ナノちゃんといつも一緒じゃん。黒岡くんも隅に置けないね。さてさて、
まるで若いカップルを遠目で見る近所のおばちゃんみたいに、しほりんは口元を指4本の先で押さえたまま微笑みを浮かべて、すすす、と去っていった。
「来週からどんな顔して教室に入ればいいんだよ」
「さて、お勉強しないと」
「はぁ……なんだか憂鬱になってきた」
学習室で話すのはなかなか気まずいために、自由室という飲食も会話も可能な部屋で勉強をすることにした。もちろん、ここで勉強をするグループもいるから問題はない。勉強を教え合っているグループの話し声は聞こえてくるが、迷惑な音量ではないし、むしろ白水の声のほうがデカいくらいだ。
「まず暗記法から教える」
「覚えるの苦手~~~」
「俺だって苦手だ。反復をしても忘れるものは忘れる。だが、覚えやすい覚え方があるんだ」
「おお! さすがリン君」
「もっと褒め称えろ。そして俺はリン君じゃない。黒岡凛人先生だ。大先生と呼べ」
「よっ! さすがわたしの彼氏っ! 銀河系一かっこいい!」
もうこれはネタなのだろうか。
“先生”と呼べと言うと、“彼氏”と言う。
「ここで連想ゲームをしよう。“拒む”を英単語で言うと?」
「えっ……」
「期末試験に出るぞ」
「拒む……
「まあ、分からないだろうな。習っていないから」
「ひど~~い。授業で習ってない単語なんて分かるわけないじゃん」
「来週習うはずだ。つまり白水は予習不足と言える。予習さえしっかりやっていれば、分かったかもしれない。万年バカめ」
「うぅ……怒られた。もう生きていけない。そうやってわたしをいたぶり、言葉責めを楽しんで欲求を満たしていることにも飽き足らず、そのうち過激なことを求めてくるのね。ああ、わたしはリン君の奴隷になると決めたから耐え抜くわ」
「おいっ!!」
白水は無遠慮で声がでかい。
そのためか、周りからヒソヒソと話し声が聞こえてきて、なにやら冷たい視線を感じる。まるで、俺がド変態のサディストみたいじゃないか。
「Refuseだ。Rejectという単語もあるにはあるが、今回出てくるのはRefuseのほう。だが、Refuseが“拒む”と覚えるのには時間がかかる。それを一瞬で覚える方法がある」
「……ちょっと待って。日本語でお願いしたいのですが」
「待て。どこからどう聞いても日本語だっただろ?」
「うぅ……持病が。英単語を聞くと頭が割れる」
「ほら、見てろ」
正方形の黄色い付箋に“Refuse”と書く。そして、
「白水、いつもみたいに……こほん。“勉強教えてぇ”と言ってみろ」
「うわ」
限りなく白水の声色を真似て、それらしい口調で言ったのに引くとは何事かっ!
いったい誰のためだと思っているのか。こいつは、本当に。
「キモいって思ったろ。もう帰る」
「リン君はなにもキモくないですっ。あーキモくないなぁ〜〜全然キモくない。うん、キモくないよっ!」
「……ほんとか? ちゃんとやってくれ」
「勉強教えてっ!」
Refuseと書いた付箋を俺が「りぃ・ふゅーず」と口にしながら、白水の手に貼り付ける。これは身体の動きと単語、そしてその意味をすべて一連の流れにして連想させる手法だ。
連結連想法に似ている。
これは訓練すると、脳内のイメージだけで覚えることができるようになる。
「覚えたか?」
「……り、ひゅーず?」
「問題にRefuseが出たら、“勉強教えてぇ”からの“Refuse”と書かれた付箋を白水の手に貼り付けて俺が拒んだ、一連の流れを思い出せ」
「つまり、これは愛なんだねっ! 覚えたぜ。リフューズ!」
「どこらへんが愛なのかちょっとイミフだが、まあ、これを俺がいないときでも自分で連想して暗記すればいい。英語に限らず、数学の公式から化学、歴史まですべて使えるからな。今日はその方法を教える」
「はいっ! せんせ、じゃなかった。彼氏さんっ!」
「そこは先生と呼べ」
「それでリン君。これってつまり寸劇を想像すれば暗記できるってこと?」
白水は、どうしても俺を先生と呼びたくないらしい。
「そうだな。別に寸劇じゃなくてもいい。単純に暗記するんじゃなくて、ストーリーを組み立てると覚えやすいってことだ。簡単な説明をすると、1+1=2を覚えるとする。1と1が揉みくちゃになって、一つになったイメージを頭の中で映像化するんだ。そして、仲の悪かった二人が一つになり、2となった」
「おぉ……なかなか艶っぽいというか、それって18禁ですね?」
自分で説明していて、なんとなく白水がそんな発想をするんじゃないかと思っていたが、まさか“18禁”というワードを使ってきたのは予想外だった。
「まあ、18禁のほうが覚えやすいならそれでいい。とにかく、その一連の流れを覚えればそれなりに点数は取れるはず」
「はいっ!!」
それから三時間ほどテキストの問題と連想ゲームを繰り返した。気づけば午後1時を過ぎていて、昼をとっくに過ぎている。腹も減るわけだな。
「昼食にしよう。詰め込みすぎても良くない」
「わーい。あ、ここってお昼食べて大丈夫な場所なんだよね?」
「そうだな。飲食は可能だ」
「あのね、リン君。わたしお弁当作ってきたんだ」
「……へぇ。じゃあ、俺はそこら辺で食べてくるから」
「リン君の分も作ってきたから、一緒に食べよっ!」
「えっ?」
「リン君の舌に合うかどうかは自信ないけどさ」
「なんで作ってきた?」
この前のカレーの件もそうだが、食材費だって掛かる。
俺がそれを食いつぶすのは気が引ける。
だが、白水は俺に気を使っているのだろう。
ただで勉強を教えてもらっている……なんて負い目を感じているのなら、馬鹿としか言いようがない。
「彼氏の喜んでる顔を見たいって思うのが、彼女だと思うけど?」
「いや、彼氏じゃねえし。って、別に勉強の礼とか考えているなら気にしなくていい」
「気にするよ。リン君の大切な時間を割いてもらってるんだから」
「そうだな。面倒だし、自分の勉強の時間はなくなるし」
「そうだよね……ごめん」
「ただ、」
なんとなく、教室で見た白水のあの泣き顔が頭にこびりついて離れない。
泣き顔フェチとかじゃないが、思い出すとドキドキする。
それに家族と話す白水は……普通の女の子だった。
カレーを食べていけと言ってくれたおばさん。
屈託ない笑顔を見せた妹。
そして、家でも明るいナノ。
もし、転校することになって凹むナノを家族が見たら、あの楽しい食卓を維持できるのだろうか。それは俺が考えることではない。でも、俺はあの食卓が好きだ。
「……自分の振り返りにもなる。だから気にするな」
「そういえばレミちゃんもそんなこと言っていたもんね。お弁当、リン君喜んでくれると嬉しいなぁ」
白水がバッグから取り出した弁当を見て、俺は絶句した。
こいつ、やっぱり馬鹿だ。
これを誰かに見られたら恥ずかしすぎて生きていけない。
“フォーエバーラブで草生える”という、しほりんとかいうあのクラスメイトの爆笑する顔が浮かび上がった。
もう死にたい……。
___________
ここからはあとがきです。
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近況に解説入れている時あります。
興味ある方はぜひ。
勢いで書いているので不定期更新になります。
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