#05 せっかく家に来たから外堀を埋めちゃおう。


白水の住む高塙は、電車で二駅北に下った場所にある。



まあ、田舎だな。

駅は日達と比べてかなり古く、言葉は悪いがボロい。

それに昔から治安があまりよくない。田舎ながらの不良が多い印象だ。



しかし、意外にも降りる人は多いようでロータリーは送迎の車で賑わっていた。



駅前の商店街は、昔は活気があったらしい。

今はシャッターの閉まっている店も多い。営業をしている店もチラホラあるらしいけど、お客さんはあまりいないみたいだ。



「ここでいいよ?」

「大丈夫だ。ちゃんと家の近くまでは送る」

「リン君って、口は悪いけどやっぱり優しいよね」

「当たり前だ。俺をなんだと思ってる。白水がブルーシートに包まれるシーンが頭にこびりついて離れないからな」

「死体かよ」

「そうなったら、帰るのが遅くなった理由を問われるだろ。それで、俺は白水の家族とかクラスメイトとかに非難轟々よ。楠木紡希くすのきつむぎからはボコられて、惨めにも一生後ろ指をさされて生きていく。そんな人生耐えられないだろ」

「はいはい、じゃあそういうことにしておく。本当は彼女のこと心配で心配でしょうがないんだよね? 彼氏」

「違うわッ!!」

「リン君は過保護な彼氏っと。忘れないようにスマホに書き込んでおくね」

「やめろ。本気でやめろ」



白水の家は駅前の商店街の一角にある普通の民家だった。商店街の中にあるといってもお店を出しているわけではないらしい。



「じゃあ、またな」

「待って、リン君」

「なんだ?」

「寄ってって」

「は? なんで?」

「せっかくここまで来てくれたんだから、ただで帰したら失礼だよ」

「別に俺は気にしないけど」



俺の背後に回り込んだ白水は、「いいからいいからっ」と背中を両手で押した。



スネをぶつけそうな高さの玄関の造りは上がりまちと呼ぶらしい。靴を脱いで、よいしょっと上がると、廊下の隣にリビングがあった。



「お姉ちゃんおかえ……エッ!?」

「ただいま~~~」

「お邪魔します」



リビングにいた白水の妹は、俺を見て目を丸くしている。



「お姉ちゃん……彼氏連れてきた」

「そう。かっこいいでしょ。彼氏のリン君」

「はじめまして。彼氏ではないですけど、ナノさんのお世話をしています」

「うそ……お、お、お母さんにメッセージ送らなきゃ」

「驚愕して、スマホを持つ手がプルプルしているのが、わたしの自慢の妹の柚乃ゆの。あ、リン君」

「なに?」

「浮気ダメ。絶対にダメ」

「……俺が白水の妹に?」

「可愛いからって絶対にダメだからね? めっ!」

「俺は白水の彼氏でもなければ、中学生に興味がないんだが……どこからツッコミを入れるべきか」



そんな妹は、黒髪をポニーテールにして白水の顔を童顔にしたような雰囲気。さすがは姉妹というだけある。妹も想像に違わずS級美少女。顔だけではなく、スタイルまで姉にそっくりだ。



どうか妹が姉のようにぶっ飛んだ性格に育ちませんように。



「お姉ちゃん、カレー作っておいたよ」

「おぉ……妹よ。わたしは優秀な妹を持って感激している」

「彼氏さんも座って」



彼氏じゃないけれど、妹に勧められるがままソファに座らせてもらった。



「ちょっと色々と準備してくるからリン君はそこで待っててね。あと、ユノには」

「はいはい。手を出しません。って、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「そういうのNTRっていうんでしょ」

「知らんが、とにかく俺は人畜無害だ」



妹のユノは勉強をしていたらしく、床に座ってガラスのテーブルの上に参考書とノートを広げていた。



「お姉ちゃんって、バカですよね」

「……否定はしない」

「でも、お姉ちゃんがんばっているんです。お姉ちゃんをどうかよろしくお願いします」

「そうだな。がんばっているのは分かった。そういえばユノさんは受験なんだって聞いた。姉はずいぶん妹思いなんだな」

「はい。ユノは、お母さんにもお姉ちゃんにも迷惑かけっぱなしで……心が痛いです」

「それは甘えていいんじゃないかな」

「そうでしょうか?」

「してあげられなくて後悔することよりも、して後悔したほうがまだいいと思う。姉の立場ならな」



話を聞く限り、仲の良い姉妹なんだろうな。



「あの、もしかしてリン君さんは勉強できたりします?」

「まあ、人並みくらいには」

「ここの問題って分かりますか?」

「どれ……ああ、なんだこれか」



妹のユノは姉とは違いやけに物わかりが良い。

それから、かれこれ30分くらいは勉強を教えただろうか。気づけば8時になろうとしていて、「ただいま~」と白水の母まで帰宅してきた。

完全に帰るタイミングを逃してしまった。



「お母さんおかえり~~~」

「お邪魔しています」

「え……ユノ……あなた中学生なのに彼氏」

「あの、おばさん。違いますからね」

「そうだよ。早とちりしないで。リン君さんはお姉ちゃんの彼氏なの」

「えっ、あらやだ。はじめまして。ナノの母です」

「お姉ちゃんの彼氏ではないですけど、黒岡凛人です」



だんだん厄介な展開になってきたな。



「自分、ただ菜乃さんに勉強を教えてるだけで、」

「聞いてますよ。あなたがあの学校で一番勉強ができる……っていう彼氏さんなんでしょう?」



白水はいったい俺をどんなふうに家族に伝えているんだろう。訂正しても訂正してもしきれないくらいに誤解という根が、とことん深く家族にまで張ってしまっている。



「だから、それは違うんです」

「ねえねえ、お母さん、今日はユノがカレー作ったの」

「ありがとう。いつも助かるわ。彼氏さんも食べていって」



家族揃って、人の話を聞かないんだな。

あいつの性格はこの家族にあり……か。



ユノに導かれるがままダイニングテーブルに着くと、目の前にはカレーライスとコンソメスープが。まさか夕飯をごちそうになるとは思いもよらず、少々困惑気味だ。

家族団らんに俺が割り込んでいいのか。これは、なかなかきまずい状況。



「リン君、遠慮せず食べて。ユノの作ったカレーは絶品だから」

「お母さん今日早かったね。分かっていれば、もっとちゃんと作ったのに」

「今日は早く上がらせてもらったのよ」

「リン君、お水でいい?」

「うん。ありがとうな、ナノ」

「えっ?」



俺が名前で呼んだことに対して、白水はコップを持ったまま固まった。



「リン君が……わたしの名前を……」

「白水家に来たんだから、名前で呼ばなかったらみんな反応すると思って」

「もう一回」

「は?」

「名前」

「ナノ……」

「旦那様、お水直ちにお持ちしますっ!」



白水が、まるでお屋敷に住む偉そうなおっさんのお手伝いさんみたいな口調になった。

確かに俺は、白水を名前でなんか呼んだ試しがない。



食事の席では色々な話をした。

学校の話や、白水のこと。

今日はなんで送ってきたのか。おばさんのパートの話。

ユノが勉強をがんばっていることや、部活が終わって寂しい話。



家族がこうして夕食を囲みながら楽しく話すことなんて、ドラマの中の世界だけかと思っていた。だから……正直羨ましかった。



白水がいつも明るく、どんな逆境でもポジティブなのが分かった気がする。



「リン君またいつでも遊びに来て」

「リン君さん、また勉強教えてね」

「はい。ごちそうさまでした」



結局、駅まで白水が送ってくれることになった。

暗いからいいと言っているのに、本当に言う事を聞かない奴だ。



「これからはちゃんと“ナノ”って愛情たっぷり込めて名前呼びしてね?」

「分かった。ところで白水、帰りは本当に大丈夫なんだろうな」

「もうっ!!」



白水は白水だ。

俺がナノなんて呼ぶわけがないだろう。

馬鹿め。

これを反面教師にして、白水は俺を大先生と呼ぶがいい。



「本当に帰りは気を付けて帰れよ。お前は……その、少し目立つから」

「いつもこの時間買い物に行ったりしてるよ。本当に心配しすぎ。まあ、彼氏としては百点なんだけどさ」

「彼氏じゃないけど、一応心配するだろ」

「でも……ありがと。気持ち……すごく嬉しい」

「……まあ、今日だけな。それとカレーうまかった」

「うるさくてごめんね」

「いや、いつも一人だからさ。俺も……その、楽しかったっていうか」

「え……一人?」

「ああ。まあ、色々あって」

「そっかぁ。そうなんだ」



なぜか白水は無言になった。

白水が黙り込むとなにを話していいのか分からなくなる。

そういえば、俺達の会話のきっかけはいつも白水のような気がする。



「「あのさ」」



タイミング悪く声がハモってしまった。



「なに? リン君からどうぞ」

「いや、白水から……」

「うんと……もし良かったら……たまに来て夕飯食べてよ」

「え?」

「うちはうるさいけど、その、寂しくはないでしょ」

「そうだな。またごちそうになるよ」

「それで、リン君はなにを言おうとしたの?」



会話の途中だが駅に着いてしまった。

改札を通り抜けて、白水と向かい合う。



「一緒に……期末乗り越えような」



別に大した話をしたかったわけではない。

ただ、白水の家族と会話をしたら、ナノにそう声を掛けてやりたかった。

今日の夕飯はそんな気分にさせられた。



ただそれだけだ。

深い意味はない。



深い意味はなかったのだが、白水は黙り込んでしまった。

数秒してから、



「ありがとう。やっぱりだい——き」

「え?」



ホームに来た電車の警笛の音がちょうど重なり、白水がなにを言ったのか聞き取れなかった。



そんなことをお構いなしに、白水は満面の笑みで手を振っていた。



ああ、なんだか可愛いな。

なんてほだされてしまった。



今日は……温かくて、少しだけ。



少しだけ気持ちがほぐされた、気がした。




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