僕が異世界転移したら

ナンツカ

第1話 異世界転生

 朝の通学路、普段通りの景色が広がっていた。桜並木の下を歩きながら、明日提出の課題をどうしようかと頭の中で考えていた。深川俊一、17歳。ありふれた高校生だ。クラスで目立つこともなければ、友達に囲まれているわけでもない。ただ、普通の少年だ。


だが、その平凡な日常は一瞬で崩れ去った。


「……えっ?」


俊一が足を止めた瞬間、視界の隅に不安定な影が現れた。音もなく滑るように接近する、その影の正体を認識した時、彼は思わず足を踏み外す。


ガッ!


大きな衝撃が身体を襲うと同時に、痛みが全身を駆け抜ける。それは、どこか遠くから響いてくるようなものではなく、まるで自分の体内から直接感じるような激しい痛みだった。頭の中が真っ白になり、意識が途切れる。


そして、次に彼が目を開けたとき、彼はもう、元いた場所にはいなかった。


――目の前には、見たこともない森の景色が広がっていた。空はどこまでも青く、奇妙な動物の声が遠くから聞こえる。驚きと困惑に満ちた思考が駆け巡る中、俊一は自分がただの夢を見ているのだと思い込もうとした。しかし、どれだけ目を擦っても、この異常な景色は変わらなかった。


「これは……一体?」


不安と恐怖の中、俊一は立ち上がり、周囲を見渡す。しかし、ここがどこなのか、何が起こったのか、全くわからない。唯一の確かなことは、彼がトラックにひかれて、命を落としたはずだということだけだった。


そして、その事実を受け入れた瞬間、目の前に現れたのは、白い光をまとった美しい少女の姿だった。


「あなた、死んだのですね。ですが、安心してください。ここからがあなたの新しい人生の始まりです。」


少女の言葉に、俊一は言葉を失ったまま立ち尽くした。その時、すでに彼は異世界へと転生していたのだ。


「どういう、ことですか。」


俊一は訳も分からず、ただ少女に尋ねる他なかった。


「あなたはまだ若く、第一の生を全うせず死んでしまいました。ですので、この世界で第二の生を歩んでいただきます。」


俊一は何となくは理解しつつも、未だこの状況を信じ切れずにいた。

その気持ちとは裏腹に、目の前の少女は、何故か姿を透明へとしていた。彼女が消えるように思えた俊一に、一気に焦りの表情が生まれる。


「ち、ちょっ、消えるんですか!」


「このまままっすぐ歩けば安全な街へとつきます。それまで、どうかご無事で。」


少女は消え、俊一は一人残された。相変わらず不気味な鳥のような鳴き声だけが木霊し、俊一の心をざわめかせる。


俊一は改めて辺りを見渡す。俊一は、少し不自然にも思える円形の草地に座り込んでいる。そして、森の中で一人佇む彼を取り囲むように、木が立ち並んでいた。

それ以外には、何もない。

ただ、少女が指し示した方には、獣道がうっすらと見える。下るようにそれは伸びていき、どうやらここがちょっとした山の上であることを示していた。


「ま、街に行けばいいんだよな。」


獣道を見た俊一は覚悟が付いたのか、はたまた考えるのをやめたのか、おもむろに獣道へと歩き出した。それが本当に街に続いているのかなど、彼には分らない。しかし、彼には選択肢などないのだ。彼は、数刻前まで、単なる男子高校生だったのだから。


森は、ただ静かに、彼を歓迎していた。


_____________________________________



 当たり前の結果であろうか。俊一は、息を切らし、怪我をしたのか右足を庇うかのように歩き、疲労しきっていた。彼は、青く澄んでいた空が橙色に染まっても、森を彷徨っていたのだ。


獣道は、男子高校生であった俊一には躊躇われる崖の上へと続いていたため、彼は合えなく山道を下ることとなった。何度上り下りを繰り返したのか、俊一はただひたすらに、少女が言ったように、真っすぐ歩き続けている。


「はぁっ。はぁっ。」


息が切れているのは、疲れからだけではない。先の見えない山道が、彼をパニックに追い込む。


しかし、森は少しずつ変化していた。木々は無造作に生えておらず、管理されているように疎らになってきていたのだ。この森林は、人の手が加わっているのだ。


そのことを知ってか知らずか、彼はその歩みを早めていた。一刻も早く、この森から出たいのだ。


「!!丘だ…。」


下り始めてから、何度目かの上り坂。木々も少なくなってきており、先に見える丘は登れば見晴らしのよさそうな場所であった。しかし、日も暮れ始めている。彼は、一縷の望みをかけて、この丘を上ることとした。


一筋縄ではいかない丘上りであるが、この丘も人間の手が加わっているのか、邪魔になりそうな木々や岩などは見当たらず、彼を一直線に丘の頂上へと導いた。


丘の反対側が見え、彼は頂上へとたどり着いた。丘の反対側には、彼の待ち望んでいたものがあった。街だ。俊一の知識では、あれが城壁都市であることを辛うじて認識できるが、それでもあそこに辿りつけば何かしら事が進むことを期待出来た。


そのはずであったのだが。


「う、嘘だろう?」


見下ろす先の街は、今まさに火炎の限りを尽くしていた。見事なまでに、城壁の中は炎と倒壊した建物ばかりが見える。

それは、その街の終焉を表すものの他なかった。


「だ、誰か、生きている人…。」


俊一は、それでも街へと足を進め始めた。

それもそうだ。彼の周りには、もうじき夜のとばりが降りる、森しかないのだ。


彼は、まるで地獄に飛び込んでいくかのように、街を目指した。




 

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