第4話 私の居場所
ペットショップは私がメイドとして働く『あやかしカフェ』に程近い場所にある。だから私としては、さっき大急ぎで来た道をまた逆走することになる訳で。
(…ペットショップで待ち合わせの方が良かった)
それなら多分美晴を待たせる必要もなかったはずだ。まぁ美晴が何処に行きたいかを知らなかったから、仕方ない事だけど。
少しして辿り着いたペットショップは、二階建てのそこそこ大きなお店だ。私としては懐かしい場所になる。
私はもともと野良猫として生きていたのだけれど、ご飯を求めてこのペットショップに忍び込んで捕まった。その後色々と検査を受けたりと何やかんやあって、結果として美晴に飼われる事となった。
「ペットショップ来たの久しぶりだなぁ。リンネを飼い始めて以来かな?」
「…へー」
生返事をしつつ店内を見回す。あの時からそこまで変わっていない。気掛かりなのは、“声”が多すぎて耳が痛いくらい。
「リンネは何がいいかなぁ…? 首輪はもうあるし、かといってオヤツもなぁ……」
「……気持ちが篭っていれば、何でも嬉しいよ」
「うーん、それはそうなんだけどさ…」
商品棚に並んだ物を吟味してウンウン唸る美晴に助言するも、どうにも納得いかないご様子。本心なんだけどなぁ…
「消え物っていうのもなんか違う気がしてさ。折角うちに来てくれた記念日なんだから、長く使える物がいいなって」
「…そっか」
そこまで私のことを考えてくれているという事実に、思わず赤くなった顔を見られないようにそっぽを向く。
でもまぁ確かに私は満足出来ても、それに美晴も同じく満足するとは限らないよね。
「…あ」
「ん? 何か見付かった?」
「これ……」
その時美晴が何かを見つけたようで、すぐに駆け付ける。そして指差した先にあったのは―――モコモコとした猫用ベッド。
「これで寝てるリンネ見たいかも…」
「……いいんじゃない?」
他ならぬ美晴からの頼みだ。いくらでも寝てあげるとも。
「でもちょっと高いなぁ…足りないや」
値札が示す価格はそれ相応といった具合で、確かに美晴のお小遣いだけでは厳しそうだ。
残念だというように眉を下げてしょぼんとする美晴に、私はひっそりと財布の中身を確認する。
「幾らなら出せそう?」
「え? うんと…半分ちょっとかな」
成程成程……半分以上出せるなら、まぁ大丈夫かな?
「私も出すよ」
「えっ!? そんな悪いよ!」
「半分以上出せるんでしょ? なら美晴の贈り物だってギリ言えるんじゃない?」
「それは…」
まぁ結構無理矢理な考え方であるのは理解している。でも目の前で美晴が困っているのに、何もしないというのも嫌だ。
「今度ジュースでも奢ってよ」
「…分かった。ありがと」
少しの申し訳なさを含んだ笑みを浮かべつつも私の提案を飲んでくれた美晴に、私からも笑みを返して共にレジに向かう。
「すいません。これうちの猫へのプレゼント用なんですけど…包装みたいな事って出来ますか?」
「そこまで凝った物は難しいけれど…リボンで飾り付けるくらいなら出来るわね。それでいい?」
「はいっ!」
「ふふっ、きっと喜んでくれるわ」
……普通の猫ってプレゼントっていう概念を認識出来るのかな。私は大丈夫だけども。
二人で出し合って無事購入して、美晴がホクホク顔で店を後にする。さて…ここからどうしようか……。
「あー…美晴」
「ん? なぁに凛ちゃん?」
「私ここでバイバイしていいかな? ちょっと用事思い出した」
「大丈夫だよ。今日は付き合ってくれてありがとっ!」
「全然これくらいなら幾らでも付き合うよ」
敢えて美晴の帰り道とは真逆の方へ身体を向けて、手を振って別れる。そのまま暫く真っ直ぐ進んでから脇道に逸れて、全力疾走!
「間に合え間に合え…っ!」
今日は元々ピアノの習い事があって、美晴は学校から直接向かうから私が仕事終わりで遅く戻ってもバレにくい。でも今日はどうやらお休みしたみたいだし、ほぼ確実にプレゼントを渡す為に私を探すはず。
家に私が居ないとバレたら、間違いなく美晴が悲しむ。それだけは避けないといけない。
美晴に鉢合わせをしないようぐるーっと遠回りをしつつ、途中物陰で姿を猫に戻して更に走る。
(お願いだからゆっくり帰ってて…!)
でもこういう時美晴は急いで帰ってそうだから、全然安心できない。
猫だからこそ入れる他人のお家の庭を横切って、ショートカット。そこから秘密の抜け穴を使って、遂に美晴の家の庭へと辿り着く。
朝出る時に使った窓のロックを伸ばした爪をねじ込んで外し、スルリと中へ身を滑り込ませる。美晴は……まだ帰ってない! よしよし。
「洗わなきゃ…」
洗面台で汚れた脚を洗って水気を拭き取り、ママさんが用意してくれている水を飲んで一息。
そこまでしたところで、ガチャリと玄関の鍵が開いた音が響いた。
「ただいまーっ!」
元気に美晴がリビングまで駆けてきて、座る私を視界に入れるとニコニコと嬉しげに近付いて来た。
「ただいまリンネ。いい子にしてた?」
「なぁう」
「ふふっ」
優しく美晴が片手で私の頭を撫でる。もう片方の手は後ろに回されていて、必死に私から隠しているつもりらしい。……一応言っておくね。めっちゃ見えてるよ。
「リンネ。今日は何の日か分かるかな?」
「にゃー?」
「今日はリンネが家に来た記念日なんだよ! …って言っても、リンネには分からないかな」
…ごめんなさい。美晴に言われるまですっかり忘れてました。
「だから私からリンネにプレゼント。……じゃーん! リンネのベッドを買ってきたよっ!」
「なぁう?」
溢れんばかりの喜色を滲ませた笑顔を浮かべ、嬉々とした声色で私と買ったベッドを目の前に差し出す。そしていそいそとリボンを解くと、床に置いてポンポンと手で叩いた。
「リンネ、おいで」
「にゃ」
美晴の誘いを断る理由はなく、トテトテとベッドに足を踏み入れる。
「にゃ。…あ…」
「あ…?」
「…にゃ~」
あ、危うく喋るところだった…いやでもこれ思った以上に気持ちいい…
「気に入った?」
「なぁぅ…」
「ふふっ。良かったぁ」
ゴロンと寝転がれば、ふわふわした感触が私を包み込む。それに美晴が微笑むと、私の背中を優しく撫でてくれた。
ベッドの気持ちよさと、美晴の手の体温で次第に瞼が落ちていく。
「おやすみ、リンネ」
「に、ゃ…」
あぁ…もう無理。おやすみなさい……。
猫のち人間、時々メイド 家具屋ふふみに @fufumini
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます