第3話 私は猫であり人間でありメイドである

 運命の次の日。いつものように家族のみんなを見送って、急ぎ足で準備する。


「急げ急げ…!」


 それでも窓を閉めるのは忘れないようにして、人間の姿―――にはならない。猫のままで家の外へと駆け出す。


(この時間はここを生徒が通るから…)


 その時に美晴のクラスメイトやら知り合いにばったり会わないよう注意する。美晴が私の事を写真付きで紹介しているから、確定でリンネだってバレるんだよね……。


 人間の姿では通れない狭い裏路地や秘密の通り道を使って急ぐ。本来ならここまで急ぐ必要はないのだけれど、終わる時間を早くしてもらう為には出来る限り急いだ方が良いだろう。


(着いたぁ…)


 猫の裸足にアスファルトは痛いです…と、そんな事は一旦置いといて。

 慣れた手付きで私専用の扉を開いて中に入り、そこで漸く人間の姿に。でもその目線の高さは昨日よりも高い。


「よしっ」


「あら? 今日は早いのねリン」


「まぁねー」


 私が人間になった場所は更衣室。そこには当然他の人も居るが、その人達に見られたところで問題は無い。同じ・・だからね。


「アカネ。店長居る?」


「奥の方で帳簿管理してるわよ。どうしたの?」


「ちょっと終わる時間早めてもらおうかなって」


「成程。だから何時もより早く…用事があるの?」


「うん。まぁね」


 会話もそこそこに店の奥へと進み、コンコンコンと扉をノック。その先から入室を許可する声が聞こえ、「失礼します」と一言置いて扉を開けた。


「リンちゃんどったの?」


「今日ちょっと用事が出来たので、早めに上がりたいです」


「ふぅん…まぁいいよ。今日は店員多いしね」


「ありがとうございまーす」


 よしよし。これで何とかなる筈だ。


 更衣室まで戻ってこのお店の制服に着替える。後は耳と尻尾だけ戻して…っと。よしっ。


「リン。準備出来たならご案内始めちゃって」


「りょーかい」


 パタパタと忙しなく動く厨房を後目に店の入り口まで向かって、CLOSEの掛札を裏返してOPENに。そして扉の鍵を開けて外に出ると、既に数人の人影が。


「お待たせいたしました。『あやかしカフェ』にようこそ!」



 にこやかに明るくハキハキと。本日も元気に開店ですっ!



 ◆ ◆ ◆



 『あやかしカフェ』。それは私が平日に一日だけ顔を出すお店。そこの従業員は、皆人間とは異なる“何か”を持っている。

 例えば私のような猫耳だったり、狐耳だったり、狸の尻尾だったりと多岐に渡る。そんな女の子達がメイド服姿で給仕してくれる場所。それがこの『あやかしカフェ』というお店だ。


「お待たせしましたー。猫耳パフェですー」


「リンちゃんありがとー。写真撮ろー」


「別料金頂きますよ」


「大丈夫…うん、大丈夫」


 財布を見ながらそういうお客さんは、正直心配になる。まぁお金貰えるのは嬉しいけどさ。まいどー。


「ねぇねぇずっと気になってたんだけど、その尻尾とかどうなってるの?」


「凄いでしょー。でも企業秘密なんでー」


 当然の事ながら、ここに来るお客さんは私たちのこうしたものは作り物だと思っている。まぁ普通は信じないよね。


「リンちゃんこの日しか居ないから残念だわ…ねぇ休みの日も来てよー」


「気が向けば来ますよ」


 当然嘘である。少なくとも美晴の家族が私を置いて長期旅行にでも行かない限りは、休みの日に来るなんて出来ない。


 常連さんのダル絡みを流しつつ、時計を確認する。まだ大丈夫。


「リンねぇ。写真依頼」


「ん、分かった。ありがとユキ」


 他のお客さんからの写真依頼を伝えてくれたユキの頭を撫でる。ちなみにユキは狐耳の幼女姿だが、れっきとした人間の成人年齢を超えている。お客さんが前に合法ロリとかって言ってたっけ…。


「写真一枚千円って高くない…?」


「妥当ですよ妥当」


 見ず知らずの人と笑顔で写真を撮るっていう事の難易度の高さ舐めないで欲しい。美晴となら何枚でも良いんだけどなぁ……。


 この仕事は結構楽しいけど、写真だけはやめたいと常々思う。店長の指示だから従うけども。




「そろそろかな…」


 時計を確認してバックヤードに下がり、店長の元へ顔を出す。


「てんちょー。今日上がりで」


「んー。おつかれー」


 軽く挨拶を交わして手早く制服を脱ぎ、猫に戻って外に出る。時間は…腕時計今見れない!


(多分大丈夫。多分)


 焦って事故なんかに遭えば大変だ。美晴を悲しませる事だけは許されない。


 朝来た道を逆走しながら、間に合っている事を願う。





(―――ここっ)


 学校近くの公園にたどり着いた所で、公衆トイレに入って人間の姿に。鏡で軽く見た目をチェックしてから外に駆け出し、腕時計で時刻を確認。時間は―――過ぎてるっ!


「やばっ」


 タイムリミットは十分。待たせて申し訳ないという気持ちと、もう居ないかもしれないという不安が広がる。


 額から汗を流しながら全速力で駆ける。そして遠くに見えた校門には、一人の人影が。



「―――美晴っ!」


「あっ! 凛ちゃん!」


 どうやらギリギリ間に合ったらしい。はぁ、はぁと肩で息をしながら呼吸を落ち着かせ、美晴に対して謝罪の言葉を口にした。


「ごめん、遅れた…」


「大丈夫だよ。こっちこそ私の都合に付き合わせちゃってごめんね」


「いやそれは私が…」


 と、このままでは謝罪合戦になると気付いたのでそこで会話は打ち切って、一先ず美晴と歩調を合わせて歩き始める。


「何を買うつもりなの?」


「うーん…取り敢えずペットショップに行ってからかなぁ」


 私としては美晴からなら何を貰っても嬉しいから、あまり高い物を選ばないで欲しいなぁと思うくらいだ。当然それを教える事なんて出来ないけれど。






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