第2話 私は猫であり人間である

 美晴と私―――凛は、昔からの幼馴染だ。こうして小学校までの道のりを一緒に登校するのも、昔からのいつもの光景。


「おはよー」


「おはよ」


 下駄箱で擦れ違う知り合いと挨拶を交わして、教室に向かう。美晴とはずっと同じクラスだ。


「凛ちゃん、今日の宿題どうだった?」


「そんなに掛からなかったけど…なんで?」


「…見せてくださいっ」


「……まぁいいけど」


 席に着いてランドセルを下ろし、そこから目的のノートを取り出して美晴に渡す。それを受け取ってにぱっと笑って嬉しそうにするのを見て、まぁいっかと思ってしまう私は甘いと思う。


 その後は必死で書き写すのを眺めつつ、先生が来るのを待つ。その間のガヤガヤと騒がしい教室は嫌いじゃない。


「平和だにゃぁ…」


「何御年寄みたいな事を言ってんだが…」


 そんな私の言葉を聞き取ったクラスメイトが苦笑する。だってこういう平和が一番得難いものなんだよ? 当たり前過ぎて忘れているかもしれないけどさ。


「終わったー!」


「お疲れー。次はちゃんとやりなよ?」


「うぅ…リンネが構ってくるのが悪いんだもん」


「………そっか」


 これは…うん。私が悪いのかもしれない。


 少しして先生がやってきて、朝のホームルームが始まる。その後は普通に授業だ。確か国語のはず。





「―――はい。では主人公が道端の猫に語り掛けた時、その猫の心情を考えてみましょう」


 ……多分エサくれだと思う。現実なら。


「では美晴さん」


「はいっ! ご飯が欲しいだと思います!」


 うん、そうだね。それは正しいのかもしれないけれど、これは小説だからね?


「確かに間違いではないかもしれませんが…流石にこの場合は違うかもしれません」


 ほら先生も困ってる。……いや待って? 美晴の基準って私だよね? 私いつもそう思われてるって事!?


 勝手に被害妄想をふくらませて傷付き、授業間の休み時間に美晴に八つ当たりしつつその日はいつも通り過ぎていく。


「体育かぁ…」


「美晴嫌いだよね」


「だって走るのやだもん…」


 そう言って憂鬱そうに着替える美晴。その柔肌の背中には三本の赤い線が。

 ……ごめん。昨日ふざけて美晴の背中で爪研いだ痕だわ。


「それ、痛くない…?」


「ん? あぁコレ? 別に大丈夫だよ。リンネがじゃれて爪が当たるなんていつもの事だし」


「………」


 ……今度から遊ぶ時、ちゃんと爪仕舞うように意識するね…。


 今日の体育の授業はドッジボールだった。取り敢えず美晴を守るように立ち回る。以前、顔面に当てられてギャン泣きしてたから……。


「ほいっ」


 美晴に飛んで来たボールを軽く受け止め、腰を捻って思いっ切り投げ返す。狙うのは勿論男子。


「いった!?」


「女子狙うなんてサイテー」


「しょうがねーだろ!」


 私が当てた男子が外野にトボトボ移動する。さて…美晴より先に当てられるのだけは避けないとね。



 ◆ ◆ ◆



 最終的に美晴と二人になりつつも、何とか最後の一人を当てて勝利した。身体が柔らかくて助かったと思った場面は一度や二度では無い。

 これで一旦は、美晴に対するお詫びにはなったかなぁ……。


「凛ちゃんありがとー!」


「おっと…まぁ、ね」


 抱き着いてきた美晴を受け止め、曖昧に返事をする。元はと言えば、私の自己満によるお詫びだからさ…。


 その後の授業は睡魔と戦いながらになったけれど、何とか持ち堪えた。もし人前で眠って戻ってしまったらと考えれば、自然と眠気をある程度誤魔化せたのが幸いだったね。


「凛ちゃん凛ちゃん」


「ん? なに?」


「明日もいつもみたいにお休みするの?」


「うん、そうだよ」


 明日も平日。つまり学校があるのだけれど、いつも私はとある事情があってお休みしている。その分特別課題が出されてるから楽じゃないんだけどさ…美晴にバレずやるの大変なんだから。


「そっかぁ…」


「どうしたの?」


 明らかにガッカリした様子の美晴に、思わず首を傾げて尋ねる。いつもの事だし分かっていた筈だけど?


「んとね、ちょっとした記念日? だから、一緒に贈り物・・・を買いに行きたかったんだぁ」


「記念日?」


「うん。リンネが家に来た記念日なの」


「………」


 ……忘れてた。そう言えばそうだった。


「ぐ、具体的に何時頃…?」


「んぇ? んー…学校終わってからそのままだから、四時くらい?」


 午後四時にこの学校まで戻ってくる…片道三十分だけど、頑張れば二十分には出来るかな。時間は要相談だけど…うん、多分いけるはず。


「…もしかしたら、間に合うかも」


「ほんと!?」


「うん。でももしかしたらだから、校門前で十分待って来なかったら無理だったって思って欲しい」


「分かった!」


 元気にそう言って心底嬉しそうな笑顔をうかべる美晴を見て、これは遅れる訳にはいかないぞと肝に銘じた。








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