英雄の傍ら

アルベルト

第1話 Good-bye, world.

 隣にいた奴の、伝説が始まった。


 1.


 2月の下旬、日は完全に落ちているが、街の明かりで辺りは昼のように明るい。そんな東京の街を、二人の少年が歩いていた。


「いやー終わった終わった~! 地獄の受験生活も終わって、楽しいキャンパスライフが俺を待ってるぜ~! 」

「合格発表もまだだろうが。落ちたら後期もあるんだから気を抜くなよ?」

「もーまんたい、世界で一番冷静にあの問題を解いたのは俺だ……いや、正確には2番か。お前はどうせ完璧だったんだろ?」

「まあそうだな、見直す時間もあったし」

「けっ、羨ましいねえ、天に何物も与えられやがって」

「ちゃんと努力はしているんだから、そっちを評価してほしいな」

「天才が努力するなよ!ウサギが寝ずに勝つ話なんかつまんねーじゃん」


 友人を僻んでいるほうは、藤川界智ふじかわかいち。本宮高校の3年生で、大胆な発想と行動から周囲を困らせることがしばしばある。そして、僻まれている好青年のほうは一条秀雅いちじょうひでまさ。同じく本宮高校の3年生で成績優秀、容姿端麗で運動も得意。しいて欠点を挙げるとすれば、問題児界智とつるんでいることで先生たちの頭を悩ませていることくらいである。


「で、行くんだろ? 明日の『Dimension』のライブ」

「勿論、そのためにわざわざ一泊余分にホテルを取ったんだからね」


 周囲からよく、「なぜ仲がいいのかわからない」と言われる二人だが、そんな二人の共通点の一つがこの、「音楽グループ『Dimension』のコアなファンである」ということである。


「でも、まさか同部屋だとは思わなかったぜ」

「母さんたちが『こっちのほうが安いから』って、その時は何とも思ってなかったけど、そりゃあ1部屋のほうが安いに決まってるよね」

「まあ、わがまま言って1泊増やしてもらってるし文句は言えないな」


 そんな話をしながらホテルに戻って部屋でくつろいでいると、突然辺りが真っ暗になった。


「おい、急に電気消すなよ⁉」

「消してないよ、そもそもこの部屋の明かりはワンボタンで全部消えるようなもんじゃないだろ」

「じゃあ、なんで暗くなってんだよ?」

「停電じゃない? だって、窓の外も全部真っ暗......っ⁉」

「は? そんなわけないだろ東京だぞ? 停電でも明かりの一つや二つ......⁉」


 無かった。。さっきまでそこにあったはずの、人類の栄華が。そして、数億年は消えるはずのない、星々の明かりさえも――。


 2.


 何か、聞こえる。知らない人の声だ。これは、どこの言語だったか。なぜか、意味が分かる。どうやら『~!*@ショックで気を失っている』らしい。最初は聞き取れなかった。ところで、もしかするとこれは、俺の状態のことではないだろうか?そう、確かあの時......‼


「ここはどこだ⁉」


 跳ね起きて周囲を見渡す。一人の男が驚いたようにこちらを振り返っていた。その奥にいた男女は、男のほうは冷静に、女のほうは少し嬉しそうにこちらを見ている。なぜかみんな変な恰好をしているが、情報量が多すぎるのでいったん考えないようにした。そして、その女は俺に近づいてきてこう言った。曰く――


「君がカイチ君だね?ようこそ!『天秤協会スティーリャード』へ!」


 3.


「……おい」


 界智がポカンとしていると、男のほうが女に話しかけた。


「急すぎるだろ、勧誘が」

「え~? だって、『異世界出身』!『身寄りなし』!『健康体』! ですよ? こんな貴重な人材、ウチが絶対確保すべきですし、彼にとっても悪い話では......」

「そのどれも彼にとっては初耳だろうが! しっかり事情を説明してから、ゆっくりと勧誘をだな......!」

「でも支部長、それでこの前逃げられてたじゃないですか? やっぱりこういうのは先に要件を説明してからのほうがいいんですって」

「それとこれとは話が別だ! 大体お前はいつも――」


 ......喧嘩し始めた。というかなんだ?『天秤協会スティーリャード』? いや、もっと大事なことがある。『異世界出身』だと? 俺が? いやまて、俺が意識を失う前、最後に見たあの光景......。とりあえず、さっきの会話からしてこいつらは事情を知っている。何もわからない以上、頼りになるのはこいつらしかいない。


「あの~お二人さん?」

「だから......! ん? あ、ああ、どうした?」

「さっきの話、大体は理解した。もう少し詳しく教えてくれないか?」

「おお......! 呑み込みが早い! 支部長、この子有望ですよ!」

「黙ってろ今から説明するんだから! ......で、どんなことが聞きたい?」

「なんで俺は異世界......というか、この世界にいるんだ?」

「君はこの国の帝に召喚されたんだ。」

「召喚? なんでわざわざ異世界の人間を?」

「『英雄』になってもらうためだ。」

「えと、あれか? 『異世界の人間のスーパー能力でいろいろしてもらおう!』 みたいな? 悪いが俺にそんな力はないぞ?」

「ああ、これを言うのを忘れていたな」


 その男(『支部長』らしい)は急に気まずそうにしだした。そういえば、どこで俺の名前を知ったのだろう? いや、この世界で俺の名前を知っているのは――


「英雄に選ばれたのは君の友人、ヒデマサという男だ」

「そうか、じゃあ俺はあいつの巻き添えを食らったのか、迷惑な奴め」


 支部長は少し驚いたような顔をした。おそらく、俺が落ち込むと思ったのだろう。『君の友達は特別で、君はそうじゃない』なんて言われたら、ふつうは怒ったって不思議ではない。でも、あいつが特別であることを1番知っているのは、俺だ。幼いころから一緒にいて、最初の頃こそ張り合ったりしたが、すぐに敵わないことを悟った。それからはあいつが選ばなかった道を選ぶようにした。あいつが野球を始めたら、俺はサッカーを。あいつが文系なら、俺は理系に。あいつが英雄になるなら――


 4.


 あの後もいくつかの質問をして、だんだんと自分がおかれた状況を理解してきた。秀雅が英雄になったことと、その交換条件で俺の待遇を保証させたこと。この世界には魔力的なものが存在して、秀雅にはそれを扱う才能があること。俺にも少し才能があって、それで言葉が理解できていること(言葉に乗った力が意味をそのまま伝えているらしい)。俺が3日も寝ていて、秀雅はもう旅に出てしまったこと。この世界のレベルが中世レベルだということ。

 それと、『天秤協会スティーリャード』というのは『スーパー何でも屋』みたいなものらしく、農家の手伝いから戦争の仲裁まで、手広くやっているらしい。衣食住の福利厚生はブラック企業の100倍しっかりしていた。ちなみに、支部長の名前は「ベックマン」、女の人のほうは副支部長で「サクラ」という名前らしい。

 まあとにかく、何の用意もなく異世界にほっぽり出された俺は契約書にサインするしかなかったわけで――


「はい、ここが君の部屋ね! 前に使ってた人のものが残ってるかもしれないけど、自由に使っていいから......よし! ではあらためて!」


「ようこそ!『天秤協会』へ!」


 こうして、平穏に過ごしていた二人の少年はそれぞれ、激動の人生を歩み始める――

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英雄の傍ら アルベルト @Fujiwara_Syougi

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