図書館にて、文学少女と共に

冬水葵

第1話 図書館にて

俺の通っている、私立月乃夜学園は生徒数が1900人を超える、いわゆるマンモス校というやつだ。

そのため図書館も大きく二階建てとなっており、その蔵書数は25万冊を超えるという。

そしてこの図書館には自習用のスペースが複数あり、図書館の中には1階2階合わせて複数人用の自習机が15席、個人用の自習机が30席、まばらに置いてある。


「⋯⋯お、やっぱり今日もいたか、美夜みや、毎日いるが暇なのか?」


今俺がいるのは、図書館2階の入口から1番奥の個人用の机が8席ほど置かれている場所。

この周辺の机はいつも、たった1人の生徒しか利用していない。

そして俺はいつの間にか、何故か毎日ある図書委員会の仕事が終わると、その生徒の元へ行く事が日課になっていた。


「⋯⋯それを言ったらあなたもでしょう、麻美あさみ先輩、暇なんですか?可哀想ですね」

「あれ、俺って一応先輩だよな?」


たった今、先輩のはずの俺に悪態をついてきたのは美夜秋奈みやあきな、背中まである黒髪に眼鏡をかけた、見た目通りの真面目な少女だ。

そして今年の春に3500人以上入学希望者がいる中首席で入学し、第1回の実力テストでも学年1位を取っている才女だ。

そんな彼女は今、最近映画化もされた恋愛小説を読んでいる。


「俺それの映画も小説も見たことないんだよな、面白いか?」

「えぇ、登場人物の心情が分かりやすく表現されていて、とても面白いですよ」

「へぇ⋯⋯その本、図書館で借りたやつか?」

「いえ、私が買って、学校まで持ってきたものですが」

「じゃあ読み終わったら貸してくれよ」

「良いですよ」

「よっしゃ」

「⋯⋯」

「⋯⋯」


それきり1時間程度、俺は自習を、美夜はそのまま本を読んで、お互い一言も話すことはなかった。

軽口を言い合える程度は仲が良いとはいえ、美夜はあまり話すのが好きな正確では無いために最初に少し話して、後はたまに少し話す程度で、おのおの好きな事をするのが俺と美夜の日常だ。


「⋯⋯ねぇ先輩」

「ん?どうした?」


美夜が自分から話しかけて来ることはあまりないため、俺は少し驚きながら返事を返した。


「私が今考えていることを当ててください」


俺がここに来る1時間ほど前から本を読んでいたためか、集中力が切れて暇になったのだろう、急に無理難題をぶっ込んできた。


「おぉう、無理難題をぶっ込んできたな⋯⋯急にどうした?」

「いいですから、ほら早く」

「えぇ?そんな事言われてもな⋯⋯」

「ヒントは明日、汁、朝、味噌です」

「明日、汁、朝、味噌⋯⋯明日の朝ごはんは味噌汁が欲しいな、とか?」

「⋯⋯(引」

「おいこら、自分から考えさせといて当たったら引くんじゃねぇ⋯⋯というかヒント多かったし普通に当てられるだろ」


美夜はあまり表情が動かないためか、美夜の所属するクラスの教室を覗いて見ても毎回、自分の席で静かに本を読んでいる。


(話してみたら案外面白い奴なんだけどな⋯⋯もったいない)


「⋯⋯先輩?どうかしましたか?」

「ん?いやなんでもない、少し考え事をしていただけだ。」

「そうですか?まぁいいです⋯⋯それでですね、私やっぱりコロッケに1番にかけるものはマヨネーズとケチャップが邪道で、一番は醤油だと思うんですよ」

「ごめんなんでその話になったのかが全く理解できないんだが?あと醤油派は邪道な方だと思うぞ?」


この少女は天然なのか考えての発言なのかは分からないが、たまに会話の流れをガン無視した話題をぶっ込んで来ることがあったりし、話していてかなり面白いのだ。


「⋯⋯いくら先輩といえどその発言は許せません、訂正してください」


全く沸点が分からないが、美夜は急に機嫌が悪くなった。

なんか後ろでゴゴゴゴ⋯⋯と鳴っているようなきがするのは俺の気のせいだろうか。


「えぇ⋯⋯コロッケに醤油派が邪道ってそんな怒ることか?⋯⋯すまん悪かった、だからあんま睨むなって」

「むぅ、後でジュース奢ってください、それで許してあげます」

「分かった、分かったから機嫌を治してくれ」

「なら治してあげましょう」


怒ると少し子供っぽくなるんだなと思いながらジュースを奢ると言った瞬間、美夜はコロッと表情を元に戻した。


「お前な⋯⋯」

「どうかしたんですか?先輩」

「⋯⋯いや、なんでもないよ」


俺が複雑な顔をすると、美夜は澄ました顔でとぼけてきて、その顔に俺はますます複雑な顔になる。


『現在の時刻は5時45分、閉館15分前となりました。まだ図書館内にいる生徒は15分内にお帰りください』


「と、もう閉館時間か」


美夜と話しているうちに大分時間が経っていたようで、いつの間にか閉館時間15分前となってしまっていた。


「ほら先輩、早く帰る準備してください。

先輩は私にジュースを奢らなければならないんですから」


美夜は既に帰り支度を終わらせており、余程ジュースを奢って欲しいのか腕を引っ張ってくる。


「はいはい分かってるよ⋯⋯よしっ、じゃあ行くか」

「私、いちごミルクがいいです」

「気が早いなぁ⋯⋯いちごミルクが売ってる自販機あったっけ?」

「学食の裏にある自動販売機にいちごミルクが売ってあります!あのいちごミルクは美味しいんですよ」

「お前そんないちごミルク好きだったのか」

「当たり前じゃないですか!あんなに美味しいものを好きじゃない人なんてこの世にいません⋯⋯!」

「さすがにそんなことはないんじゃないかなぁ⋯⋯」


どうやら美夜はいちごミルクが好きなようで、いちごミルクの話をしている時は心なしか目がキラキラしている気がする。


「いちごミルク⋯⋯これか?」

「いえ、それはトマトミルクです、いちごミルクはその横です」

「トマトミルク⋯⋯?」


とても気になる飲み物もあったが、買いたいという気持ちをグッと堪えていちごミルクのボタンを押すとガコンッ、という音とともにいちごミルクが落ちてきた。


「ほい、どうぞ」

「ありがとうございます」


美夜は俺からいちごミルクのペットボトルを受け取りキャップを開け、1口含む。

とたんにふわっ、と美夜の頬が緩んだ。

その初めて見る表情に、不覚にも俺は目を奪われてしまった。


「⋯⋯?先輩?」

「⋯⋯え?、あー悪い、少しぼーっとしてた」

「そうですか?⋯⋯少し失礼しますね」

「は?ちょうぉっ!?」


そう言って、美夜は俺の頭を両手でつかみ、自分の顔に近づけて自分のおでこと俺のおでこを合わせてきた。


「⋯⋯?これ全然分かりませんね」

「そりゃそうだろ!」


美夜は数秒そうしていたが、結局頭を離して不服げに首を傾げた。


「小説ではよくあるのですが⋯⋯」

「それは空想世界の話だろうが!現実と混同すんな!」


現実と空想が軽く混同している美夜にツッコミを入れ、日が落ち始めていることに気づく。


「美夜、そろそろ暗くなるし帰るか、家まで送るぞ」


俺の家と美夜の家は近いらしく、今まで近くまで一緒に帰ることはあっても家まで送ることは無かったのだが、この調子だと家の近くまで行く頃には暗くなっていそうだと思っての発言だったが⋯⋯


「え、それはもしかして私の家を知りたいとかそういう⋯⋯」

「「こと」じゃねぇよ?」

「はぁ、ほら帰るぞ⋯⋯いつものとこで別れるんでいいか?」

「そうですね⋯⋯では家まで送ってもらってもいいですか?」

「結局かよ⋯⋯了解じゃ帰るぞ」

「はい、ありがとうございます」


その後、美夜と雑談を交わしながら家まで送るのだった。












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図書館にて、文学少女と共に 冬水葵 @aoi0208

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