第4話 二人の女子高生、オジサンと面接する

 「はい、間違い無いです。私の家は、茉莉花園なんです。」


 疑いの目を向けてしまったが、どうやら、伊藤さんは街の少し郊外にある、児童養護施設の茉莉花園に入所しているようだ。この前は、ただの家出だとばかり思っていたのだが、実際にはただの家出ではなかったようだ。絶対に、施設内では結構な騒ぎになっていたに違いない。


 「名前、紫恵蘭さんって言うんだよね…?あのさ、昔…茉莉花園で、クリスマスパーティーがあった時、ずっと僕に抱きついてきた…髪型がツインテールだった、あの…“しえら”ちゃん?」


 「そうです!!オジサン!!私、あの“しえら”です!!」


 十年ほど前、僕が茉莉花園のクリスマスパーティーへと、ケーキなどのプレゼントを用意して参加した際、『オジサン、大好き!!』と言いながら、僕に抱きついてきたツインテールのハーフ風の可愛い少女が、自ら“しえら”と名乗ったのを思い出した。確か、それから何年かの間、僕がプレゼントを持って茉莉花園に行くたび、真っ先に“しえら”ちゃんが僕に飛びついてきて、『オジサン、大好き!!結婚して!!』と言われていたはずだ。

 でも、この数年くらい僕が茉莉花園に行っても、“しえら”ちゃんが飛びついて来ることはなく、可愛らしい姿も見かけなることはなかった。だから、てっきり僕は…もう彼女は新しい家族の元へと、引き取られたものだと、勝手に思って忘れてかけていた。


 「見ないうちに、紫恵蘭ちゃん…大きくなったよな?」


 「はい!!私が…大きくなれたの、オジサンのおかげなんです!!だから…私!!オジサンに恩返ししたいんです!!」


 あんなに小さくて、ハーフ風で可愛らしかった“しえら”ちゃんが、いつの間にか色んな意味で大きくなって…相変わらずハーフ風な顔立ちだけど、美少女な高校生の紫恵蘭ちゃんへと成長を遂げていたなんて、思いもしなかった。彼女の昔を知っているだけに、『恩返しがしたいんです!!』と言われて、僕が嬉しくない訳がなかった。

 それに…僕が、約四十五年の間で出会った人の中で、唯一ピンときたのは家出美少女だけだったのだ。しかも、その正体が成長した紫恵蘭ちゃんだったなんて、流石の僕でも…この再会に運命的なものを感じずにはいられなかった。


 「ふぅーん。結構オジサンって、実は隅に置けないんだねー。」


 「え?!知らないんですか!?オジサン、茉莉花園では小さい子からモテモテなんです!!」


 「そうなの?!オジサン、モテてたんだ!?」


 狭い休憩室の中で、何やら紫恵蘭ちゃんと和佳奈ちゃんの間に、見えない火花が飛び交い始めているように僕は感じた。長年、僕は多くのお客さんの相手をしてきているのだが、いつの間にやら…目の前の雰囲気を察して、何となく取り巻く光景が見えるようになっていた。


 「ま、まぁな?和佳奈ちゃん、黙ってて悪かったな?」

 

 「少なくとも、私は…オジサンの赤ちゃんが産みたい程、大好きです!!」


 確かに、“しえら”ちゃんはよく『私、オジサンの赤ちゃん産むね!!』と、誰にそんな言葉を教わったのか知りたいくらいだったが、僕に向かって言ってきていた。だから、僕にとっては茉莉花園に行くと、よく彼女から言われていたので、聞きなれた言葉になってしまっていて違和感がなかった。


 「はぁー!?オジサンの赤ちゃん欲しいのは、私の方が先なんですけど!!」


 「おいおい…!!先に僕に向かって言い始めたの、紫恵蘭ちゃんだからな?それに…和佳奈ちゃんからは、今日始めて言われた気がするぞ?」


 「だって…!!お店の中で、オジサンに向かって…そんなこと言える訳ないじゃん…!!皆んな…結構、話聞いてるし…。」


 デートしたいとか、ラブホへインしたいとか、僕に対して和佳奈ちゃんからそういった話を、店内で急に振られることはこれまでも何度もあった。だが、それは僕が独身オジサンだから、和佳奈ちゃんは単にからかっているとばかり思っていた。

 でも、さっき紫恵蘭ちゃんから始まった、僕に対する思いについての話の流れから、和佳奈ちゃんの本心を思いがけず聞くことになった。それで、何となく見えてきたのは、オジサンの勝手な思い込みかもしれないが、紫恵蘭ちゃんと和佳奈ちゃんの二人は、僕に対して強い好意を持っていそうだということだ。


 「あ、あの!!オジサンのこと、ど…どれくらい好きですか?」


 「そう…ね?私の処女、オジサンに捧げたいくらい好き!!」


 一体、僕は何を聞かされてるのだろうか?確か、店に突然入ってきた、紫恵蘭ちゃんの『オジサンと働きたいです!!』という言葉から始まって、休憩室でお手伝いさんの面接をするという流れになった。しかし、『私だって、オジサンと働きたいし?』と和佳奈ちゃんが黙ってはいられず、一緒に面接する事になっていた。


 「わぁ!?私と考えてること似てますね!!でもぉ?私、オジサンに全て捧げたいくらい好きなので!!」


 「ちょっと待て!!今、こんな話してる場合じゃなくてだな…?早く、お手伝いさんの採用面接を再開したいんだけどさ…?」


 現在、常連さんたちに店を見てもらってるだけで、普通に営業時間中なのだ。当初、手早く面接を終わらせて、店内へ戻れば良いだろうと僕は考えていたが、そんな目論見は儚くも崩れ去っていた。


 「あ、そうだったよねー!!でもさ…?オジサンについての話、だったし…?つい…私も、ムキになっちゃってねー?早く、履歴書書いちゃわないと…。」


 「さて、面接の続きなんだけどね?紫恵蘭ちゃんは、どれくらい働けるのかな?」


 「園長先生が、私の親権者になって頂いてますので、扶養内で収めたいです…。」


 そういえば、茉莉花園の園長の名前、伊藤いとう貴俊たかとしだった。となると紫恵蘭ちゃんは、園長の養女になっているか、出生後に捨て子で保護されたとかで園長の苗字をもらっただけなのか、戸籍上に関しては色々ありそうだ。ただ、園長については僕の高校からの親友なので、事情を話せば話してくれるだろう。


 「それじゃあ、伊藤紫恵蘭さん。採用です!!今日から、お手伝いさんとして宜しくお願いします!!」


 「ありがとうございます!!私、オジサンの為に頑張ります!!」


 さて、紫恵蘭ちゃんを雇った以上は、まずは僕から貴俊に連絡を入れなければマズいだろう。親友だからといっても、彼には紫恵蘭ちゃんへの養育者という責務があるのだ。ないとは思いたいのだが、紫恵蘭ちゃんがバイトを頑張りすぎて、扶養から外れてしまうってことも、可能性としてはあるのだから。


 「ちょっと待ってよー!!私、まだ書いてるのにー!!」


 「履歴書書いたとこから、僕に見せて?どれどれ?和佳奈ちゃんの住所は…、はぁ?!高級住宅街の一戸建てに住んでるのか!?」


 「もー!!オジサン、この制服見れば分かるでしょ?」


 履歴書の住所欄には、地元でも有数の閑静な高級住宅街の住所が書かれており、番地も明らかに建物名や部屋番号のない戸建てのものだった。確かに言われて見れば、和佳奈ちゃんは私立の有名女子校の制服を着ていたが、最近の高校は自治体等からの補助や支援があるので、学力や品行の審査はあるだろうが、誰でも頑張れば入れるのだ。

 それにしても、外見もギャル系だった事もあり、僕の和佳奈ちゃんへの先入観があったのかもしれないが、まさか高級住宅街にお住まいのお嬢さんだとは、思いもしなかった。


 「和佳奈ちゃん、ガチだったんだな…。でも、お嬢さんがさ…?こんな珈琲店で働いても大丈夫なのか?!」


 「私の家、パパしか居ないんだけどね?パパ、オジサンの事、認めてくれてるから大丈夫だよー?」


 「じゃあ…いいか。遠藤和佳奈さん。採用です!!今日から、お手伝いさんとして宜しくお願いします!!」


 今、僕が取れる最善の選択をさせてもらった。これで和佳奈ちゃんを採用しなかったら、先に採用した紫恵蘭ちゃんに対して何かしでかすかも…と考えての僕からの答えだった。

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