第5話 ギャル系美人な女子高生の裏の顔

 外が暗くなり始め、店の外にある街灯に明かりが灯り始めた。常連さんたちは僕たちが店内へと戻るまで、皆んなで店番をして待っていてくれたようだ。なので、冷凍庫にストックしてある、当店自慢のパウンドケーキを僕は切り分けると、残ってくれていたお客さんが帰る際、お土産として手渡したのだ。


 「大カップ、ニつです!!」


 カウンターの外から、制服のブレザーの代わりにカフェエプロンを身に纏った和佳奈ちゃんから、声でオーダーを受け取った。


 「はい。」


 ──ジャパアアアアッ…

 ──ゴトッ…


 白いドリップポットの中に残っていたコーヒーを、洗い場へと流して捨てると、僕はそのドリップポットをカウンターの上へ置くと、洗って絞ったネルを広げ輪のような器具へと通し始めた。


 ──カンカンッ…

 ──ジョボッ…ジョボッ…ジョボボッ…ジョボボッ…


 ネルを通した器具をドリップポットへと張り終えた僕は、挽いたコーヒー粉の入ったキャニスターから、コーヒー粉を木製の計量スプーンで大盛り二杯、ネルへと盛った。

 そして、沸いた電気ドリップケトルを右手に持った僕は、ネルへと盛られたコーヒー粉に対して、お湯をちょっとずつ注いで満遍なく濡らすと、コーヒー粉の蒸らしを始めた。珈琲を淹れる上では、この工程が一番肝心と言っても過言ではないだろう。


 「オジサン!!次は何をしたら良いでしょう?」


 「うーん、そうだなぁ…。プリンの仕込み、やってみる?」


 電気ドリップケトルを僕は持ったまま、コーヒー粉の蒸らし時間が終わるのを待っていた。そこへ、サンドウィッチの具の仕込みを、さっきお願いしていた紫恵蘭ちゃんが声を掛けてきた。タイミング悪いことに、これから珈琲を淹れ始めなければならない為、次に手伝って欲しい内容を先に伝えてみたのだ。


 「はい!!私、洗い物しておきます!!」


 ──ジョォォォォッ…ジョォォォォッ…

 ──ジョボジョボジョボジョボ…


 ここからは時間との勝負となるのだが、ネルの上で蒸されたコーヒー粉と僕は、ドリップケトルから注がれるお湯を通して、限られた時間の許す限り対話していくことになる。まず、珈琲のコンディションの良し悪しは、その時ネルへと盛ったコーヒー粉の品質や状態、蒸らし時間、お湯の温度、水の状態、店内の温度や湿度などで決まる。なので、珈琲の味は一期一会と呼べる程で、全く同じ珈琲を淹れるのは天文学的数字となる。その為、僕はコーヒー粉との対話の時間を、惜しむことはしないのだ。


 ──カランカランッ…


 「いらっしゃいませ。」


 お湯を注いだことで、コーヒー粉が細かい泡を纏ったように、ネルの上をモコモコと膨らんできていた。今日、開店してから同じコーヒー粉を使っているが、どれも良く膨らんでくれており、このコーヒー粉の調子はかなり良いみたいだった。

 それにしても、既に十七時を過ぎているのにも関わらず、今日はなかなか人足が途絶えることがないようだ。


 ──ジョォォォォッ…ジョォォォォッ…

 ──ジョボジョボジョボジョボ…


 「ほら、見て?あれ!!」


 「え?!本当に伊藤じゃん!!」


 コーヒー粉との対話に僕は集中していると、入り口の辺りから若い女性たちのそんな会話が耳に入った。とりあえずチラッとその声の方を見ると、市立賤鷹高校の制服が見えた。そこで初めて僕は、入り口付近にいる女子高生二人組が伊藤と呼んでいるのが、同じ制服を着た紫恵蘭ちゃんだと言うことに気付いた。


 「伊藤の分際で、こんなお店でバイトしていいと思ってんの!?」


 「そうだよ!!孤児の伊藤なんだから!!出しゃばった真似やめてくれない?」


 まさかとは思ったが、同級生らしき女子高生の言葉から、学校内での紫恵蘭ちゃんの地位は相当低いように見受けられる。クラスの中でも酷い暑きを受けてるんじゃないかと、僕は心配になってきてしまった。


 「こんなお店で働くよりさ?あんたなんか、パ…。」


 「すみませーん!!他のお客さんのご迷惑になってますんでー?はーい!!お引き取り下さーい!!」


 続け様に一人の女子高生が、紫恵蘭ちゃんに向かって、何か酷いことをまさに言い掛けた時だった。和佳奈ちゃんが、二人の前に立ち塞がったかと思えば、思い切り言葉を被せて追い出す姿勢を見せたのだ。未だに僕はコーヒー粉と対話中だったが、『よくぞ僕の代わりに言ってくれた!!』と心の中で和佳奈ちゃんに感謝した。


 「はぁ?!何言っちゃってんの?私たち、お客様なんんですけど?」


 「ちょっと…。亜依あいマズいよ…。あ、あれ…茉女まつじょの制服だよ…。しかも“えんどう”ってネームプレート書いてあるよ…。」


 茉女とは、地元の私立の女子校で静岡茉莉花女学院しずおかまつりかじょがくいんの略称で、和佳奈ちゃんが通っている高校だ。それにしても、他校の生徒が、和佳奈ちゃんの遠藤という苗字に反応するとは、何かあるのだろうか。


 「あらー?そっちの彼女、私のこと知ってくれてるみたいねー?そうだよー?私が、茉女の遠藤和佳奈だけど?私の恋敵あいかたの紫恵蘭にさー?何か文句でもある感じー?まぁ、ここだとオジサンたちのご迷惑になるし、表でよっかー?」


 「や、やっぱり…。亜依、マズいことになるから…もう、帰ろう?あの、遠藤さん!!ごめんなさい!!伊藤さんが、まさか…遠藤さんの“あいかた”だったなんて知らなかったんです…。だから、私…もうしませんので!!」


 ある一定のステータスのある界隈では、和佳奈ちゃんは有名人ということなのだろうか。それと、今日出会ったばかりの紫恵蘭ちゃんのことを、和佳奈ちゃんが“あいかた”と呼んだことにも僕は驚きを隠せなかった。あと、『表でよっかー?』という言葉を僕は久しぶりに聞いたが、本来店主たるもの止めるべきなのだろうが、どうしてだろうか胸熱な展開に心躍ってしまっていた。


 「知美ともみ、なに謝っちゃってんの?!遠藤だか、誰だか知らないけどさ?」


 「亜依、本当に知らないの?!あの、茉女の遠藤さんだよ!?県内全ての高校のスクールカーストで頂点に立ってる方なんだよ!!あ、あの…遠藤さん、私は帰りますので…。伊藤さんも、ごめんなさい!!では、お騒がせしました!!」


 ──ギィィィィッ…

 ──カランカランッ…


 「待ちなさいよ!!知美!!」


 知美と呼ばれた女子高生は、こちらの方を向いて頭を深々と下げて何度も謝罪した後、出入口のドアを開けると、亜依という女子高生の言葉は無視した様子で、足早に店を後にしてしまった。それにしても、見るからにギャルの和佳奈ちゃんが、まさか県内の高校生の中で頂点に君臨してたとは。人は見かけによらないとは、こういう事を言うのだろうな。


 ──バタンッ…

 ──カランッ…カランッ…

 ──パチパチパチパチパチパチッ…


 「いやー!!今のすごかったなー?和佳奈ちゃん!!姐御って感じするよなー?」


 「オジサン、オジサンって言ってるだけじゃ、なかったんだなー?和佳奈ちゃん、思わず見惚れちゃったよ!!」


 気付けば亜依と呼ばれた女子高生も、知美と呼んでいた女子高生の後を、追いかけるようにして店を飛び出して行ってしまった。すると和佳奈ちゃんに対して、店にいたお客さんたちから、拍手喝采が巻き起こった。


 ──ゴトッ…

 ──カンッ…カンッ…

 ──ジャァァァァッ…バシャバシャバシャバシャッ…

 

 「和佳奈ちゃん、珈琲入ったよ?大カップ注いで、お出ししといてもらえるかな?」


 珈琲が淹れ終わったので、電気ドリップケトルを定位置へと置き、ドリップポットの上部へ張られたネルを外すと、洗い場の三角コーナーへと、抽出された出涸らしになったコーヒー粉の塊を捨て、お湯でネルを綺麗に洗い始めた。その間に、僕が淹れた珈琲を和佳奈ちゃんに、珈琲用の大カップへと注いでもらい、お待ちのお客さんへ提供してもらうように頼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る