第3話 オジサン、家出美少女と再会する

 結局、あの日の夜については、僕は深夜まで仕込みに追われていた事もあり、家出美少女に宣言した通り自宅へ戻ることはなかった。と言うのは表向きの話で、実際は焼き上がりを待つ間、店内の休憩室で少し横になったつもりが、本当に寝てしまったのだ。

 半日のうちに色々な事が起きて、僕も気疲れしていたのだろう、翌朝にスマホのアラームの音を聞くまで、ぐっすり寝ていたのだから。

 その後で、僕は家出美少女のことを思い出し、慌てて店内から自宅へ繋がるドアを開けて、居間を覗いてみたのだが、部屋の隅に僕が貸してあげた部屋着と下着が畳まれて置かれていた。実はその場所は、仕込みの合間をみて、僕は物干し場で乾燥させていた、家出美少女の着ていた制服、ネクタイ、ブラウス、あと下着等が乾いたタイミングをみて、畳んで置いておいたのだ。

 そんな状況を確認した僕は、急いで自宅へと上がり、自分の部屋や台所、脱衣所など家出美少女の姿を探したのだが、既に出た後のようでどこにも姿が見当たらなかった。


 「オジサーン?どうしたのー?」


 あの家出美少女と出会った日から、既に二日が経っており、もう今日は営業日の木曜日だった。いつもの通り、学校帰りの和佳奈が店のカウンターのセンター席に腰掛けたところで、僕に声を掛けてきたのだ。


 「ああ。和佳奈ちゃん、お帰り。今日はいい天気だなと思ってな?」


 「ふぅーん…。良い天気だからさー?和佳奈、オジサンとデートしたいなー?なーんてね?昼間忙しかった?」


 ふざけているのか真面目に言ってるのか、和佳奈ちゃんは自分で話を振っておいて、すぐはぐらかすのだ。だから、彼女の話の内容に対して、僕はイマイチ真剣に向き合えずに、一部聞き流してしまう傾向にある。


 「マスター、相変わらずモテモテだねぇ?」


 「僕は、独身オジサンらしいからさ?若い子らに、からかわれてるだけだよ。」


 ここ十年来の常連さんで、最近年金暮らしを始めた佐藤さとう登志男としおさんが、僕と和佳奈ちゃんのやり取りを見て、珍しく言葉を挟んできた。


 「そんなことないから!!私、真剣だから!!ね?登志男さんなら分かるよね?」


 「ああ、和佳奈ちゃんのマスター見る目は、真っ直ぐだからね?」


 ──カランカラン…


 「ほらー!!登志男さんもそう言ってくれてるしー?」


 夕方も近づく時間帯の為、人の入りは少なくなるので、店内にいるお客さんの比率は常連さんがほぼ占めている。だから、お客さんは各々の定位置であるカウンター席、二人掛けのテーブル席、四人掛けのテーブル席で自分の時間を過ごして帰っていく。


 「いらっしゃいませ。」


 珍しく、店の入り口のドアのベルが鳴ったので、僕はいつも通り挨拶を行いながら、まず提供する水の準備を始めた。自分の話に夢中になっていて、お客さんが来たことに気付いていなかった和佳奈ちゃんは、僕の姿を見て誰が来たのかと、入り口の方へと身体を向けた。


 「ねぇ?オジサン…。あの子…誰?」


 ──コトッ…

 ──トクトクトクトクッ…


 「ん?」


 戸棚から取り出したガラスのグラスに、氷水の入ったピッチャーから水を注ぎ終わった僕は、ようやく入り口の方へと顔を向けた。


 「あっ!!オジサン!!」


 見覚えのあるハーフ風の顔立ちな家出美少女が、入り口のドアを入ってすぐの場所に、キョロキョロと挙動不審な様子で立っていたのだ。僕の顔を見るなり、家出美少女は落ち着いたのか、嬉しそうな顔をして僕に向かって声を掛けてきた。


 「お、オジサン…?あ…あの子、知り合いなの…?」


 「ああ。知り合いといえば…知り合いになるのかな?」


 これまでの余裕綽々な和佳奈ちゃんとは大違いで、すごく不安に満ちた表情へと変わり、声も若干震えている気がする。


 「私!!オジサンに話したいことがあります!!」


 入り口付近に立っていた家出美少女が、僕に向かってそう言いながら、カウンターテーブルの前まで駆け寄ってきたのだ。そんな様子に、和佳奈ちゃんは何か言いたげな表情で唇が震えているのが、カウンターの内側にいるこちらから見てとれる。


 「お姉ちゃん、どんな話かな?聞かせてくれるか?」


 「はい!!私、ここでオジサンと働きたいです!!」


 まだまだお客さんの居るこの店内で、家出美少女から爆弾発言でも聞かされるのではないかと、僕は内心ビクビクしていた。しかし、その予想に反して家出美少女の発言は、タイミングや場所を含めて普通ではなかっただろうが、内容的に言えば普通だったので、僕はホッと胸を撫で下ろした。


 「最近、全然仕込みが終わらなくてさ…。お手伝いさんでも、募集しようかなって…考えてたところだったんだよ!!じゃあ、早速…休憩室で面接しようか!!」


 どうしてなのかは知らないが、僕はこの家出美少女と出会った時、生まれて初めてピンと来るものを感じた。なので、何も言わずに帰ってしまった彼女が、また僕の店に来てくれたのは、何かのご縁だと思わずにはいられなかった。だから、本当はお手伝いさんなんて募集する気はなかったが、彼女とのこのご縁を大事にしたいと考えて、思いつきで言ってしまった。


 「あ、ありがとうございます!!」


 「ちょ…ちょっと!!オジサン!!その子ばっかり…ズルくない?私だって、オジサンと働きたいし?」


 「じゃあ…和佳奈ちゃんも、休憩室おいで?ちょっと、面接するから、皆んな頼むね?」


 よく考えてみれば、家出美少女だけお手伝いさんとして雇うのも不自然なので、和佳奈ちゃんには悪いが、カモフラージュになってもらうつもりだ。もう僕の中では、家出美少女と和佳奈ちゃんの女子高生二名を雇うことで決定している。これ以上は、お手伝いさんを雇う予定もない。


 「はーい!!」


 「マスター!!外の表示、変えとくよ!!」


 こういう時、常連さんたちが一丸となって、僕のフォローをして頂けるのは、凄く助かっているところだ。営業中、材料が足りなくなった時、お使いをお願いしたり、店を少し空けなければならない時、店の番をお願いしたりと、これまでも色々と助けられてきたからこそ、今のこの店があるのだ。だからこそ、常連さんは特に大事にしなければならないと、僕は切に感じるのだ。


 ──ガチャッ…

 ──パチンッ…


 「そうだな…まずは、お姉ちゃんから面接しよう。そこの椅子に座ったら、簡単で良いから…この履歴書に書いて貰えるかな?」


 「あの!!私、履歴書書いてきました!!」


 「お?そりゃ話が早いね!!じゃあ、お姉ちゃんの履歴書、出して貰えるかな?和佳奈ちゃんは、今のうちに履歴書書いてて?」


 ──バチンッ…

 ──ガサッ…ガサッ…

 ──ガタッ…


 「私の履歴書です!!宜しくお願いします!!」


 家出美少女は、休憩室に置かれた四人掛けテーブルの上へ通学カバンを置くと、その中から履歴書を取り出した。そこから下座の椅子を引き出すと、その椅子の前へと立ち僕へと頭を下げながら、履歴書を差し出してきたのだ。


 「履歴書、ありがとう。じゃあ、座って?」


 「はい!!失礼します!!」


 ──ガタッ…


 家出美少女が椅子を引いて座るまでを見守った僕は、彼女の履歴書に目を通し始めた。そこで彼女の名前が、伊藤いとう紫恵蘭しえらという事を知ったのだが、僕は紫恵蘭という名前には聞き覚えがあったのだ。しかし、住所欄には僕がよく知っている場所の番地が記されていたので、疑いたくはないのだが…少し怪しく思えてきてしまった。


 「お名前、伊藤紫恵蘭さんって言うんだね?でも、伊藤さんの住所…児童養護施設の茉莉花園まつりかえんの番地なんだけどさ…?この番地で合ってるんだよね?」


 「茉莉花園って…オジサン、ケーキとかサンドウィッチとか、定期的に子供たちにプレゼントしに行ってる施設だよね?」


 大人しく履歴書をテーブルの隅で書いていた和佳奈ちゃんが、伊藤さんよりも先に反応したのだが、まさにその通りで僕が定期的にプレゼントを持っていっている、児童養護施設だった。

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