砂かけ婆の、お正月!
崔 梨遙(再)
1話完結:1200字
元旦。アラフォーの簿九羽暇太(ぼくは ひまだ)は、オーブンで餅を幾つか焼いた。それをインスタント味噌汁に入れて、雑煮として食した。ちなみに、年越し蕎麦はカップ麺だった。恋人もいないアラフォーの年末年始など、こんなものだろう。
夕方になって、暇太は外出した。寝正月を継続するための買い出しだ。冬なので、もう暗い。自宅のあるマンションまでの近道で公園を横切る。すると、ベンチに横たわって苦しそうにしている和服の老婆がいた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、ただの風邪じゃ」
「かなり熱があるじゃないですか! 救急車を呼びますか?」
「救急車を呼ぶほどではない。寝ていれば治る」
「じゃあ、僕の部屋まで運びます。背負いますよ」
「ここが僕の部屋です」
「すまんのう」
「僕のベッドで寝てください。風邪薬を持って来ます」
「すまんのう」
「はい、この薬を飲んでください」
「お腹空いてますか?」
「腹は空いていない」
「じゃあ、僕は床で寝ますから、何かあったら起こしてください」
朝。暇太は目が覚めた。良い臭いがする。テーブルの上に、ご飯、焼き魚、小鉢、味噌汁という朝食が2人分用意されていた。そして、20代後半から30代前半の着物美人が微笑みながら座っていた。
「目が覚めたか? おはよう」
「おはようございます……って、あんた誰?」
「昨日、助けてもらった婆じゃ」
「でも、昨日助けたのは婆さんだった。あなたとは別人だ」
「これならどうじゃ?」
和服美人が一瞬にして老婆になった。
「うわ、一気に老けた。これは、どういうこと?」
「儂は妖怪なのじゃ。妖力を使えば若返るくらい簡単に出来る」
婆はまた若い美人の姿になった。
「有名な妖怪なのか?」
「有名じゃ。砂かけ婆じゃ」
「おお! ……砂かけ婆って、砂をかけなかったらただの和服の婆なんだな」
「まあな。昨日の礼に朝飯を作った。食べよう」
「はい、いただきます。うわ! めっちゃ美味い。味噌汁かと思ったら雑煮だ」
「そうかそうか、儂は和食なら得意なのじゃ」
「僕、胃袋を掴まれたよ」
「そうか! お前さえ良ければ毎日食事を作ってもいいぞ!」
「え! どういうこと?」
「お前の嫁になってもいいと言っておるのじゃ。儂は、儂を助けてくれた恩人のお前のことを気に入った。儂はお前の優しさに惚れたのじゃ。こんな気持ちは初めてじゃ。この気持ちを“恋”と呼ぶのじゃと思う」
「今の若い姿でいてくれるのなら、嫁として大歓迎です」
「そうか! それでは結婚しようぞ」
夜。
「ねえ、砂かけさん、ベッドに来ないの?」
砂かけは何故かもじもじしている。
「儂は“初めて”じゃから、優しくしてほしいのじゃ」
こうして、暇太に美しい嫁が出来た。砂かけ婆は、気を抜くと時々婆の姿に戻ってしまうのだけれど。
砂かけ婆の、お正月! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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