5. リアルで会いたいって?待ち合わせするしかないでしょ!

「ドキドキする!」


 大学の最寄り駅の駅前広場。

 待ち合わせ場所として使われている雲丹の銅像の前で発喜ひらきは誰かを待っていた。


 ゴールデンウイーク明けでまだ多少肌寒く、春物の安物コートを羽織った発喜ひらきだが、コートの下がクソダサ『霊丹』シャツだということに気付いている人は居ない。見た目は自称しているように美少女であるにも関わらず、服のセンスが無くプリーツスカートもしわくちゃで折り目なのか皴なのか分からないという残念っぷりがあまりにも勿体ない。


「あの……南城発喜ひらきさんですか?」


 ふと、発喜ひらきに声をかけてきた女性がいた。

 高校生らしくブレザーの制服を着ていて、発喜ひらきよりもやや小柄でおどおどした小動物感のある雰囲気を纏っている。


「違うよ?」

「え……あ、ごめんなさい!」


 間違っていないのに敢えて人違いだと宣言する発喜ひらき

 それは声をかけてきたのが待ち人と違う人だったから警戒した、というわけではない。


「美少女JDの南城発喜ひらきだよ!」

「え!?」


 美少女JDという冠詞をつけなかっただけで否定されたとは思わず唖然とする謎の少女。だがすぐに彼女は何かを納得したかのような表情になり自己紹介をした。


「はじめまして、私はメイガスの中の人、更科さらしな双葉ふたばです」

「はじめまして!よろしくね!」


 彼女こそが、発喜ひらきの配信中に個チャを送って来た人物である。配信翌日が土曜日で学校が休みということもあり、とある理由でリアルで会うことになったのだ。


「それじゃあ早速行こっか。双葉ちゃん」

「ふたばちゃ……い、いえ。そうですね、南城さん」

発喜ひらきで良いよ?」

「いえ流石にそれは……」

発喜ひらきって呼んでよ!」

「は、はい、発喜ひらきさん……」


 発喜ひらきがぐいぐい押してくることで双葉はたじたじだ。人付き合いがそれほど得意ではないのか、あるいは発喜ひらきの行動力に面食らっているだけなのか、初対面だというのに全く躊躇せず手を取り引っ張って行こうとする発喜ひらきにどう接して良いか分からないといった雰囲気だ。


 だがそれも束の間のこと。

 二人の目的地はすぐ近くにあるネットカフェ。


 二人はそこでペアルームを借りて、FMOの起動端末ネックレスを取り出した。


 FMOはどういう仕組みなのか、自宅やネカフェなど、人気ひとけの無い閉じられた空間でしか起動が出来ない。街中で起動出来るようになっていると、ゲームの中からリアルに戻って来た時に人にぶつかるなどして危険だからと言われているが公式見解ではない。


「それじゃあさっそくログインしよ!」

「は、はい」


 二人はネックレスを首に下げ、その先端に付けられている宝石をつまんだ。


「ファンタジー・ミックス・オンライン起動」

「ファンタジー・ミックス・オンライン起動」


 そして二人はFMOにログインし、ネカフェの部屋から消えたのであった。


--------


「ログイン完了!」


 発喜ひらきがログインしたのは最初の街『ラオンテール』の中央広場。設定を変えない限りそれは変わらない。


「さてと、待ち合わせのお店に行こうっと」


 共にログインした双葉のアバター、メイガスは別の街でログインする設定になっているため、街同士を転移するファストトラベル機能を使って今頃『ラオンテール』に向かっているだろう。落ち合う場所を決めてあるため、発喜ひらきはそこへと向かった。


 もちろんその途中で配信をオンにするのも忘れない。


「こんにちは~、昨日言った通りの配信を始めるよ~」

『うわ、マジで始まった』

「私は嘘つかないもーん」

『まだ言ってるよこの人……』


 相変わらず発喜ひらきは承認欲求を満たしたいだけのホラ吹き女という評価のままだった。だがそれでも彼女の配信には多数の視聴者リスナーが集まって来る。その理由は彼女がこれから合流する相手にあった。


「スズメのチュンチュン堂。ここかな?」


 そこは貸し切りが可能な小さな喫茶店で、ゲームの中でプライベートな空間を求める人のために用意されている。今回はそこをメイガスが貸し切っている。


 発喜ひらきは思いっきり音を立ててその喫茶店に入店した。


「美少女JDの南城発喜ひらきでーす!」

『相変わらず堂々と美少女JDって自称するの鋼メンタルすぎるだろ』


 カランカランと扉につけられたベルが鳴る音と、威勢の良い発喜ひらきの挨拶が重なりとても煩かった。発喜ひらきが店内に入ると、女性の店員さんが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。お好きな席にお座りください」

「は~い」


 店内は洋風レトロな喫茶店といった様相で、古い西洋の街並みの中にあるにも関わらず現代的な雰囲気がある。


「メロンソーダ一つ!」


 飲み物をチビチビと飲みながら待っていると、カランカランと喫茶店の扉が開く音がした。今日この店を使えるのは発喜ひらきともう一人だけで他の人は扉を開けることが出来ない。つまりやってきたのは待ち人ということだ。


「よう、待たせたな」


 リアルで会った時のおどおどした雰囲気とは全く違い、メイガスは筋骨隆々のアマゾネスだった。


『マジで白明はくめい騎士団のメイガスじゃねーか』

『本物来ちゃった』

『なんでこんな大物が釣られてるんだよ……』


 白明騎士団はFMOの攻略をメインに活動する超有名なクラン。全てのメンバーが最前線で精力的に活動しており、こんな初心者に構うことなど普通はありえない。しかもメイガスは単なるクランメンバーではないのだ。


『副団長が直々に来るとか、どう考えてもおかしいだろ』


 有名クランの副団長。

 それほどの肩書の人物が発喜ひらきに興味を抱いているとなれば注目されない訳が無い。


 昨日メイガスから個チャをもらい、ポーションを持ち帰ったことについて詳しい話が聞きたいと言われた発喜ひらきは、その場でリアルで会う約束を取り付けた。そして翌日に持ち帰りの証明をメイガスに対して実施すると告げて配信を終わらせたのだ。


 FMO界隈が尋常ではなく盛り上がっていた。

 その大半が有名クランを騙そうとしている発喜ひらきへの不平不満ではあったが。


「すごいね。リアルとは全くの別人だ」

「おい待て、リアルの話はNGだ」

「そうなの?」

「私はこのゲームではこういうキャラとしてロールをプレイングしているんだ。それ以外の姿を見せたら印象が変わってしまうだろ?」

「ああ~そういうことね。分かった!そういうことなら納得だよ!」


 個人情報を漏らすなと言われても理解できないが、演じているのだからリアルの話をするなど無粋なことはするなと言われれば納得してしまう発喜ひらきであった。


『リアルのメイガスは全然違うんだ』

『というか本当にリアルのメイガスと会ったの!?』

『この子何者?』


 FMO界隈では超有名人のメイガスとリアルで知り合えたということが、誰にとっても信じがたいことだった。そもそもネットゲームをプレイしてリアルで会うなんてことまで発展するのは中々に時間がかかるものなのだ。それをたった一つの『嘘』で実現してしまったことに、発喜ひらきの評価はまたしても下がってしまう。


 もちろん本人はそんなことは気にせずにメイガスとの話の方に興味深々だ。


「それで試したいものって何かな?」

「おうよ、ちょっと待ってな」


 メイガスは発喜ひらきの正面の席に座ると空中ディスプレイを操作し始めた。するとすぐに二つのアイテムが机の上に出現する。


 片方は発喜ひらきも見たことのある青い液体が入ったフラスコ。

 もう一つが虹色に鮮やかに輝く液体が入った小さな小瓶。


「こっちはポーションだよね。こっちは?」

「エリクサーだ」

「え?」


 エリクサー。

 それはゲームによって効果が異なるが、高い回復効果を持つ薬品として扱われることが多い。


 FMOでのエリクサーは完全回復、ではなくあらゆる状態異常を快癒させる効果を持つアイテムだ。


発喜ひらきが本当にアイテムを持ち帰れるのなら、この二つを持ち帰って欲しい」


 メイガスはそう言うと更に空中ディスプレイを操作し、発喜ひらきにアイテムを譲渡するよう試みた。すると発喜ひらきの目の前に『受け取りますか?』の文字が出現する。


「いいの?」

「ああ、構わない」


 有名クランにとってもエリクサーは簡単に入手できる代物ではない。それなりに貴重な薬品であり、新人の発喜ひらきに無償でプレゼントするなど普通ならあり得ない。


『そんな貴重なものを!』

『メイガス様止めて!』

『騙されないで!持ち逃げされますよ!』


 視聴者リスナーが悲鳴をあげていることからも、それがどれほど貴重な品なのかが分かるものだ。視聴者リスナーの声はメイガスにも聞こえる設定にしているが、メイガスはそれを聞いても眉一つ動かさなかった。


『団長がいれば止めてくれるはずなのに』

『でも最近団長見かけないって噂だよね』

『メイガスが団長の代理で最前線で猛威を振るってるらしいな』


 白明騎士団の団長はメイガス以上に信頼されている人物であり、このような怪しい取引等絶対にさせないと視聴者リスナー達は思っていた。だが彼らはその団長にこの事態を伝える術が無い。


「じゃあ頂きます」


 視聴者リスナー達の想いは虚しく、貴重なエリクサーは発喜ひらきの手に渡ってしまった。

 もし発喜ひらき視聴者リスナー達が想像するような悪人であるならば、この時点で嘘を吐いた甲斐があったという話になる。


「それじゃあメイガスちゃ……さん、一緒にログアウトしよ」

「ああ、そうだな。お前の言葉が嘘でないことを祈る」

「ふふん、お任せあれ」


 そうして二人はログインしたばかりだというのに、もうログアウトした。

 もちろん発喜ひらきの左手にポーションとエリクサーの二本を持ったまま。


--------


 正直なところ発喜ひらきにも成功するかは分からなかった。


 まず場所が違う。

 あれは自宅で無ければ成功しないかもしれないのだ。


 ゆえに失敗した場合は双葉を自宅まで招待するつもりだった。


 次にアイテムが違う。

 試したのはポーションだけなので、エリクサーも持ち帰れるか分からない。

 しかも今回は二つ持ちなので、二つとも持ち帰れるかどうかも分からない。


 せめて一つずつ試すべきかと気付いたのはログアウトボタンを押してからだった。


 二人はほぼ同時にネカフェに戻って来た。

 風景が変わり、二人は目を合わせて戻ってきたことを確認し、揃って発喜ひらきの左手を見る。


「うそ!?」


 声を出して驚いたのは双葉だ。

 何故なら発喜ひらきの手には確かに二つの薬品が収められていたからだ。


「本当に持ち帰れるだなんて……」

「でしょでしょ!皆にも本当だったって言ってね!」


 発喜ひらきが何故双葉と会おうと思ったのか。

 それは双葉に自分の言葉が本当であると証明し、そのことを彼女にゲーム内で喧伝して欲しかったからだ。彼女がゲーム内で超有名人だったのは偶然だが、彼女の発言力の高さを活かせるというのは発喜ひらきにとってかなり大きなメリットだった。


「…………」


 発喜ひらきの言葉が聞こえていないのか、未だ唖然としたままの双葉。

 しばらくして彼女は震える手でポーションに手を伸ばす。


 双葉の右の人差し指には絆創膏が巻かれている。

 昨日、部屋を片付けていたら紙で切ってしまったところだ。


 もし本当にポーションを持ち帰れたとしたら、それが本当にポーションなのかも確認したい。だから渡したポーションを使わせて欲しい。それが双葉からの提案だった。


「はいどうぞ」


 双葉はポーションを受け取ると、蓋を開けたがそれを飲む気にはなれなかった。何しろ得体のしれない飲み物なのだ、すぐに飲んでしまった発喜ひらきが変なのだ。


 ポーションの使い方は飲むだけでなくかけるだけでも良い。だがもしこれがポーションで無く偽物の液体であるならばネカフェの床を濡らしてしまうかもしれない。今更ながらネカフェを選んだのは失敗だったなと双葉は思う。だがこれが本物である可能性を考えると超貴重品を外に持ち出して使うのはセキュリティ上どうにも抵抗がある。実際は誰もそんなこと気にしないのだが、そう思ってしまうくらいには今の双葉にはそれが本物に思えて仕方なかった。


「大丈夫だから一気に飲んじゃおうよ。なんなら私が怪我してから使おうか?」

「だ、大丈夫です!飲みます!」


 これがポーションであると証明するために敢えて怪我をするだなど、そんなことをさせられる訳が無い。双葉は発喜ひらきが無茶をする前にと、観念してポーションを口にした。


「…………ポーションの味だ」


 ゲーム内で飲んだことのあるポーションと全く同じ味がした。

 そのこと自体はポーションの味を知っていれば再現が可能なので気にするところではない。同じ味と見た目の液体をこっそり用意してログアウトした直後に取り出しただけかもしれない。問題はポーションとしての効果があるかどうか。


 双葉は体全体がポカポカと温まるポーション独特の感覚があることに胸を高鳴らせながら、指に巻いた絆創膏をゆっくりと剥がした。


「…………治ってる」


 傷があったところをどれだけぐにぐにと動かしても全く痛みが無い。健康そのものの指だった。


「本当に……本当に……!」


 発喜ひらきの言葉は真実だった。

 彼女は本当にゲームの世界からアイテムを持って帰ることが出来る人物だった。


 自分で体験してもなお信じられない。

 夢でも見ているのかと思えるくらいに現実感が無い。


 だが空になったポーションが入っていたフラスコがスッと消えた瞬間まで目にしてしまえば、これが現実なのだと理解せざるを得なかった。


「…………」


 双葉の視線はもう一つのアイテム、エリクサーに注がれる。

 その視線に気が付いた発喜ひらきはそれを双葉の前に差し出した。


「はいどうぞ」

「…………え?」


 まさか何のためらいもなくそれを渡そうとしてくるだなど信じられず、双葉は硬直してしまった。


 あらゆる状態異常を治すエリクサー。

 それが現代社会においてどれだけ価値がある物か。


 それを発喜ひらきは分かっていないのだろうか。


 分かっていれば一度受け取ったはずのそれを双葉に返すのは抵抗があるはずなのだ。


「双葉ちゃんはこれが必要だったから私に声をかけたんでしょ?」


 双葉は発喜ひらきに声をかけた理由を、発喜ひらきの発言が正しいかどうか確認したいとしか伝えていなかった。双葉がエリクサーを求めているなど、そんなそぶりすら見せていなかった。だが発喜ひらきはその事実を察していた。


「だから遠慮なく持っていって。それにこれはそもそも双葉ちゃんのものなんだから」

「で……でも……本当に良いのですか?こんな貴重なものを簡単に返すだなんて……」

「それで双葉ちゃんの大切な人が治るなら全く問題無いよ!」

「!?」


 双葉はエリクサーを必要としているが、双葉そのものは至って健康に見える。

 ということは彼女は自分以外の誰かのためにエリクサーを欲しがっていたと言うことに違いない。発喜ひらきはそのことにも気が付いていた。


「その人のために、と~っても嘘っぽい私の話にも縋ってここまで来たんでしょ。それなら遠慮なく使わなきゃ」


 発喜ひらきとて、ゲーム内アイテムをリアルに持ち帰れるという自分の話がどれだけ胡散臭いかを理解している。だから視聴者リスナーにどれだけ言われても反論はするが叩かれることそのものを否定はしていなかった。

 それなのにわざわざ会いに来てまで真実かどうか確かめようとするというのは余程の事情があるに違いない。しかも試しに持ち帰させられたのはエリクサー。もっと気軽に手に入るアイテムで試せば良いのに敢えて貴重なエリクサーを選んだことで、それが彼女にとって必要な物なのだと推測するには十分だった。


「あり……がとう……ありがとうございます……」


 双葉はボロボロと涙を零しながら震える手で優しく包むようにエリクサーを受け取った。


「泣いてないで、行って来て」

「…………はい!」


 一刻も早くそれを使わなければならない相手がいるはずなのだ。泣いて感激してくれるのは嬉しくはあるが、それはエリクサーが効果を発揮してからやるべきだ。


 飛び出るように慌ててネカフェを出た双葉の後姿を見ながら双葉は思った。


「あ、ネカフェ代貰うの忘れてた……」


 せっかくの良い人ムーブが台無しである。




--------

あとがき


ネトゲで知り合ったばかりの人とリアルで会うのはダメ、ゼッタイ!

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ネットリテラシーが無さ過ぎるJDが褒められたくて人助けするお話 マノイ @aimon36

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