ポテト転生 〜チート能力だと思うやん? ポテトに転生した俺は芋うとに恋をする〜
羽川明
ポテト転生
「ふぁ、ねむ」
フウタは大きなあくびをしながら交差点で信号待ちしていた。
見通しがいいこの交差点は事故こそ少ないが、フウタが利用しているスーパーへ行くための歩行者信号の時間が極端に短く、フウタはこの交差点でいつも足止めを喰らっていた。
「それにしても、昨日は楽しかったな。時間的にはほとんど今日みたいなもんだけど」
フウタは昨日大学の友人たちとしたライングループの通話を思い出す。ポテトに転生した主人公の物語を終始大爆笑しながらもみんなで考えたあの時間は、フウタにとっては濃密でかけがえのない出来事だった。
結局騒ぎすぎて母親に怒られ、フウタはみんなより先に寝たため、その物語の結末は知らないのだが、フウタは家に帰って友人たちが起き始めたらすぐに続きを聞こうと思っていた。
深夜というよりほとんど朝方の時間帯までその話で盛り上がっていたので、友人たちはまだ寝ているらしく、既読がつかないのだ。
かくいうフウタも今日は出かける前に最低限ねぐせを直したくらいで、大学へ行くときはいつも丁寧に整えている黒髪はボサボサだったし、服も灰色のフード付きパーカーに黒のジャージというかなりラフなものだった。正直、寝不足で頭が回らずファッションに気が回らなかった。
「あ、やっとか」
信号がようやく青になり、フウタは横断歩道を渡ってスーパーへ。
現在時刻は十一時。そこまで都会ではないフウタの街のスーパーのファーストフード店は比較的空いており、フウタはすぐに大量のフライドポテトと小さいバーガーひとつが入った袋を抱えて交差点に戻ってきた。
「間に合うかな」
フウタが渡る横断歩道の信号が点滅していた。とくに急いでいるわけではなかったが、寝不足の状態でまた長々と待たされるのが嫌だったフウタは迷ったあと走り出し、横断歩道に飛び出した。
そのときだった。
「え?」
左側から迫ってきた鋼鉄の塊に気づき、思わず間抜けな声が出る。
次の瞬間フウタの体を経験したことがないような強い衝撃が襲い、成人済みの中肉中背の体が宙を舞う。
鳴りっぱなしになるクラクション。フウタとともに飛び散るガラス片。フウタの手を離れた袋から、買ったばかりのフライドポテトがひっくり返したバケツの水のように広がる。
「……あ、俺、死ぬんだ」
言葉になるかならないかのうちにフウタは頭をアスファルトに強く打ち付け、意識を失った。
*
「さむっ」
南極のような極寒の環境下、フウタは目を覚ました。だというのに、声も体もまったく震えていない。
「あれ?」
違和感を覚え、フウタはつぶやく。やはり声に震えはない。というか、口が動いているという感覚すらない。
「あ、そっか。俺、死んだんだっけ」
フウタの頭上をぼんやりと白い光が照らしている。察するに死後の世界らしいとフウタは思った。
「そっか、死後の世界って体動かせないのかな」
横たわった自分の体を動かそうとするが、驚くほど力が入らない。
「マジか。アニメとかとはずいぶん違うんだな。なんか薄暗いし、寒いし」
フウタはあたりを見回したかったが、首どころか眼球さえぴくりとも動かなかった。視界はぼんやりと薄く光る天井に固定されたまま、一切動かすことができない。
「俺、これからどうなるんだろ」
「どうなるってそりゃ、キャクに喰われるんだよ」
「うわっ!?」
少し離れた場所から声がして、フウタは心臓が飛び上がる思いだった。
「はは、びっくりしたか? 俺はポテオ。君より少し先輩ってことになるのかな」
フウタより左側の場所にひょろ長いその声の主はいたが、当然フウタは見ることができない。
「ポテオ? 先輩? 何の話だ?」
「あぁ、やっぱり君、記憶なくしちゃってるのか」
「え、いや、俺は……」
フウタは記憶を巡らせる。昼前に起きてスーパーへ行った帰り、横断歩道に飛び出したせいで大きなトラックに轢かれた。鮮明に覚えていたが、このポテオと名乗る人物はそのあとからここに来るまでの時間を指しているらしかった。
「俺たちはすり潰されてポテトになった。そこはさすがに覚えてるよな? で、ここはレートーコっていって、怪物が俺たちを収容しておくための……」
「……いやいやいやいや、ちょっと待ってくれよ」
当たり前のように喋り出すポテオの説明を遮り、フウタは疑問をぶつける。
「ポテトになったとか冷凍庫とか、何の話だよ」
「そうか……そこまで記憶がないのか。だったら理解してもらえるまで説明している時間はないかもしれないな」
「なんだって?」
「いいか、俺たちはポテトだ。身動き一つ取れない哀れなポテトだ。運命を受け入れろ。そして、
「”審判の時”?」
「キャクに喰われるか喰われないかが決まるのさ。大抵はレートーコの出口に近い方から順に連れ去られるけど、怪物に俺たちみたいな理性はない。君みたいに奥の方にいるポテトが突然選ばれることもある。だから、俺たちは後悔だけは残らないようにこのレートーコで楽しく過ごすのさ」
「そうなのか」
フウタはこの世界についての理解こそ追いついていなかったが、状況は飲み込めつつあった。
「そういうことだから、君にも紹介するよ。僕らの芋うと、ポテ美ちゃんだ」
「ポテ美?」
「はじめまして」
消え入りそうなか細い可愛らしい声につい振り返りたくなるが、例によってフウタは視線を向けることすらできない。
「は、はじめまして。フウタです」
「フウタ? 聞かない名前だな」
「じゃがいもの品種の名前か何かでしょうか。素敵なお名前ですね」
「そ、そうっすかね」
色白で小ぶりなポテ美の顔をフウタはうかがうことはできないが、工業大学に通いほとんど女性と縁がない彼はその透き通った声を聞くだけで胸が高鳴った。
「おうおうおう! 変な名前のやつ、なにポテ美とイチャイチャしてんだよ」
ポテ美と同じ方向から荒々しく野太い声が聞こえてきた。フウタには見えていないが、声の主は一際大ぶりで色素の濃い色黒のポテトだ。
「なんだよいきなり」
「あぁん? てめぇ誰に向かって口聞いてんだよ。俺様はヤジュウ。こんなかじゃ一番先輩なんだぜ?」
「ヤジュウ、喧嘩腰になるなよ。確かにお前はずっと生き残り続けてるみたいだけど、”審判の時”は誰にでも来るんだ。その時までみんなで楽しく過ごした方がいいに決まってるじゃないか」
ポテオがたしなめると、ヤジュウは気に入らないとばかりにますます吠える。
「ふん、馴れ合いかよ。馬鹿馬鹿しい。ちょっと体が長いからってあんまりいい気になるなよ? 俺の方がよっぽど大ぶりでうまそうな色してんだからな」
「お前、俺たちの体が見えるのか?」
「あぁそうだ。俺は特別だからな。お前の色も形も全部見える。自分の体のことは俺のダチに聞いた。だいぶ前にキャクに喰われたけどな」
「たまたまポテトの山の上の方にいるから見渡せるだけだろ? 君こそあまり調子に乗るな」
「喧嘩はよくないです……」
「あぁん? んだよポテ美。聞こえねぇよ! 小ぶりで薄味そうな見た目しやがって、その上声まで小さいとはな。みじめな奴だよ、ホント。お前みたいにはなりたくないね」
「……ごめんなさい」
降りた沈黙と重い空気を打ち破ったのは、フウタの怒号だった。
「ポテトにみじめなやつなんていないっ! 確かに俺たちはキャクとかいう怪物に喰われるだけの運命なのかもしれない。でも! だからこそ、ポテトに上も下もないんだよ!!」
「フウタさん……」
「フウタ、君は、強いな」
フウタの言葉に胸を打たれ、感動する二人。さすがのヤジュウもこれには言い返すことができず、ぶつぶつと難癖をつけるだけに終わった。
だが、地鳴りのような振動がレートーコを揺らし始めると、ヤジュウは水を得た魚のように嬉々として笑い出す。
「ハハハハハッ!!」
「なんだよ、何がおかしいんだよ?」
フウタがヤジュウの耳障りな笑い声を遮って聞くと、ヤジュウは高々に叫んだ。
「わからないのか? なら教えてやるよ。この地響きは”審判の時”の合図だ。そして、俺とポテ美がいる山は出口のすぐ近く。どうゆうことか、わかるよなぁ?」
にちゃりと笑うヤジュウ。フウタにはその意味がわからなかったが、ポテオもポテ美もひどくおびえていた。
「どうなるんだ?」
「バーカ! ポテ美は俺と一緒にフライにされて、キャクに喰われるんだよ!! ハハハハハッ、ざまぁみろ!! ポテ美ぃ、俺に寝返るなら今のうちだぜぇ? 俺はなぁ、キャクに喰われない方法を知ってんだよ」
「なんだって!?」
「どういうことだ?」
「ホント馬鹿だな。お前らには教えてやんねぇよ! さぁポテ美、大人しく俺のものになれ」
「ポテ美ちゃん、ダメだ! ヤジュウは嘘をついてる!! 俺たちが運命に抗う方法なんてないんだ!」
必死に引き留めようとするポテオだったが、ポテ美は油の涙を流しながら懇願する。
「お願いします、教えてください」
「ポテ美さん!?」
「ごめんなさい。でも、私、食べられるのが怖いんです……だから」
「ヤジュウ様の性奴隷になります。さぁ言ってみろ!」
「ダメだ、言っちゃいけない。ポテ美ちゃん!!」
「ヤジュウ様の、性奴隷に、なります……」
震える声でポテ美が確かにそう言ったのを、ヤジュウは聞き逃さなかった。
「アッハッハッハッハッハ、ハッハッハッハッハッハ、ざまぁみろぉ!! さぁ、時間だぁ」
出口の巨大な扉が開き、冷気が急速に逃げ出していく。そこから信じられない大きさの短いスコップのようなものを持った巨大な手がヤジュウとポテ美の山をすくい、レートーコから連れ去って行った。
「──ポテ美さぁぁぁぁーーーーんっっ!!!!」
「……救えなかった、また」
”審判の時”が過ぎ去った後、残されたのは、二人の深い深い絶望だけだった。
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ポテト転生 〜チート能力だと思うやん? ポテトに転生した俺は芋うとに恋をする〜 羽川明 @zensyu
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