Chapter 1-5 急にしゃべるじゃん
「――内容は以上となります。何か分かりにくかった点、その他ご質問はございますか?」
爬虫類系受付嬢さんが、書類から顔を上げてこちらを見る。もちろん無表情で。表情筋、生きてますか?
「とりあえず大丈夫そうです」
「そうですか。では、こちらとこちらにサインを――……いえ、失礼しました。よろしければわたくしが代筆いたしますが、いかがなさいますか?」
「いいんですか? じゃあ、お願いします」
お手数お掛けします。
けどしかしなんだ、この人けっこう優しいんじゃないか。
見た目も慣れてくればそれほど気にならないし、抑揚のない声だって個人的には聞き取り易くて良いと思う。なにより仕事が丁寧だ。
誰だよ怖いとか言ったのは。
――俺だった。
何事も予断や偏見をもって臨むのはよろしくないという典型である。反省。
(しかし、この人たぶんめちゃくちゃ誤解されやすいんだろうなぁ……)
あれだけ混んでいたのにも拘らず、ここだけ不自然に空いてたのは、たぶんそういうことなんだろう。ちなみにいまも俺の後ろには誰も並んでいない。
「………………」
ん?
なぜまた無言で見つめられているのか。
俺、なんかした?
「……えっと?」
「すみません。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
ふぁ!?
そーだ、俺まだ名前言ってなかったああああああ!
サインの代筆頼んどいてそりゃないわあ……
つーか、姐さんマージーメッ!
こんなヌケサクのボンクラ野郎相手にそんなに下手に出なくていいですからっ!
俺みたいなヤツは「おいテメェ人に代筆頼んどいてふざけてんのかしばきたおすぞごらぁ゙!?」ぐらいのこと言われても仕方ないですから!!
「……あの?」
「――ハッ!? す、すみません! ちょっとぼうっとして――って、そうじゃなくて! ごめんなさいっ、自分で頼んでおいて大変失礼いたしました!!」
「……いえ、わたくしはべつに……」
おお!? 爬虫類系無表情美人がちょっと困った顔をしておられる! SRですね? ありがとうございます!
――っじゃなくて!
さっさと名前を伝えないと――
――いや……、待てよ……?
名前……名前かー……
「あの、質問いいですか?」
「……どうぞ」
「協会に登録する名前って、なんでもいいんですか?」
「それは……はい。貴族家や何代も続く商家のご出身――ということでもない限り、こちらでは個人の来歴を裏付けることなど事実上不可能と言わざるを得ませんので」
「なるほど」
この世界――少なくともこの人の知る範囲ではまだ戸籍というものが存在しないようだ。しかしそういうことならこの際いっそのこと生まれ変わったつもりで自分に新しい名前を付けるのもアリだな。
いまの名前とは十八年少々の付き合いになるが、これと言って愛着も思い入れもないし。むしろ過去と一緒に捨ててしまいたいくらいだし。
……しかし名前か。
いざとなると難しいもんだな。ゲームのアバターとかならともかくガチで自分の名前だもんな。あんまりダサいのは論外として……やたらカッコよかったり変に捻った名前もイタイよなー。……まあ、俺の思う〝イタイ名前〟がこの世界の人たちにどう思われるかは未知数だけど。
(う〜む)
「……………………………………………………………………………」
……駄目だ……思いつかない。
「……あの? 大丈夫ですか」
「……名前が思いつきません」
「はあ」
フッ……無表情姐さんに怪訝な顔をさせてしまったぜ。
(! そうだっ)
「あの」
「はい」
「もし良かったら、なんですけど……」
「……なんでしょう?」
「代わりに付けてくれませんか」
「は? おっしゃることが少々分かりかねるのですが……」
「えっと……俺、過去の自分を捨てて新しく生まれ変わりたいんです」
「……はあ」
「なのでまずは名前から――って思ったんですけど。
ほら、やっぱり名前って大事じゃないですか。
俺の生まれたところでは〝名は体を表す〟なんて言ったりもするんです。
けど正直、俺そういうの苦手で。
まるっきりセンスないんですよ」
「それでわたくしに?」
「ええ。自分でもだいぶ無茶なことを言っているのは分かってるんですけど……なんとかお願いできませんか? ――いえっ、お願いします!」
俺は両手を合わせ受付嬢さんを拝み倒した。
「……頭を上げてください」
「っじゃあ――」
「お話は分かりました。
しかし、本当にわたくしなどでよろしいのですか?
あなたのおっしゃられた通り、名とはその人物の
名は祈り。
また同時に呪いでもあります。
世の中には親しい者以外には決して〝
他者に己の名を委ねることの意味、危険性をあなたは本当に理解されていますか?」
(……されていません)
いやまあ話自体は分かったけど。
でも、呪いとか危険性云々とかそんな重い話じゃなかったはずなんだが。
俺としては単に自分じゃろくな名前が浮かばないし、そもそも自分で自分に名前を付けるという行為そのものが中二っぽくて小っ恥ずかしいから代わりに付けてもらえたら助かるんだけどな〜……くらいの軽〜い気持ちだったんだけど。
あとはこれがきっかけで目の前の美人とお近づきになれたらな〜……なんてスケベーな下心も当然あった。俺も男の子なので。
でもまあホントそれだけ。
何一つ深く考えちゃなかった。
……なのに、なんかめちゃくちゃマジレス返って来ちゃって反応に困るんですけど……。
いや、悪いのは確実に俺なんだけど。
てか、呪われちゃうのか。
ちょっとファンタジー舐めてたかも。
まあでも、もう引っ込みはつかない。
ああ言って念を押してくるってことは姐さんすでに乗り気になってるんだろうし。だって急に口数増えたもの。よく見ると頬の辺りが薄っすら上気していらっしゃるもの。
これってアレだ、好きなことが話題に出た途端、急に興奮して引くほどしゃべり倒すヲタクと一緒。
名付け……やりたいんですね? わかります。
――というわけで、
「大丈夫です(よくわかってないけど)。ご迷惑じゃなきれば、ぜひ名付け親になってください」
言っといてなんだけど……こういう場合も〝名付け親〟って言うんだろうか。
「かしこまりました。あなた様のお名前は、わたくし〝ラン・メイユェ〟が責任を持って付けさせていただきます――」
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