Chapter 1-4 めっちゃ見てくるじゃん
「……うぐぅ、いきなり恥かいたぁ……」
――現在スマホ時間:ヒトロクマルゴー――
――〝探索者協会〟の受付で赤っ恥をかいた自分は戦略的撤退を選択――
――現在は協会ロビーの入口付近に立つ柱の陰に身を潜め次なる作戦を遂行すべく構想を練っていた――
分かりやすくいうと――
〝単に羞恥に悶えているだけ〟
――ともいう。
(あの子、俺のこと絶対変なヤツって思ったんだろうなぁ……)
ツインテアイドル系受付嬢の怪訝そうな表情を思い出す。
『はぁ? 冒険者ぁ? ナニ言ってんのコイツ。アタマ大丈夫?』
脳内でいらんアテレコが流れ――
(ぐはっ)
――ハートに痛恨の一撃。
俺は右手で胸元を押さえた。
「うぐぐ……」
……いやまあ、いくらなんでもそこまで思われてるわけねーだろ、と頭では分かっちゃいるんだが。
それでもつい、あーゆー〝キャル〜ん♪〟とした感じの子を見ると「コイツ絶対裏表激しいんだろうな」とか、「男を手玉に取ってそう」とか、「俺のことナチュラルに見下してんだろうなー」といったあらぬ偏見や被害妄想を抱いてしまうのである。
しかしそれもこれも……
……いや、やめておこう。悪いのは俺だ。どーせモテない俺が悪いのだ。これは単なる僻み根性だ。あ゙ー、我ながらクッソめんどくせーヤツ。
――と。
俺がめんどくせーヤツなのはもういまさらどうしようもない。〝三つ子の魂百まで〟ともいうし。
ん? 前に俺が自分のことを〝割かし単純〟とか言ってなかったかって?
まあ確かに。しかしそれはそれ、これはこれ。べつに複雑なヤツがめんどくせーとも限らないだろうし、逆もまた然り。俺にも色々とあるのである。
さて。
さすがにもう立ち直った。そろそろ〝探索者協会〟にリベンジと洒落込むとしますか。
……つーか、探索者協会なんだよな。
なんというか……
まあ、協会も組合も役割としては似たようなもんだけど。
しかしこの場合、略称はどうなっているのだろうか。後ろだけ取って〝協会〟? それとも〝探協〟? ……どっちでもいいか。
閑話休題。
気を取り直した俺は再び協会ロビーへと足を踏み入れた。なお、カウンターの左から四番目に鎮座ましますツインテールのほうは極力見ないものとする。
(……ぬぅ)
とはいえどうするか。
さっきはたまたまタイミングが良かったのか、無作為に選んだ割にまったく並ぶことなく受付までたどり着けたのだが……
(混んでるな)
いまはどの〝嬢〟の前にも二〜五人程度の待ちが発生している。……いや、あれはいわゆる〝パーティー〟単位で並んでるだけか?
「………………」
――うむ、わからん!
こうして様子を見ている間にも少しずつ人が増えている。ぼちぼち夕方ということもあって、皆さん上がる時間なのかもしれない。
(……おっ)
よく見ると一番右の受付には誰も並んでいなかった。一つ手前の受付に並んだ列が邪魔になってここからはぱっと見じゃ分からなかった。
(ラッキー)
ツインテ嬢の受付から離れている点も僥倖である。
ということで、誰かに入られてしまう前に早足で向かう。
いそいそ。
手前の列を迂回し、お目当ての受付へ。
カウンター内では受付嬢が何やら書類を処理しているようだった。
俺が近づいていくと、彼女もこちらに気づいて顔を上げる。
目が合った。
瞬間――
(!?)
――怖気が走った。
インフォメーションフィフティーン(命名、俺。略称はインフィフまたはIF。構成員は探索者協会の美人受付嬢十五名)の一角を占めるだけあって、目の前の女性もさすがのヴィジュアルである。
見た目の年齢は二十歳前後。
ショートボブの藍色の髪。
顔立ちはオリエンタルな雰囲気。
ただし和風というよりは中華風(地球基準)。
地球世界でいうところ西洋系の人々が多数を占めるこの街において、東洋系の人に出会ったのはこれが初めてだ。
しかもとびきりの美女!
なのに――
心がちっともときめかない。
なにゆえ。
その理由は彼女の《眼》にある。
金色の虹彩に、縦に細長い瞳孔を持つ瞳は、明らかにヒトのそれではない。
どう見てもヘビやワニなど爬虫類のそれとしか思えない。
その瞳にじっと見つめられると、背筋をじわじわと生理的な恐怖が這い上がってきて、
まさか〝蛇に睨まれた蛙〟を実地で味わうことになるとは思わなかった。
「………………」
「………………」
(……いや、なんかめっちゃ見てくるじゃん!?)
爬虫類系受付嬢さんは一向に目線を逸らさない。
俺から逸らすべきなんだろうか……いやでもそれってなんか失礼な気も――
「………………」
「………………」
なんなんだろう……もしや獲物として見られてたりするんだろうか……いやまさかそんなバカな――
「………………」
「………………」
(……うーむ、いったいどうするのが正解なんだこれ……)
ちなみに彼女、目も怖いがずっと無表情なのがより一層こちらの恐怖を煽ってくる。まばたきすらほとんどしない。
もし事前に動いているところを見ていなかったら、人形だと言われても納得してしまいそうだ。
「………………」
「………………」
(……あの紋様は入れ墨なのかしらん?)
こちらの爬虫類系受付嬢さん。目の横や首筋の辺りに鱗のような紋様がある。ぱっと見は入れ墨のような質感だ。なんとなく「姐さん」と呼びたくなる。
「………………」
「………………」
(……これ、まさかテレパシー的な何かですでに話しかけられてるなんてことはないよな……?)
それこそまさかだろうけど。しかしそんなことを妄想してしまうくらい、この間何も進展がない。
……いやまあ用件があるのは俺のほうなんだから、こちらから話しかけるのが筋なのかもしれないが……
などと懊悩していると――
「ご用件は?」
――どこからかそんな声がした。
女性にしては低く、落ち着いた声だ。
なんだ?
――空耳か?
――いや違う。
俺の両目は、確かに見ていた。
目の前の女性が口を開く瞬間を。
ただ、あまりにも意外というか、唐突すぎて……それを事象として認識していても、すぐには理解が追いつかない。
「………………」
結果として俺はただ惚けることしかできない。
はたしてその反応が不満だったのかどうか――彼女の表情からは分からないが、爬虫類系受付嬢さんはもう一度はっきりとした口調で「ご用件は?」
と言った。
「……へっ? ご用件? 用件、よーけん、よーけんんん……? あぁ〜……っと……なん、だっ、け?? ……――じゃなかった! えっと、あのっ、すみません、探索者になりたいんですけど……」
しどろもどろ。
俺は用意していた言葉をどうにか絞り出す。
「以前こちらにご登録はございますか?」
「ありません」
「新規ご入会ですね。かしこまりました」
爬虫類系受付嬢さんは軽く頷くと背後のキャビネットから一枚の書類を取り出し、それをカウンターに置いた。
サイズはA4より少し大きいくらい。普通の紙よりも厚ぼったいそれは、なんと羊皮紙! である。
(初めて見た……!)
異世界ファンタジーモノではお馴染みの小道具の登場に俺は密かにテンションを上げていた。
ちなみに地球世界でも場所によっては割と最近まで実用されていたらしいが……まあそれは余談である。
しかしその書類――
(……まったく読めない)
――言葉は通じるのに。
もどかしいことこの上ない。ご都合主義氏の仕事はどうにも中途半端だ。どうせならまるっと面倒を見てほしい。
俺の表情を見て察したらしく、
「よろしければお読みいたしましょうか?」
と、爬虫類系受付嬢さんが抑揚のない声で言ってくれた。
「……お願いします」
ぺこり。
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